33.ダーリンの憧れの騎士②
エミリオと騎士団詰所を出て町を抜ける。
畑の中の一本道で馬を駆りながら、スティーブは不安になりつつあった。
(エミリオは、第一王子を知っていたりするんじゃないか?)
王都で騎士をしていたのだから顔くらいは知っていて当然だ。
もしエミリオがスティーブの家にいるフェリクスに気づいた場合、どうなるのだろう。
(落ち着け、王都には幾つか騎士団がある。王族と接点のなかった可能性もある)
面と向かって話したことがなければ、質素な服に身を包んだフェリクスを第一王子だとは思わないのではないだろうか。
スティーブはできるだけさりげなく、王都でのエミリオの経歴について聞いてみた。
銀髪の美丈夫は、六年目にして異例のスピード出世で王都第三騎士団の副団長となり、その後、近衛の副団長になっていたのだと爽やかに語った。
「近衛かぁ、すげえなぁ」
応えたスティーブの声は引きつっていた。
王族を守る近衛騎士が第一王子フェリクスを知らないわけがない。
そして思ったのだ。
フェリクス本人もだが、その愛馬スラッシュを知らないわけがなくないか? と。
スティーブは青い顔で、自分の乗る見事な茶色い馬を見る。
スラッシュは額と脚の白のワンポイントが特徴的な馬だ。知っている者はひと目見ればすぐに分かるだろう。
(うおおぉ、これ、どういう状況だ? 俺、このまま帰っていいのか?)
どっと変な汗が出てくるスティーブ。そんなスティーブにエミリオはにこっと懐っこい笑みを浮かべた。
(その笑顔はなんだ? ただの笑顔か? それとも裏のあるやつか?)
副団長関連の報告書にはもちろんフェリクスのことも書いてあった。スティーブの連れとして名前も出てきていた。
フェリクスはよくある名前ではある。
だがその名を聞き、厩舎のスラッシュを見れば、すぐに第一王子と結びつくだろう。
エミリオはミゲルにフェリクスの為人を聞いたかもしれない。そうなると身バレは避けられない。
フェリクスは町では髪色は染めていたが、髪くらい染められるのは誰でも知っている。
(エミリオが第一王子の反対勢力だったりすれば……)
フェリクスを王都に送還したりするだろうか。
スティーブを家まで送ろうとする流れはかなり強引だった。エミリオの目的はフェリクスなのだろうか。
スティーブは再びさりげなく、エミリオの実家について聞いてみた。
ロドリゴ侯爵家だよ、とエミリオは答える。
「…………」
(ていうか、俺、貴族の派閥なんて知らねえよ)
家名を聞いたところで、その関係性は全く分からなかった。スティーブはがしがしと頭をかく。
「んー…………」
「スティーブ、どうした?」
挙動不審なスティーブを、エミリオは馬を寄せて覗き込んでくる。その顔に他意は感じられない、とスティーブは思った。
「…………」
遥か昔の御前試合で、八百長をすることになった時のエミリオはとても不機嫌だった。いつも朗らかで機嫌のよい男は明らかに苛ついていて、スティーブは、こいつも怒るんだな、などとのんきに感心したのである。
(そうだよ。そういう真っ直ぐな奴なんだよ)
エミリオは人当たりのよい、素直な奴だ。
王位継承権を失い、田舎の村でひっそり暮らすフェリクスを探し出してどうこうするような陰湿な男ではない。スティーブはそう納得した。
「何でもねえよ。遅くなったが、団長就任おめでとう」
笑顔で祝うと、エミリオは少しだけ目を見開いてから「ありがとう」と礼を言った。
❋❋❋
茶色い馬と黒毛の馬が仲良く家の前に繋がれる。二頭は穏やかに寄り添った。
「馬に水をやろうと思う。お前も茶くらい飲んでいくか?」
スティーブは心持ち大きな声でエミリオに尋ねた。
家の外にフェリクスはいなかった。もし一階の居間にいるなら念のために二階に上がってほしいと思ったのだ。
「俺も水だけでいいよ。お邪魔するのは悪いだろう。ここで飲む」
エミリオはスティーブの家をしげしげと眺めながらそう答えた。
「スティーブは一人と聞いていたから小屋みたいな家なのかと思っていたんだが、それなりに大きな家なんだな」
「祖父母と両親と暮らしてたこともあったからな。部屋は四部屋あるぞ」
スティーブは一人で家の中へ入ると水を汲んだ。一階にフェリクスはいなかった。もしかすると近づく馬の足音で二階に上がったのかもしれない。
とりあえずほっとしながら玄関先のエミリオに水を渡した。
水を飲んだエミリオは家の周囲をぐるりと見回す。
「畑もあるんだな」
「自分達の分の野菜くらいしか作ってねえけどな」
「ふーん」
エミリオはゆっくりと畑を見て、ヤギ小屋を眺めた。それから玄関先に立てかけてある二本の木刀に目を止める。
(やべぇ、二本もあるって変か? いや、でも爺ちゃんのと俺のでそもそも二本あったし、別に変じゃねえよな)
スティーブの心臓の鼓動が早くなる。
