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ハニーとダーリン  作者: ユタニ


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31/33

31.ダーリンのやりたいこと


ドゥーラの町から帰ってきて二週間経った。

スティーブは頼まれて買った物を村人達に渡して回り、畑の面倒を見てくれたトムへのお礼もした。

フェリクスは「世話になっているから」と高齢のご婦人達に石鹸のお土産を配ったたらしく、お姉様達(年齢的にはお婆様だ)からの株をますます上げた。


帰ってすぐのスティーブは、フェリクスが第一王子であったことや味わったであろう辛酸を思っては、ついつい慈愛に溢れた目で金髪に戻ったダーリンを眺めてしまうことも多かったのだがそれも大分落ち着いてきている。


それでも、時々思い出してはしまう。

王位を継ぐはずだったのに追われたこともそうだが、もうひとつ。

以前にフェリクスが冗談だと言った『因みに私には、モノにしておけばよかったと悔やんでいる女がいる。彼女の純潔が他人の物になったかと思うと、夜に叫んで起きてしまうくらいに悔しい』を思い出してしまう。

再会したブレンダと上手くいっているスティーブはここの所恋愛脳気味で、そのせいで余計に思い出すのだ。


(前に言っていた女って、婚約していた公爵令嬢なんじゃないか?)

あれは冗談ではなかったのではないか。

お節介だと分かっているが、そのように勘ぐってしまうのだ。

そしてこの予想は当たっているとも思う。


ドゥーラの町で読んだ号外によると、件の公爵令嬢は第二王子の妃となるらしい。

政権交代ほどの大事ともなると、ヘラー村にも遅ればせながら号外とその続報が入ってきていたし、町の宿の若女将カイラが各種新聞を送ってきてくれたので、スティーブは令嬢の名前や略歴も知った。


トリシェ・アーバンクル公爵令嬢、現在十九歳。

王子達とは幼馴染で、艷やかな茶色の髪にしっとりした焦げ茶色の瞳を持つ才色兼備なご令嬢だ。


フェリクスは『私は茶髪で茶目しか受け付けないのだ』とも言っていたが、トリシェはこれにも当てはまる。


(弟に取られたってこと、だよな?)

今日も朝から“モノにしておけばよかったと悔やんでる女”について考えていたスティーブはそんなふうに思った。

どうしたってフェリクスが不憫だ。


(まさか、婚約者にも裏切られたとかじゃないよな)

そうなるとかなり哀しく辛い現実だ。


(でも、馬車で聞いた経緯に婚約者は出てこなかったから、そこは違うか)

もしかしたら身も心も命すら捧げる人がいると言っていたのはトリシェのことなのだろうか、ともスティーブは考える。


命とは大袈裟だが、追放劇の時に何かあったのかもしれない。旅をしやすいように手引きしてくれたとか、実はあのカフスボタンはトリシェからだったとか。


(売ってもよかったのか?)

フェリクスはあっさりと手離していたが、思い出の品だったりしただろうか。

買い戻すことは果たして可能だろうか、とまで考えたところで、スティーブは己を戒めた。


(やめよう。あいつは、こういうのはきっと嫌がる)

