6.フェリクスの回復①
フェリクスはその日より寝込んだ。
本人曰く、かなり張り詰めた気持ちで無理をしてここまで来たらしいので疲れが一気に出たのだろう。
魔法で朽ちかけていた反動もあったかもしれない。
スティーブは熱が続くフェリクスの世話をせっせとしてやった。
朝から寝入った日は結局一日の大半をうとうとと寝て過ごしたので、昼食時と夕食時にパン粥を作り、声をかけるとのっそりと起きてきちんと食べた。熱冷ましの薬を差し出すと「薬まで……すまないね」と恐縮しながら飲んだ。
寝込んで二日目に熱は微熱まで下がる。パン粥は飽きたと控えめに言われ、そこからはスティーブと同じ食事を量を減らして出した。
寝る前の風呂は必須のようで、きちきちと入る。風呂というより盥だというのに入浴にかける時間は長い。風呂好きのようだ。
実はスティーブの家の母屋の横には小屋があり、そこには薪で沸かすタイプの風呂もある。小屋は祖母のために祖父が建てた風呂小屋なのだ。それを教えてやるとフェリクスは興味津々だった。
「ハニー、回復したらあの小屋の風呂を沸かしてみたいが、いいだろうか」
熱で潤んだ瞳をキラキラさせてお願いしてきたので、スティーブは思わず頷いてしまった。
薪の風呂は祖母が亡くなってから使ってないので、一度、問題ないかを見ておかないといけないだろう。
(まず掃除をしてやらないとな)
すっかり保護者モードになっているスティーブ。
祖父母が揃っている時はそうでもなかったが、祖父が亡くなってからは祖母の面倒をみていたので、他人の世話は板についている。
騎士だった時も寮暮らしだったので、これまでの人生の大半は誰かと過ごしてきた。そのせいか、家に誰かがいる方が落ち着く。そしてフェリクスには妙に庇護欲のようなものも湧いた。
(昔の自分と重ねてんのかな)
そうかもしれない。スティーブは騎士を引退することになった過去の自分を労っている気もした。フェリクスの方が過酷な様子だが。
村長にも面倒を見ると宣言したことだし、自立を目指してしっかり支えてやろうと改めて思う。
何と言っても、フェリクスはまだ二十三歳と若いのだ。心身共に元気になれば、こんな田舎でこんなおじさんと暮らさなくてもいいだろう。
指輪の魔法もあるので、あまりに離れるのは互いに気がかりだが、一番近くの町で第二の人生を歩むのは悪くないと思う。
おそらく彼の実家はフェリクスが死んだものと考えているだろうし、祖母のように平民として生きていくのがいいのではないだろうか。
(適応力、ありそうだしな)
パン粥をすすり、盥で長風呂できたフェリクスならきっと大丈夫だ。
スティーブはしまってあった父の服を引っ張り出して、フェリクスが着れそうなものを選んでやった。
そうして、倒れてから三日目の夕方。初日に比べるとずっとよい顔色でフェリクスが二階から下りてきた。やっと熱が下がったようだ。
「お手間をかけたね。明日からは家のことも手伝えると思う。何でも言ってくれ、自分で言うのもなんだが器用貧乏でね、飲み込みは早いし何でもできる」
優雅に微笑む金髪碧眼のダーリン。本調子でのその微笑みはバックに花が舞い、麗しく光っている。
「? どうかしたかな?」
スティーブが眩しさに思わず目を細めていると小首を傾げられた。
「何でもない。助かる」
こちらもできるだけ麗しく笑ってそう返しておいたが、花を背負えたかは疑問だ。
その日の夕飯は鶏とトマトと玉ねぎを煮込んだものとベイクドポテトで、フェリクスはスティーブと同じ量を平らげた。盥のぬるま湯も自分で用意するとしっかりと長風呂をする。
その晩は、互いにおやすみを言い合ってそれぞれの部屋へと引きあげた。
翌朝。
(家のことって言っても、何してもらうかな)
日課の朝の素振りをしながらスティーブは考えていた。
ここでスティーブの村での暮らしについて触れておこう。
スティーブの家はヘラー村の外れにある。これは祖父と祖母がこの地に来た時に建てた家だ。場所が村外れなのは新参者で土地がここしかなかったのと、祖父が狩人として生計をたてようとしていたからである。森に近い方が都合がよかったのだ。
家の前にある畑では芋や野菜を育てているが、これは全て自家消費用なので農家ではない。
祖父は狩りの獲物と物々交換で小麦やパンを貰い、たまに大物を獲ると町まで売りに行って通貨を得ていた。
祖母はいうと、畑の隅で薬草を育てて村の薬師に売っていた。祖母の育てる薬草は質がよいらしく重宝されていた。
スティーブも騎士を引退してからは、祖父から道具や罠を譲り受け、祖母に薬草の育て方を教わってそれらを受け継いでいる。
狩りはあまり好きではないので祖父ほどの腕はない。代わりに村の馬の面倒をみて小麦を分けてもらうことが多い。
酒などの嗜好品は父が送ってくる煙草と交換でもらうことがほとんどだ。
騎士時代の貯金があるので金には困っていない。ヘラー村で普通に暮らしている分には金は使わないのだ。今回、フェリクスの薬や肌着を買うのに久しぶりに使ったくらいなのである。
一人暮らしのスティーブの生活はシンプルだ。
(あんまり、やることないんだよな。マジで家事してもらうのもなあ……嫁じゃあるまいし)
そしておそらく、フェリクスは掃除も料理もできないだろう。本人曰く教わればできるらしいが。
(ひょっとして狩りは得意か……?)
