28.号外
「スティーブ、ブレンダと会ったんだって?」
話が終わり、帰ろうとしていたミゲルがニヤリとする。
「耳が早いな」
「もしまだ会ってなかったら引きずってでも連れて行こうと思って、昨日はブレンダの食堂に行ってきたんだ」
ミゲルはそこで、珍しく可愛い反応をするブレンダよりスティーブとの再会を告げられたらしい。
「よかったな。最終日の今日はブレンダの食堂行くんだろ? よろしく伝えておいてくれ。復縁したならまめに通えよ。知ってるとは思うがブレンダはモテるからな」
ニヤニヤしながらミゲルは去っていく。
「本日の夕食はブレンダ殿の食堂になりそうだね」
ミゲルを見送ったフェリクスが笑顔で言った。
六日目は特に目的もなく町を歩いた。何となく物見台に登り、芝居小屋を覗く。広場にバイオリン弾きがいたのでそれを鑑賞し、小銭を入れた。
「音楽に触れたのは久しぶりだ」
しみじみと噛みしめるようにフェリクスが言う。
「もしかして、楽器弾けんのか?」
「ピアノとバイオリンなら少しだけ。だがもう何年も演奏していない。今弾けるかは微妙だね」
それなりの剣の腕に麗しい容姿、おまけに楽器もたしなむダーリン。
「まるで王子サマだな」
「ふふ、そうだね」
穏やかに一日は過ぎ、二人は夕方の早い時間にブレンダの働く食堂を訪れた。
この日のブレンダは非常に可愛かった。仕事中に何度も前髪を触り、スティーブを気にしているのが分かる。どうしたって頬が緩むスティーブ。
「ハニー、顔がだらしないよ。確かに本日のブレンダ殿は愛らしいが」
「あ?」
フェリクスの発言にスティーブから低い声が出る。
「怖いな。安心したまえ、前にも言ったが私は茶髪で茶目しか受け付けないのだ」
「言ってたか?」
「言ってたね」
そんな会話をしながらスティーブとフェリクスは夕食を食べた。
ブレンダの仕事終わりと共に店を出る。遠慮するなとフェリクスが言い、スティーブはそのままブレンダを送ってブレンダの部屋に泊まった。
その夜にゆくゆくは村に呼び寄せたいと、暗に結婚を仄めかすとブレンダの反応は悪くなかった。
ベッドでは寂しいとまで言わせることに成功する。スティーブは溢れる愛しさにどうにかなりそうになりながらブレンダを強く抱き締め、腕に抱いたまま眠りについた。
翌朝、スティーブはブレンダに手紙を送る約束をして朝食前に宿へと戻った。フェリクスと朝食を摂り、カイラに世話になった礼を言って部屋を引き払った。
村人から頼まれた物、フェリクスの服や石鹸を馬車へと積み込む。
「ブレンダ殿は連れて帰らないのかい?」
あらかた積み終わったところでフェリクスが聞いてきた。
「とりあえず今回はな」
そう返した時だった。
大通りの方から大きな声が響いてきたのだ。
「号外っ! 号外だよーっ、政権交代だ!」
(政権交代?)
何だなんだと大通りまで行くと、数人の物売りが大量の薄い新聞を売り歩いていた。
物売り達はここに来るまでにも宣伝してきていたようで、通りに面した店や家からは続々と人が出てきていて、新聞は飛ぶように売れている。
「ほんの一週間前のことだよ、早馬で飛ばしに飛ばして持ってきたんだっ、ドゥーラではうちが一番乗りだよー」
「陛下がお亡くなりになったんだ、次代は第二王子だ!」
集まる人々に向かって物売り達が叫ぶ。
「号外は新陛下の写真入りだよーっ」
新聞は早馬を使っただけあって薄いわりに高値のようだが、新しい国王の顔を見ようと皆は我先にとそれを手に入れていた。
「私達も買おうか。スティーブもいるかい?」
いつの間にか隣にいたフェリクスが言い、スティーブは頷いた。
フェリクスは人混みに紛れ、すんなりと号外を二部持って戻ってくる。
「どうぞ」
差し出されたそれをスティーブは通りの隅で立ったまま読んだ。周囲には似たような人々が同じように熱心に号外を読んでいる。
「陛下はご病気だったのか」
「第一王子が後継かと言われていたのになぁ、第二王子って影が薄かったよな?」
ぽつぽつ聞こえてくる声を聞きながら記事を追うと、確かにそこには国王が病に倒れていたことが書かれており、二月前には崩御していたとあった。
混乱を避けるために、新体制が整うまでその死は秘されていたようだ。
次代の王はゴダール第二王子。華やかで社交的だったフェリクス第一王子が継ぐと思われていた王位だが、記事によると第一王子はこの度、不正に私財を増やしていたことが分かり王位継承権を剥奪された。フェリクス第一王子は王都より追放され、既に亡くなったらしい。
記事はその後、今まではあまり注目されてこなかった第二王子の隠れた実力なるものを書き連ね、大きく写真を載せている。
号外は何度も刷られたようで、その写真はとても粗い。
ゴダール第二王子は半年後には戴冠式を行い、同時に結婚もするらしい。相手は第一王子の婚約者だった公爵家の令嬢でお似合いなのだとか。
半年後の王都は喜びに包まれるだろうと記事は結んでいた。
「…………」
号外を読み終わったスティーブは、まじまじと隣で新聞を読むフェリクスを見た。
熱心に文字を追うダーリン。スティーブの視線に気づかずに何度も何度も読み返しているのが分かる。
今は染め粉により灰色だが、その髪色は第一王子と同じ金色だ。
少ない私物はどれも高価で、薬指には滅多に手に入らない魔法の指輪。
優雅な物腰に、時々醸し出す威厳。
人心の掌握に長けていて、剣を扱う武人の面もありながら楽器も嗜む。まるで王子サマだと言ったのはつい昨日のことだ。
実家のことが新聞に載ると微塵も疑っていなかったスティーブのダーリンは今、一心不乱に号外の記事を読んでいる。
これが知りたかった家のことなのだろう。
てっきり偽名だと思っていた名前だが、本人がそれを認めたことはない。
(第一王子フェリクス……)
スティーブは通りの喧騒が遠くなった気がした。
やがて、フェリクスが新聞から顔をあげる。スティーブは力なく言った。
「本名だったんだな」
フェリクスは眉を下げて笑った。
「ああ、本名だ」




