4.マルガリータ①
「さて、ここからが本題だ。あんたはどうして俺の祖母を知っていた? しかも祖母と結婚とはどういうことだ?」
何よりも気になるのはそこである。
スティーブの問いにフェリクスは少し逡巡してからこう答えた。
「知っていたのは、記録があったからだ」
「記録?」
「マルガリータの罪と身分剥奪の裁判の記録があった」
「裁判……罪と身分剥奪……」
スティーブはそう繰り返してから頭を抱えた。
「婆ちゃんめ、やっぱりガチの貴族だったのか」
ため息を吐きながら呟く。つい素の婆ちゃん呼びも出てしまった。
不思議と驚きはなかった。スティーブの祖母マルガリータは変わった人で、周囲から浮いていたことは子どもの頃から気づいていたし、村では祖母と祖父は身分違いの恋からの駆け落ちではないかと言われていたのも知っている。
こんな田舎で一人称が“あたくし”だった時点でかなり変である。村民全員がおそらく高貴な身分だと察していた。
晩年も背筋をぴんと伸ばしてしゃんと座り「あたくしは肉より魚が好きです」とか「あたくしが一番好きな宝石は真珠です」とか言っていた。因みにここヘラー村はステリアス国の西の端に位置しており、山に囲まれている。川魚くらいは食べるが、たんぱく源の基本は肉で、村人達は真珠なんていう海の宝石は見たこともない。
そして祖母は掃除は苦手で料理は全くできなかった。
なので子どもの頃のスティーブも薄々、祖母は実は貴族だったりするのかとは思っていたが、本人は出自について語らなかったし、貴族だったところで祖母は祖母なので有耶無耶なままだったのだ。
「彼女は自身の身分について何も話していなかったのか」
「少なくとも俺には何も。祖父と母には分からないが……あー、親父もだな。あの人は元々は祖母に興味があってここに来たらしいから」
スティーブの父は学者だ。民族学と歴史学、植物も少々詳しく界隈ではそこそこ名も知れている。
辺鄙な村に変わった夫人がいると聞いてやって来た若かりし頃の父は、若かりし頃の母と出会い恋に落ちたのだ。
「お父上は民族学者のカレル・ヘラー殿だな」
さらりと出てきた父の職業と名前にスティーブは眉をひそめる。
「追放されたマルガリータの身元引受人は、この近くの伯爵家だったのだよ。伯爵家はマルガリータの動向を把握していて、そこでひと通り聞いた」
フェリクスはここで一旦言葉を区切る。
「公式にはマルガリータは未だに独り身で、伯爵家に身を寄せていることになっているのだがね。まさか何十年も前に結婚していたとは」
「孫までいるぞ」
「驚いたよ。亡くなっていたことの報告すらなかったんだ。死亡の届けをしなかったのは伯爵が代替わりして後継が怠慢をしていたからのようだが、結婚して伯爵家を出ていたのは先代が意図的に隠していたようだ」
「…………」
そう言えば、祖母は頑なにこの村から出ることはなかった。
結婚することと引き換えの条件でもあったのかもしれない。
「今からでも、俺の祖母の罪や結婚云々は咎められたりするのか? もう本人は亡くなっているんだが」
心配になって聞くと、フェリクスは首を横に振った。
「罪は何十年も前のことでマルガリータは既に罰を受けている。結婚のことも今さらどうしようもないだろう。伯爵には少し間を置いてマルガリータが亡くなった報告をしておけと助言しておいた。実際の彼女は結婚と同時にこの村に属していることになっているし、問題ないさ」
「そうか」
「そして次、私がマルガリータと結婚しなければならなかったのはこの指輪を嵌められたからだが、ここからは彼女の罪の話になる。聞くかい?」
フェリクスに問われてスティーブはゆっくり頷いた。祖母には悪いが聞かせてもらうしかない。
「これは元々、マルガリータが私の曽祖父と無理矢理結婚しようとして我が家に持ち込んだものなのだよ。それが彼女の罪」
フェリクスがひらりと自身の左手を差し出す。
薬指には指輪だ。昨日より癒着部分が目立たなくなっていて一見すると古いだけの普通の指輪である。
スティーブも自分の指輪を見る。
目の高さまで上げると裏面はしっかりスティーブの指と一体化していた。
こんなもので結婚を迫ろうとしていたのは確かに罪だ。
「何やってんだよ、婆ちゃん」
孫に厄介事を持ち込まないでほしい。
「幸い未遂に終わり、マルガリータはこちらに追放された」
「そんで巡り巡って、お家騒動のとばっちりであんたがそれを嵌められたと」
フェリクスの身になってみると、なかなか悲惨だ。
昨日の様子からするとフェリクスは大変な苦労をしてここまでやって来ていた。貴族のお坊ちゃんが馬だけ与えられて放り出され、必死に旅をしてきたのだ。八十歳を越えた老女と結婚するために。