エミリオは無言で木刀を手に取ると、一本をスティーブに差し出してきた。
「?」
「八百長試合のやり直しをお願いしたい」
「えっ、今からか?」
「ああ、そのために来たんだ」
「なんだ……そういうことかよ。詰所の裏でやればよかったんじゃないか?」
強引だった理由が分かって力が抜け、それにしてもわざわざこんな所まで来なくてもよかったんじゃないかと聞けば、エミリオは強気な笑みを浮かべた。
「今回の功労者を詰所の裏で負かすわけにはいかないだろ?」
スティーブは一瞬ぽかんとした後に、にやりと笑う。
「俺だって、あそこで着任早々の騎士団長サマを負かすわけにはいかねえよ」
そう言い返すと、エミリオの笑みが深まった。
スティーブはいつもはフェリクスと打ち合いをしている家の裏へと移動した。
三十八歳と三十六歳の壮年の男達が静かに対峙する。双方、落ち着いて円熟した闘気を放っていた。
「では、俺から」
エミリオが素早く力強く打ち込んでくる。その太刀筋はどこかフェリクスに似ていた。
(いや、というか……今、気づいたがあいつの太刀筋がエミリオに似てんだな)
エミリオの剣さばきは見習いの時から大きく変わってはいない。フェリクスがエミリオに似ていたのだ。
「スティーブ、考えごととは余裕だな」
エミリオの鋭い返しが入ってくる。スティーブは冷静にそれを受けて流した。
何度かのやり取りの後、スティーブの突きがエミリオの眉間で寸止めされた。
「参った」
一瞬の沈黙があり、エミリオが降参して勝負はついた。
「はあ、もう少し持つと思ったのに……スティーブは相変わらず華麗に強いなぁ。騎士は十年以上も前に引退したんだろ、どうなってるんだ」
懐っこい笑顔に戻ったエミリオは半ば呆れている。
「最近、手合わせが多くて勘を取り戻したところだ。お前はちょい鈍ったか?」
「役職につくと、どうしてもデスクワークが多いからなぁ。昔の速さはないな」
「その分、いやらしさはあったぞ」
「…………褒めてるのか?」
「褒めている」
エミリオのようないやらしさはフェリクスにはまだない。太刀筋は似ているが、どちらが相手として嫌かと聞かれればエミリオである。
「ふふ、ありがとう。手合わせもありがとう。すっきりした。ずっと引きずっていたんだ」
「八百長をか?」
十九年も前のことなのに?
「お前は負け逃げだったからな。さっさと田舎に引っ込むし、呼び戻そうしたら引退するし」
「おー、なんか呼び戻そうとしてくれたんだってな。気持ちはありがたいが断ったと思うぞ」
さらりと告げると、エミリオはがくりと肩を落とした。
「スティーブはそういう奴だよな。はあああぁ…………」
長いため息をついてから、エミリオはぽつりと続けた。
「俺さ、この異動は体のいい左遷なんだよ」
「えっ、そうなのか!? でも団長だろ?…………あー、そうか、団長っていってもこんな田舎だもんな。すまん、無神経におめでとうなんて言ってしまったな」
スティーブは慌てた。先ほどのお祝いは嫌味みたいになっていたんじゃないだろうが。
「いや、いいんだ。いろいろあって打ちひしがれて赴任して来たんだが、お前にも会えたし、今は来れてよかったと思っている」
「……そうか」
左遷の理由について触れるべきか迷っていると、エミリオは自ら口を開いた。
「政権交代は知ってるよな?」
「ああ、陛下が身罷られて、第二王子が継がれると」
「俺は第一王子派だったんだよ。実家は中立なんだが俺だけな。殿下の剣の指南役をしてたんだ」
「……へえ」
どうりで太刀筋が似ているわけだ。
そしてエミリオはフェリクスのことを“殿下”と呼んだ。既に王位継承権は剥奪されているのに敬称をつけたということは今でも敬っているということだ。
第一王子という単語が出てきて強張ったスティーブの体が緩む。
「第二王子はそんな俺が近衛の副団長というのは居心地が悪かったんだろうな。俺も第二王子には殿下へのような想いは抱けなかった。そんな時にちょうどここのポストが空いて、昇進という名の左遷になったんだ」
エミリオはそこでスティーブを見て眩しそうに目を細めた。
「来れて本当によかったよ」
「お、おう」
自分に眩しいほどの魅力はないと思うので、スティーブは曖昧に頷く。
「第一王子殿下と出会ったのは、殿下が十歳の時だ。殿下から直々に剣の指南役にと指名があったんだ。俺が殿下の憧れの騎士だからと」
急な話題の転換だったが、エミリオの顔はふんわりと綻んでいる。遮って邪魔してはいけない気がしてスティーブは静かに続きを待った。
「殿下は、四歳の時に初めて見た御前試合で勝った騎士に強い憧れを持たれていて、それが俺だという話だった」
「…………」
それは八百長試合だったのだ。そういうことなら引きずるよなあ、とスティーブは思った。
