30.元第一王子たち
昼過ぎ、スティーブとフェリクスは一週間ぶりの我が家へと帰ってきた。
荷を下ろし、馬達を労って水をたっぷり与えてやる。
スティーブが宿屋に馬車を返しに行って帰ってくるとフェリクスが手合わせを所望し、疲れていたが一勝負だけだと約束して付き合った。
「ふーっ」
無事に勝ったスティーブは汗を拭いながら日常が戻ってくるのだなと思う。
再びフェリクスとの暮らしが始まるのだと実感して、いそいそと風呂の準備をするフェリクスにそろりと聞いた。
「これはいちおう聞いておくんだが……かくまってくれる地方の貴族とかいねえのか?」
ぴりりとフェリクスの機嫌が急降下したのが分かり、スティーブは慌てて続ける。
「追い出す意図はねえからな! その、こっちにも心構えがいるだろ?」
「心構え?」
「…………いきなり出て行かれたりすれば、びっくりする」
気まずくなり、目を逸らして言う。
言ってて恥ずかしいが、弟扱いしているフェリクスが急にいなくなったりすれば自分はそれなりに傷つくだろうと思ったのだ。
「ふふ、寂しいってことかな?」
フェリクスの機嫌は今度は急上昇したようだ。
「いや、寂しいってことはないが」
「懇意にしていた家には監視が付いていると思う。そんな所へのこのこ顔は出せないよ。せっかく死んだと思われているのだし」
「せっかくって……」
「せっかくだよ。朽ちていくのを確認してから解放されたから、死んだとは思われていただろうが、それでも追手への不安はあったのだ」
「…………」
新たなフェリクスの苦悩が出てきて、スティーブは言葉を失った。
フェリクスは人知れずに怯える夜を過ごしたりしたのだろうか。
「気づかずにすまん」
「いいんだ。こちらこそ、勝手に巻き込んでいたのだからね。その不安もなくなった。記事は私が亡くなったと断言していただろう」
「確かにな」
「ハニーのお祖母様の死亡の報告がされたのだろう。ほら、身元引受人の伯爵から」
「あー、なるほど」
スティーブは出会ってすぐの頃、フェリクスが伯爵に祖母の死の報告をするように助言したと言っていたのを思い出す。
伯爵はしれっと報告したらしい。
「この安寧を破る気はないよ。それにどこかに身を寄せるつもりは元々ないんだ。そんなことをすれば火種になりかねない」
「…………返り咲きたいとかはないのか?」
あると言われても困る。緊張しながら聞いてみると、フェリクスはあっさり首を横に振った。
「ない。私は負けたのだよ。引き際は綺麗でいたいのだ。完璧に負けたし、負かした彼らの政治的な手腕については信頼もしている。王位に未練はない」
堂々とフェリクスは胸を張る。負け犬であるはずなのにその姿は雄々しくすらあった。
「お前、本当に王子だったんだなー」
「うん?」
「いや、若いのにすげえな、と。高潔っていうのか? 大したもんだな」
「ハニーもなかなか高潔だと思うが」
「そうか?」
「純朴なだけかもしれないが」
「煩えよ」
そう言って形だけ睨んでやろうとして、スティーブは、はたと止まった。
目の前のフェリクスが元第一王子ということはーー
「ハニー? どうかしたかい?」
「ダーリン。確認だがお前の父親は国王陛下だよな?」
「亡くなったけれどね」
「もちろん、祖父もだよな?」
「ああ」
「そうなると、曽祖父も国王陛下だったよな?」
「そうだね」
「だよなー」
そう。直系の身内は全員王族である。
がしがしと頭をかくスティーブ。
「曽祖父が気になるのかな?」
「だって、婆ちゃんはそこと無理矢理結婚しようとしたんだろ? 陛下に結婚を迫るってもうただの貴族令嬢じゃなくねえか?」
一介の貴族令嬢ではできないことだ。やろうとも思わないに違いない。
祖母マルガリータは国王もしくはそれに準ずる者だったフェリクスの曽祖父に会うことができて、指輪を嵌めるチャンスまであったということになる。
(夜会とかででも隙をついてとかできるのか? できないよな)
声をかけるくらいならまだしも、指輪を嵌めるとなると難しいだろう。
そもそも、祖母は国王と結婚を考えるくらいに身分が高かったはずである。
「鋭いね、ハニー」
フェリクスは楽しそうだ。
「婆ちゃんって何者だったんだ? せいぜい子爵令嬢くらいだったのかと思ってたんだが……」
だが、ただの子爵令嬢が国王に一方的に結婚は迫らないと思う。
フェリクスはくすりと笑った。
「おやおや、お祖母様は軽く見られたものだね。ハニー、彼女は貴族令嬢ではないよ。東の果ての魔女のいる国、オブロンの第五王女だった人だ」
「おうっ、じょっ!?」
スティーブは目をまん丸にした。
王女? 祖母が? 王族?