見つけて結婚したとして、相手が亡くなれば自分も死ぬのであれば先の命は長くないと分かりきっているのに。
二十三歳でそんな体験をするのは酷だったと思う。
厄介事どころではなかっただろう。
「大変だったな。祖母が迷惑をかけた」
「ハニーが謝ることはないよ。お祖母様の件もお祖母様個人の意思によるものだったのかは疑問だ。いくら身分が高かったとはいえ、年若い娘一人でこれだけの魔法の品が用意できるとも思えない」
確かに、この指輪は人の命まで掌握するようなとても強力なものだ。
東の果ての国の魔女達が使う魔法は、幻覚を見せたり思考を惑わせるようなものがほとんどで、他人に直接危害を加える魔法を使える者は少ないらしい。
長い時間をかけて強力な魔道具を作ることもできるが、それはかなり希少だと聞く。祖母が個人的に入手するのは難しいだろう。
これらは騎士だった時に習ったことと、民族学者の父に聞いたことである。
「私の実家もマルガリータの実家も、かなり力のある家だ。おそらく家の思惑が絡んでいたのだろう」
「…………」
(ということは、こいつは中央の伯爵家あたりか。下手すると侯爵かもな……うへえ、侯爵家は勘弁だな)
改めてフェリクスを見ながら考える。平民からするとどちらにしろ雲の上の人々だ。
(婆ちゃんもそんなもんか、ちょい格下とかだったんだろうな……政略的に婚姻関係を結びたかったのか)
スティーブは背筋を伸ばして座り、はきはきと「あたくしはーー」としゃべる祖母を思い出す。
小柄だがエネルギッシュな人だった。時に滅茶苦茶だったが、いつもそれなりに筋は通っていた。
フィールドワークが主となる父の仕事の関係で長期の留守が多かった両親に代わり、スティーブの面倒をよく見てくれた。厳しいというか、苛烈な人だったがいつも愛はあったと思う。
そんな祖母が身勝手な恋ゆえに魔法の指輪を使うのは考えにくい。家のために決死の覚悟でやったと言われた方が納得がいった。
(いや、いっそ婆ちゃんなら、全てを話して告発しそうだな)
それが一番しっくりくる。
「未遂とはいえ、恐ろしい指輪を持ち込んでいたわりにはマルガリータへの処罰は軽い。貴族の引受人を用意しての追放だからね。何らかの取り引きがあったんじゃないかと思うよ」
スティーブの考えを読んだかのようにフェリクスは言った。
「なるほどな」
「だから気にしなくていい。今回、実際に指輪を使ったのは私の身内だしね」
ここでフェリクスの声が暗くなる。一瞬黙り込んだ金髪のダーリンは空気を変えるようににこっと微笑んだ。
「ところで、マルガリータの罪と処分は極秘事項なんだ。私は関係者だから見ることができたが、魔法の品も絡んでいるし公にはされていない。ハニーにはもう指輪が嵌ってしまっているから伝えたが、絶対に他言はしないでくれ」
「分かった」
スティーブは相槌を打ちながらそっと指輪をつつく。
「なあ、この指輪なんだが、死を共有する以外になんかあるのか? 怪我や病気はどうなる?」
「マルガリータの供述書によると、共有するのは死だけらしいね」
「つまり、結婚というより庇護を求めるものだな?」
「そうなるね。私とハニーの関係も、分かりやすく結婚と伝えたけれど、法的な拘束力はない。指輪は貞淑さも求めないから安心してほしい」
「貞淑さ?」
「ハニーはこれからも何人でも女を抱ける、ということだ」
「お、おお……」
爽やかな笑顔からいきなり下世話な話が出てきてたじろぐ。そちらはご無沙汰でもあった。村にはそもそも若い女が少ないのだ。
「おや、そういうのは気にならないのかな。男ぶりが良いからモテるのかと思ったんだけど」
「は?」
「もしかして、あまり経験がない?」
「煩えよ、昔はモテた」
嘘ではない。騎士だった頃はそれなりに女っ気もあったし、将来を共にしようと考えた人もいた。スティーブの頭の中にちらりと赤毛の女がよぎる。
(くそっ……)
久しぶりにチラついた赤毛を追い払うために、スティーブは頭をがしがしとかいた。
フェリクスはその様子を照れや誤魔化しだと受け取ったらしい。悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「昔は、ね」
“は”を強調してニヤリとするフェリクス。生意気な後輩のように目を光らせるそれは年相応の表情だ。どこか掴みどころがなかったフェリクスの素の部分な気がした。
スティーブはフェリクスを軽く睨んでやり、フェリクスはおどけて肩をすくめた。




