32.ダーリンの憧れの騎士①
昼前にドゥーラの町に着いたスティーブは騎士団の厩舎にスラッシュを託し、用意された部屋でせっせと今回の事件の自分に関わる部分の報告書を読みだす。
副団長の罪の発端となったらしい十二年前のことと、今回ミゲルと共に踏み込んだ副団長の家でのことだ。
騎士団の詰所には、ちらほらと知った顔もいた。気まずそうに顔を反らす者もいたが、スティーブのいる部屋を訪れて十二年前に疑ったことを謝罪してくれる者もいた。
スティーブは昔の自分が報われた気がした。
「さて、と」
少々感傷に浸った後に、再び報告書に向き合ったのだが、今度はどやどやと複数の足音がして若い騎士達がやって来る。
「あのっ、スティーブさんですよね!」
彼らはスティーブに羨望の眼差しを向けてきた。
副団長の家でスティーブがほぼ一人でチンピラ達の相手をしたことについて、話が大袈裟になっていたのだ。
スティーブは二十人もの刃物を持った男達を華麗に斬り伏せたことになっていた。
「すごいですね!」
「見事な剣さばきだったと聞きました!」
「…………」
きらきらした若い顔に囲まれてたじろぐスティーブ。
(おいおい、刃物つってもナイフくらいだったし、それも持ってたのは数人だぞ)
相手をした人数も全部で十人ほどだったはずで、半分は向かってくることなく逃げたのだ。
「ずいぶんと、大きく伝わっているようだが」
「いいえ! ミゲル団長代理より間違いないと聞きました!」
訂正しようとしたのだが、目を輝かせた彼らに押し切られてしまう。そして話を盛っているのはミゲルらしい。
「今度、手合わせしてください!」
曇りなき眼で頼まれて、後ろめたくむず痒い。でもちょっと嬉しい。
「機会があればな。ほら、俺は報告書読まなきゃいけないんだよ。散れ、散れ」
わざと素っ気なく手で追い払うと「約束ですよー」と若い騎士達は去っていった。
「ふう……」
やっと落ち着いたスティーブは、そこからはゆっくり報告書を読んだ。
❋❋❋
「スティーブ、呼んでおいて放ったらかしですまない。問題なかったか?」
小一時間ほど経ち、ちょうど報告書を確認し終わった頃に疲れた様子のミゲルが顔を出す。
「ないと思うぞ。なんか疲れてんな」
「この大騒ぎの時に副団長なしの団長代理はキツいぜ……」
げっそりしているミゲル。激務のようだ。
「だろうなぁ……俺の報奨金なんか適当でいいぞ」
「そういうわけにはいかないだろ。これ、予定額とその根拠を書いといた」
ぴらりと一枚の紙を渡されて目を通す。
「不服があるなら今言えよ。俺が団長代理の内に増やしてやる。午後には新しい団長が来るからな」
ミゲルはそんなことを言うが、もらえる報奨金の額は十分にそれなりの額だった。
「不満はねえよ。貰いすぎな気がするくらいだ」
「個人的にはもう少し増やしてもいいと思うんだがなー」
「止めとけ。新しい団長に睨まれるぞ」
渡された紙の一番下に同意のサインをして、スティーブは紙を返す。
「新しい団長は中央から来るのか?」
ついでにそう聞くとミゲルの顔が曇った。
「どうした? 評判が悪い人でも来るのか?」
「中央から来るってのは確定らしいんだけど、聞くたびに来る予定の人の名前が変わるんだよ。急な人事で、混乱してるみたいなんだ。赴任の当日なのに誰が来るのかも判然としてない。王都は政権交代もあって、ばったばただろうしな」
「あー、だろうなぁ」
「問題あった騎士団に、問題ある人は来ないだろうとは思うんだけどな。皆、朝からちょっとそわそわしてる」
「いい人が来るといいな」
「そう願っている。切実に」
「さて、じゃあ俺はお前が団長代理の内に帰るとするか。馬だけ預かってもらってていいか?」
「構わない。今日はブレンダのとこか?」
ミゲルの顔がニヤニヤしだす。
「煩えな、そうだよ」
「とっととプロポーズしろよ。結婚式には嫁と子どもと出席してやるからな」
冷やかすミゲルに別れを告げて、スティーブは騎士団詰所を後にした。
昼食を適当に取り、本屋で何となくオブロン国について調べようとしてみたが、オブロンを扱っている本自体ほとんどなかった。魔法について書いてある本も絵本くらいしかない。
専門の本屋か、大きな図書館でも行かなければダメなようだ。
スティーブは諦めてフェリクスのために新聞だけ買った。
早めにブレンダの食堂で夕食を食べ、仕事終わりの彼女と共にそのアパートへ向かう。
ブレンダはスティーブの前では完全に取り繕わなくなって、終始可愛い。スティーブはでれでれしながら町を歩き、部屋ではすぐに手を出した。
ピロートークで指輪の魔法と、それを解きたいことを伝えるとブレンダは当たり前のように「行ってきなさいよ」と応える。スティーブは、ああ、やっぱりブレンダだと嬉しくなった。
長く家を留守にするかもしれないから、よければ家を守っていてほしいと言い、そのまま一年後の結婚も申し込んだ。
「いきなり家を空けることになるんだが、必ず戻ってくる。お願いだブレンダ、帰ったら俺と一緒になってくれ」
真剣に伝えると、赤毛の女は「仕方ないわね」とちょっと強がりながらも承諾してくれた。