「マルガリータ第五王女。お祖母様は既に即位していた私の曽祖父の妃候補として後宮に入られていたのだ」
「後宮っ!? 婆ちゃんが?」
素っ頓狂な声が出て、スティーブは咳払いをして自分を落ち着けた。
「記録にはそうあったね」
「…………………マジか、後宮で王女……婆ちゃん、貴族どころじゃねえじゃん。王女かよー」
「オブロンは小国だから、うちの王族とはまた違ったとは思うけどね」
「それでも、王女」
「因みにオブロンは魔女への信仰もあって、王位は女性が継ぐ。第五とはいえお祖母様は魔女の素質もあり、女王候補でもあったらしい」
「じょおう」
王女からパワーアップしてしまった。おまけに魔女の素質とはなんだ。
(魔女だと)
もしかして祖母が育てる薬草の質がよかったのと関係しているのだろうか。
(関係してんだろーなー)
投げやりにスティーブはそう思う。
「婆ちゃん、聞いてねえよー」
スティーブは思わず空に向かって語りかけた。
「てか、これ母ちゃんは知ってんのか? うあ、なんか知ってる気がするな」
スティーブの母も薬草を育てるのが上手かった。母にも魔女の素質とやらはあるのかもしれない。
スティーブはというと、薬草を育てるのがスティーブに代わってから薬師に少々質が落ちたと文句を言われたこともあるので受け継いでいないようだ。
魔女の素質とやらは女系に引き継がれるらしい。
「俺だけ仲間外れにすんなよー」
「大丈夫かい?」
「大丈夫じゃねえよ。婆ちゃんが王女、は想定外すぎる」
「しかも女王候補でもあったのだ。お祖母様の古語の筆跡は美しかった。さすがだよ」
再び登場する女王。
「世が世なら母ちゃんも王女だったかあ……」
「お祖父様はお祖母様の護衛騎士だった線が濃厚だ。王配候補でもあっただろうから、ハニーのお母上が王女はあり得た話だね」
「マジかぁ……」
「そうすると、ハニーも王子だった可能性はあるね」
屈託なく、とんでもないことを言うフェリクスにスティーブは目をむく。
「げえー、やめろよ」
「人の縁とは強固なものだ。お父上は民族学者でもあるし、ハニーの母上が王女だった世界でも会うことがあったろう」
フェリクスが悪戯っぽくスティーブを見上げる。
「そうなるとハニー。君は第一王子だ」
「待て待て」
「お揃いだね。私もハニーも元第一王子ということになる」
「いやいや、俺のは元とかじゃないだろ」
「似たようなものだよ」
「全然、ちげえよ」
スティーブはぶんぶんと首を横に振った。
自分はそういう柄ではない。王子なんて言われても居心地が悪すぎる。なんならちょっと寒気までする。
本当に止めてほしい。
そんなスティーブをフェリクスは午後中ずっと「スティーブ王子」と呼んでは楽しそうにしていた。
お読みいただきありがとうございます。
こちら、あと3話くらいで一旦完結となる予定です。もう少しだけお付き合いいただければ嬉しいです。