高貴な少年から、まやかしの勝利に憧れていたのだと告げられて、居た堪れなかったに違いない。
「エミリオ、形はどうあれ勝ったのはお前だ。第一王子殿下に憧れられていたのは誇っていいと思うぞ」
気休めになればとそう伝えたが、エミリオは首を横に振った。
「違うんだ、スティーブ。俺は十歳の殿下との初対面で殿下と軽く剣を合わせた。殿下はすぐに“違う”と仰ったんだよ。“違う、貴殿ではない。あの騎士の剣はもっと流れる水のようだった”と」
「うん?」
スティーブは首を傾げた。エミリオの太刀筋は稲妻のように真っ直ぐで素早い。流れる水ではない。
「お前だよ、スティーブ。殿下が憧れていたのはお前なんだ。かなり強烈な体験だったんだろうな、四歳だし、殿下は試合はお前が勝ったものだと記憶違いしていたようだ」
「…………」
「殿下の憧れの騎士はお前だ」
「…………」
スティーブは唖然とした。
「…………えぇ」
情けない声が出て、じわじわと顔に熱が集まるのが分かる。
憧れの騎士、その言葉だけでも照れるのに相手はフェリクスである。
何なら御前試合の話もしたし、その後に何度も手合わせをしている。
フェリクスは絶対にスティーブこそ、憧れの騎士だと気づいていただろう。
(……なんか、無性に恥ずかしいんだが)
実はこっそりきらきらした目で見られていたりしたのだろうか。背中がむずむずする。
「殿下には、憧れておられるのは負けた方の騎士ですよ、とお伝えした。八百長を言うわけにはいかなかったからな。そんなの嘘だと怒られてしまった」
苦笑するエミリオの目は優しい。エミリオがフェリクスに愛情と敬意を持って接してきたことが分かる。
「それでも殿下は俺の剣の腕は認めてくれて、憧れの騎士に勝った男であるし、指南役はお願いしたいと言ってくれたんだ。俺はいつか殿下にお前を引き合わせたかった。それが叶わぬまま、お守りすらできなかったと思っていたんだが……賢く生き延びられて、憧れの騎士には勝手にお会いなっていたようだ」
とろりと甘く微笑む銀髪の同期。
(バレてる。全部、バレてるぞ、ダーリン)
スティーブはぎこちなく笑った。
これはどうするべきだろうか。二階にいるフェリクスを連れて来てやるべきだろうか。
(でも、会いたいかの意向を聞かねえとダメだよな)
迷っていると、エミリオは騎士の礼をしてスティーブに向き合った。
「何かお困りごとがあれば、私、エミリオ・ロドリゴをお頼りください。必ず力になります」
真摯な目がスティーブを見つめてから、エミリオはふっとそれを和らげた。
「と、伝えてもらえると嬉しい。それじゃあ、またな」
手を振って踵を返し、エミリオはひらりと黒毛の馬に跨る。馬上でスティーブの家に向かって敬礼するとエミリオは去っていった。
残されたスティーブは小さくなっていくエミリオを見送る。
「…………なんつーか、スマートというか気障だなぁ」
黒い馬が豆粒みたいになってからやっとそう呟く。頭をがしがししてからスティーブは家へと戻った。
家に入ると見計らったようにフェリクスが二階から下りてきた。
おそらくフェリクスは二階から全てを見ていたのだろう。エミリオにも気づいたはずだ。どこからどう説明しようかと考えているとフェリクスの方から話しかけてきた。
「ハニー、人の声というのは上に抜けるのだよ」
「お? おう」
「全て聞こえていたから、伝言は必要ない」
「お、おう」
「ハニーはエミリオにも気に入られているのだね」
「そうか? あいつは誰にでも懐っこいだろ」
そう返すとフェリクスは目を瞬いた。
「少し違うと思うのだが、私は私以外にあんなに朗らかに笑うエミリオは見たことないよ……さすが田舎の純朴青年」
「ん?」
「何でもない。お帰り、ハニー」
フェリクスがにっこりする。
ここでスティーブは金髪のダーリンの憧れの騎士が自分だったということを思い出し、しばらくそわそわと落ち着かなかった。
Fin
お読みいただきありがとうございます!
こちらで完結となります。ブクマや評価、いいねに感想、どれもとても嬉しいです。ありがとうございます。
書き出した当初の予定では、ここまで5、6万字くらいで収まるはずだったのに10万字超えた。なんだか妙に筆の乗る二人でした。
お察しの通り、この後の構想はいちおうあるのですが、ちょい壮大で書き切る自信がないので一旦完結とさせていただきます。
たぶんちゃんと魔法は解けて、宰相と弟にはふんわりざまぁすると思う(私の作品、軒並みざまぁがないのでマジでふんわりです。出会ってフェリクスが「ふふん」って鼻で笑うくらいじゃないかな)。
書いてて楽しい二人なので、また書けたら書こうかなとは思っています。たまに覗いてやってください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