狩りは貴族の男性の嗜みだと聞く。
ここらの領主の主家である伯爵家(ここがマルガリータの引受人でもあった)でも二年に一度、大規模な狩猟大会が開かれている。
フェリクスが狩りが得意なら、男一人で暮らしていくのは簡単かもしれない。町まで行けば毛皮なんかはそれなりの値段で売れるのだ。
これは良さそうだと朝食時にフェリクスに狩りの腕について聞いてみたのだがーー
「貴族の狩猟大会は、狩人の狩りとは全く違うものだよ。なので本来の狩りの経験はゼロだ」
爽やかにそう言い切られてしまった。
「狩猟大会は狩り場となる森をあらかじめ囲って、他所から捕らえてきた鹿や兎、狐を放ち、それを狩る。狩りはチームで行われ、従者が追い込んだ獲物に主人がとどめをさす」
説明されてげんなりするスティーブ。それは狩りじゃない。
「考えてもみてくれ、貴族達が大勢集まって森に入るのだよ。通常の動物は怯えて出てこない。数年に一度、王都近郊の森でも行われるが、そこだとそもそも野生動物は少ないしね。わが……ステアリス国の狩猟大会はイベントとしての狩りだね」
「なるほどな」
「それに私は狩りは好きではない。食べるならまだしも、毛皮や角や牙のために動物を殺すのは気が進まないね。綺麗事だというのは分かっているし、狩人の仕事は否定しないが」
申し訳なさそうな顔になったフェリクスをスティーブは手で制す。
「いいんだ。俺も苦手だ。経験のない奴に教えるほどの腕もない」
狩人として育ってもらうのは早々に断念することになりそうだ。
「せっかくなのにすまないね。ところでハニーは騎士だったのだよね? 王都の狩猟大会では騎士団も駆り出されていたと思うのだが参加したことはなかったのかな?」
「ん? ああ、王都にいたのは見習い期間の一年だけだ。叙任を受けてすぐに実家近くの配属を希望してそれが通ったから、そのままずっとこちらだ」
「騎士は何歳まで?」
「…………二十六だな」
「早い引退だね。怪我か何かかい?あ、ごめん。言いたくなければ言わなくても」
スティーブの眉がぴくりと動き、フェリクスが遠慮がちになる。
「いや、別にいい。会計の書類をミスって騎士団の金を着服したみたいになったんだ。疑いは晴れたがミスはミスだし、違う事情も重なって辞めた。村の連中も知ってることだ」
自分で考えていたよりも、さらりと理由を告げることができた。さすがに十二年も経つとそれなりに消化できているようだ。
「ふーん……違う事情って?」
「そこは遠慮しろよ、ダーリン……まあいいか、女に振られた」
ふうと息を吐く。こちらはまだ少し胸がひりついた。
「ハニーを振るなんて見る目がないね」
「金もコネもなかったからなぁ、今もねえけど」
『やっぱり、お金持ちがいいもの』という赤毛の女の声が頭に響く。言いながら女は前髪を触っていた。
「金目当ての女だったのなら、捕まらなくてかえってよかったじゃないか」
「あっちにはあっちの事情があった」
「おや、ひどい女に対して優しい言い方だ」
「…………」
「ひょっとしてまだ引きずってる?」
「煩いな、あんたも女に振られてみろよ。引きずるぞー」
「ははは」
わざと恨みがましく言うと、フェリクスは乾いた声で笑った。笑い声はとても平坦で明らかに作り物だったのだが、赤毛の女を思いだしていたスティーブはそれには気づかずにこの話は終わりした。
とりあえずこの日スティーブはフェリクスと一緒に畑仕事をして、スラッシュの世話を任せた。
三日ぶりに主人に会えた茶色い馬は嬉しそうだった。