フェリクスは王子だっただけあってプライドは高そうだ。ドゥーラの町では会計をするのを頑として譲らなかったし、帰り道で泣いたのは生涯の秘密にしろと言われた。


それにトリシェのことも、カフスボタンのこともスティーブの想像なのである。

先走るのはよくない。フェリクス本人から相談があったらまた考えよう。


スティーブが気を取り直して、朝食の準備に取りかかっていると二階からフェリクスが下りてきた。


「おはよう、ハニー」

「おう」

「今日はいつ出るんだい?」

「んー、朝飯食ったらかな」

本日、スティーブはドゥーラの町まで出かける予定なのである。騎士団よりわざわざ使いが来て団長代理のミゲルより呼び出されたのだ。

副団長の一件の報告書に間違いがないかの確認をしてほしいとのこと。また、スティーブへは報奨金が支払われるらしく、その相談があるらしい。


馬車ではなく、スラッシュを借りて馬で行くので町までかかる時間は二時間ほどで日帰りも可能なのだが、泊まりの予定だ。


「ブレンダ殿によろしく」

ブレンダの所に泊まるからである。


「おう、一人で本当に大丈夫か?」

「ハニー、私は二十三歳の大人だよ?」

「料理なんてできねえだろ」

「トマスの宿に食べに行く」

「その手があったか」

ぽむと手を打つ。それなら安心だ。


「少々、過保護ではないだろうか。ところで、いつブレンダ殿をこちらへ連れてくるのかな? 今回は口説き落とせそうかい?」

「あー、それなんだがな」

スティーブはそこで、この先は朝食を食べながらにしようと提案して、フェリクスと共に食卓についた。


「指輪の魔法を解いた方がいいと思ってるんだ」

座ってすぐに本題に入ると、フェリクスがぱちくりと瞬いた。


「婆ちゃんほどではないが、俺だってお前からすればけっこう年寄りだ。俺が七十で死んだらお前はまだ五十五歳だぞ。死んでも死にきれんだろ」

「五十五歳なら十分な気はするけどね」

「十分なわけがあるか。解くぞ、魔法」

「しかし、ハニー……」

「どうやって解くんだ? あてはあったんだろ?」

強引に話を進めると、フェリクスは言いにくそうに口を開いた。


「魔女のかけた魔法だ。解くなら魔女に聞くしかない。だからオブロンに行くつもりだった」

「だろうな」

それは予想していた。


「うん。だから簡単な話ではないのだ。オブロンは我が国の東の隣国の、更に東の果てだよ。行くだけで数ヶ月はかかる。しかも政権が変わった今、国境を越えるのは難しいかもしれない」

「知ってる。俺は今日、ブレンダに一年待っててくれと言うつもりだ」

「えっ」

スティーブの言葉にフェリクスは目を見開いた。


「二年の方がいいか?」

「待ってくれ、ハニー。巻き込むつもりは」

「あのなあ、とっくに巻き込まれてんだよ。自分が死ぬ時に誰かを道連れにするなんてぞっとする。しかも相手はお前だぞ、俺には無理だ。幸い身軽な身だしな、オブロンくらい行ってやるよ」

「…………」

「ブレンダなら気にしなくていい。話せば、行ってこいって言う奴だよ、あいつは。あ、指輪のこと話していいか? 実はちょっとだけならもう話してんだけど」

「君って人は……」

フェリクスはしばし呆然として言葉を失ってから絞り出すように言った。


「ありがとう。そしてすまない」

「おう。とりあえず飯にしようぜ」

そう言って朝食に手を伸ばす。フェリクスはきちんと祈りを捧げだしたので、スティーブは短く目を瞑って付き合った。


「ハニーはやはり、お人好しだね」

パンを優雅にちぎりながらフェリクスが言う。


「そうか? 普通だろ」

「どうだろうね。ところで、魔法は解けるとは限らないんだ。オブロンへ行っても骨折り損になるかもしれない」

「それならそれですっきりはするだろ」

「うん」

「お前は行った後のことも考えておけよ」

「うん?」

「解ける解けないに関わらず、燃え尽きんなよってこと。やりたいこととか見つけとけよ」

魔法を解くのはフェリクスが抱えていた唯一の目標だっただろう。

それを達成した後の何かはあった方がいい。


「やりたいことねえ……」

「別に今すぐじゃなくていいぞ」

「いや、何となくならあるのだよ」

「あるのか? なんなんだ?」

勢い込んで聞くと、フェリクスは少し考えこんでからこう言った。


「とても漠然としているのだが、高貴な女性に近づく機会のあるものになりたいと考えていた。思い付くのは珍しい品を売る商人か、異国の要人の付き人だろうか」

「高貴な女と知り合いになりたいのか?」

玉の輿でも狙うのだろうかと怪訝な顔になると、フェリクスは苦笑した。


「違うよ。ひと目でよいから私の姿を見せて、無事を知らせたい人がいるのだ。彼女はとても身分が高くてね」

「…………」

ここのところそれについて考えていたのもあって、スティーブにはその人が誰かすぐに分かった。


フェリクスの婚約者だった公爵令嬢トリシェだ。

半年後には王妃となる人。

フェリクスの母親がいればそちらの可能性もあったが、前王妃は王子たちが幼い頃に既に亡くなっている。


「彼女にはきっと私が死んだと伝わっている。強い人だが、ショックは受けていると思う。遠目でよいから生きてることを知らせて驚かせたい」

にっこりとダーリンは笑う。


「なあ、」

それって記事にあったお前の元婚約者だよな? と聞きそうになってスティーブは口をつぐんだ。

興味本位で聞くことではない。それに聞くまでもない。


「じゃあ、オブロンからの帰りにその可能性も探らねえとな」

それだけ言って朝食を食べると、スティーブは町へと向かった。





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