翌朝、この日はブレンダとゆっくり朝食も食べた。
「なんか、照れるわね」と頬を赤くするブレンダはやっぱり可愛い。
によによしながら朝を過ごし、スティーブはまた連絡すると約束してアパートを後にした。
騎士団の詰所では受付に挨拶だけ済まして、厩舎へ向かう。ミゲルは新しい団長への引き継ぎで忙しいだろうからと伝言だけ頼んだ。
スラッシュの元へと行くと、見慣れた茶色の馬の横には昨日はいなかった立派な黒毛の馬がいた。
黒毛の馬は甲斐甲斐しくスラッシュの鬣を噛んで毛繕いをしていて、スラッシュもそれに身を任せている。
スティーブがスラッシュの側へ行くと、黒毛の馬は面白くなさそうに鼻を鳴らしてもきた。
「なんだ? 仲良くなったのか?」
スラッシュの頬を撫でてやると、ぶるるっと黒毛が威嚇する。
「はは、スラッシュ、ずいぶん気に入られたなぁ」
フェリクスの愛馬であるスラッシュは、艷やかな茶色い毛並みに額に白のワンポイントがある美しい牝馬である。世話をする内にスティーブもしっかり愛情を注ぐようになっていて、そんなスラッシュがモテているのは嬉しい。
スティーブがにこにこしながら出発の準備を始めた時だった。後方から名前を呼ばれた。
「スティーブ」
品のある男の声。ミゲルではない。誰だろう、と振り返ると厩舎の入り口に騎士服を着た男が一人立っている。
長い銀髪を一つに束ねた長身の男だ。その背丈はスティーブと同じくらいあり、体にはがっしりと筋肉がついている。逆光で顔はよく見えないが、その立ち姿は威厳があり、高貴な雰囲気がフェリクスに似ていた。
「?」
知らない男だと思った。盛大に眉を寄せて周囲を見回すが、厩舎には自分と銀髪の男しかいない。
(あっ、馬の名前か?)
次にスティーブはそう思った。そう考えると黒毛の馬がそわそわしている。こいつの名前はスティーブなのかもしれない。
なるほどな、と思い銀髪の騎士にはぺこりと頭だけ下げてスラッシュに向き直ろとしたのだが銀髪が笑う。
「おいおい、無視とはひどいな。分からないのか?」
親しげに銀髪が近づいてくるのは自分の方だ。
「えーっと? えっ、あっ」
男の整った顔がはっきり見えてきて、スティーブは声をあげる。
男は懐かしい同期だった。
「エミリオ!?」
名前を呼ぶと銀髪の男エミリオがとろりと微笑む。昔から笑顔が無駄に甘い奴なのだ。
「久しぶりだな、スティーブ。八百長試合以来だ」
にこにこしながはエミリオが言う。そう、この男がスティーブの八百長御前試合の相手だった侯爵家出身の騎士である。
「ばっか、お前、そんなことを堂々とだな」
慌ててもう一度周囲を見回しながらスティーブの中で、かちりといろんなピースがはまった。
侯爵家出身の実力もある同期。
おそらく異例のスピード出世で、十二年前には既に副団長になっていた同期。
そして、昨日の午後から赴任してくる予定だった騎士団長。
「…………エミリオ、もしかしてドゥーラの騎士団の新しい団長ってお前か? いや、あなたですか?」
口調を改めて言い直す。目の前の男は綺羅びやかで威厳もある。しかも騎士団長だ。同期だったのは二十年近く前で、今のスティーブは騎士ですらない。さすがにきちんとした方がいいだろう。
スティーブの問いにエミリオは甘い笑みで答えた。
「そうだ。あと、敬語はやめてくれないか」
「さすがに、騎士団にタメ口は……」
「団長代理へは気安かったと聞いている」
エミリオの声が低くなる。
「ミゲルは元同僚でだな」
「俺は元同期だが? 昔のお前は歳上だから敬えとも言っていたと思うが?」
「…………」
言っていた。同期だが二つ歳下のエミリオに確かにそう言っていた。スティーブも若かったのだ。
「…………二人の時だけだぞ」
不承不承、承諾するとエミリオは剣呑な雰囲気から一転して嬉しそうに頷く。
こいつも変わってないな、とスティーブは思った。昔から人懐こい奴だったのだ。三十六歳になっても人たらしは健在らしい。
そこからエミリオは、着任早々に説明を受けた前副団長の事件にスティーブが絡んでいて腰を抜かしそうになったと嬉々として語った。
スティーブが馬を預けていると聞き、何が何でも捕まえようと受付にはスティーブが現れたらすぐに連絡するように言いつけていたらしい。
「ここへきて初めて下した命令だな」
ふふんと胸を張るエミリオ。威張る所ではないと思う。
「騎士を辞めたと聞いていずっと気にかかっていたんだ。元気そうで安心したし、変わらず強そうで誇らしいよ」
「副団長の家での話なら、大分、盛られてるぞ」
「火のないところに煙は立たない」
「どうだろうなぁ」
「それより、これから村まで帰るのだろう? 送っていこう」
「えっ、何言ってんだ? いいよ」
「今回の功労者を蔑ろにするわけにはいかない。送っていくよ」
エミリオは戸惑うスティーブを無視して、黒毛の馬に鞍を付け出す。立派な黒毛はエミリオの馬だったらしい。
「おい、エミリオ。着任したてだろ? 絶対に忙しいだろ?」
「大丈夫。いいんだ」
有無を言わさないエミリオに戸惑いながらも、スティーブは出立することとなった。




