7.フェリクスの回復②
かかっていた南京錠を開けて、ぼんやりと光の差し込む小屋へ入る。
小屋の中は、すのこ状の床が高めに作られており、そこより一段下がった奥の土間に風呂が直接置いてある。
木で作られた浴槽の横には炉と金属製のパイプがありそれが浴槽と繋がっている。この炉で薪を燃やしてパイプで水を温めるのだ。
思っていた通り内部はかなり埃っぽい。窓も戸も閉めていたのだが所詮は素人の建てた小屋である。どこからか落ち葉もたくさん入り込んでいた。
「三年は放ったらかしだったからなあ、うお、蜘蛛の巣」
スティーブは顔にかかった蜘蛛の巣を払いながら狭い小屋を見回す。
「思ったより小さいのだね」
後ろからついてきたフェリクスが小屋の奥に位置する木枠の浴槽を見て残念そうに呟いた。
フェリクスがスティーブの家に来てから一週間が経った。今ではすっかり元気になり、スティーブの畑仕事を手伝いスラッシュの世話をし、村の他の馬の世話もするほどになっている。
スティーブ以外の村人からは少し距離を置かれていて「淋しいね」とぼやいているがとにかく元気だ。
本日は約束通り風呂小屋を使ってみたいと主張され、昼食後にまずは小屋の状態の確認にきたのである。
因みにフェリクスはスティーブの父親の衣服を借りている。袖やズボンの丈は寸足らずな仕上がりだが見苦しいというほどではない。
「そりゃ、貴族の屋敷にあるようなやつとは比べものにならねえよ。でもこれでも大人二人まで入れる」
「えっ、ここに二人?」
フェリクスが目を丸くして驚く。
「こうして足を曲げて小さくなって、膝を突き合わせて入るんだよ」
きゅっと身を小さくして実演してやるとフェリクスは悲しそうな顔になった。伸び伸びと手足を伸ばして入るつもりだったらしい。
「…………」
じっと風呂見つめるフェリクス。木枠の浴槽はおそらく一人で入っても伸び伸びとはいかない。スティーブはその肩をぽんぽんと叩いた。
「ま、平民の風呂なんてこんなもんだ。これでも沸かせる風呂なんて珍しいんだぞ」
村に一つだけある宿屋の風呂も、大きさはあるが湯を運ぶタイプだ。寒い時期は焼いた石を入れてそれなりの温度にするらしい。
スティーブの祖母はたっぷりの熱い湯に浸かるのが好きだった。祖父は異国の風呂を参考に、町の鋳物屋に別注で長い筒を作ってもらってこの風呂を作ったのだ。
「確かにね」
「使えるかは微妙だけどな、とにかく掃除だな」
そう言って掃除にかかる。蜘蛛の巣を払い、落ち葉を掃き出し、埃を取ると小屋の中の空気はぐっと澄んだものになった。
肝心の風呂の状態も確認する。目視では木枠に緩みはなく虫食いもない。
「使えそうかい?」
不安そうにフェリクスが聞いてくる。
ずいぶん表情が豊かになったなとスティーブは思う。今思えば、フェリクスは出会った初日や次の日はほとんどずっと作り笑いを浮かべていた。
「見た感じは思ってたよりきれいだな、水を入れてみるか」
簡単に拭いてから半分ほど水を入れてみると少し水漏れはしたが、ボロ布を突っ込むことで何とかなった。
貯めた水で中を洗い、一度流してから新しい水を注ぐ。
「沸かしてみるか?」
「昼過ぎから風呂とは贅沢だね」
微笑むダーリン。スティーブは動作確認で沸かしてみるつもりだったのだが、フェリクスは入る気満々のようである。その顔はここに来てから一番生き生きとしている。
「そのまま入るなら、もう少し掃除してからだろ」
苦笑しながらそう返して、湯を沸かしてみる前にすのこの床を拭くことになった。
雑巾を固く絞って床を吹き出すと、フェリクスもスティーブに倣っててきぱきと拭き掃除をこなしだす。
この後に待ちに待った風呂が待っているとはいえ、貴族だったに違いない若者が当たり前のように四つん這いで働くのにスティーブは感心した。
(やっぱり適応力があるよなあ)
一生懸命掃除するのには好感も持てる。
「なんだい? ハニー」
良い若者じゃないか、としみじみ眺めているとフェリクスが問いかけてきた。
「あー、すまん。妙におじさんくさい気持ちになっていた」
謝って拭き掃除を続け、床はすぐにピカピカになった。
薪を取ってきていよいよ風呂を沸かしてみる。
「まだ上手くいくかは分からないぞ」
そう前置きしてから薪を燃やした。
やがてぱちぱちと音はしだすが、水はしんとしたままだ。
「…………」
「…………」
「ここで男二人で眺めてても早く沸くわけじゃないし、とりあえず出て、薬草の世話でもしてみるか?」
しばし二人でじっと水面を見つめてからそう提案すると、フェリクスは「それなら手合わせを願いたい」と言ってきた。
「手合わせ? 剣のか?」
「ああ、朝に素振りをしているよね。あれを見て腕が立つのではないかと思っていたんだ。私も剣の心得はある。ダメかな?」
「手合わせくらい構わないが、引退して十二年だぞ? あんたがそれなりなら物足りないと思うが……」
謙遜ではなく、素直な気持ちでスティーブはそう言った。朝の素振りは現役時代も引退してからのこの十二年も欠かしたことはないし、型の練習もしていたがほとんど一人でである。
現役の時の剣は優れていた方だった自覚はあるが、今は腕が立つからは程遠いのではないだろうか。
「物足りなくなんかないと思うけどね。それにひと汗流した後の風呂は気持ちよさそうでもある」
フェリクスが言い、二人は外にでて木刀を構えて対峙した。




