26.顛末①
「ハニー、何だか久しぶりな気がするね」
疲れた様子のダーリンが微笑む。
ミゲルに付き添われて騎士団の入り口に姿を現したフェリクスにスティーブは駆け寄った。
「大丈夫か? 何もされてないか?」
フェリクスの肩を掴み、全身を確認する。顔は綺麗なままだ。衣服に乱れはなく、汚れもない。
「大丈夫だ。少々、のどが渇いているくらいだよ」
「おいミゲル、騎士団では勾留中に水も与えないのか?」
「与えてるはずだぞ、今日はやたらバタバタしてたからな」
ミゲルは奥に引っ込むとすぐにコップ一杯の水を持ってきた。
「ありがとう、ミゲル」
フェリクスはそれを美味そうに飲む。
「ふう、生き返るね。因みにだが、もちろん昼食も出してもらっていない」
コップを返しながらちくりと付け足すフェリクス。ミゲルは「だろうなあ、すまん」と肩をすくめた。
「ところで、私はこのまま帰っていいということかな?」
「ああ、先ほど説明した通り、盗みの疑いは根拠のないものだった。長時間の拘束、誠に申し訳ない。本件については捜査中で、全容が分かり次第、報告に行くつもりだ」
ぴしりと背を伸ばしてミゲルが言い、フェリクスは鷹揚に頷くと騎士団を出て行く。
「今日は徹夜か?」
まだ騒然としている詰所の中を窺いながらスティーブが聞くと、ミゲルは苦笑いをした。
ミゲルに別れを告げて、スティーブはフェリクスに追いつく。
「ハニーの因縁の相手が黒幕だったんだってね」
並んで歩き出したスティーブにフェリクスはそう口を開いた。
「因縁っていうものでもないけどな。それに黒幕というよりあれはなぁ」
スティーブは昼間に見たリアスの家の内部を思い出して眉を寄せた。
副団長の家の中は、いいように使われて、荒らされているような有様だった。キッチンには酒の空き瓶が山と積まれ、煙草の吸い殻は至る所に捨てられていた。掃除はまともにされておらず、どこもかしこも汚れていた。
言いなりになっていたのは、両替商ではなくリアスをだったのではないかと思う。あの家は占拠されているような状態だったのだ。
それをフェリクスに伝え「何があったんだろうな」と呟く。
「副団長はさ、真面目な人ではあったんだよ。俺は嫌われてたし、こっちも嫌ってて、人望もあるタイプじゃなかったけどさ。細かい仕事とかちゃんとやる人だったんだ。あんなことになってたなんて、信じられねえよ」
リアスは規律に細かく、綺麗好きだった。机周りは常に整理整頓されていた。
「つけ込まれるようなことをしたのだろうね。そしてそれを小さな芽の内に相談も報告もしなかった。私としては同情はしない」
「まあなぁ」
「それよりも、今回はハニーが無茶をしたとミゲルから聞いたよ」
フェリクスが咎めるような目を向けてくる。
「無茶でもねえよ」
「特に計画もなく、罠だと疑われるところに一人で飛び込むのは十分無茶だと思うが」
「ミゲルもいたぜ? それに相手の人数は多かったが、ばらばらだったし問題はなかった」
副団長の家は実質、悪党達のアジトにはなっていたのだが、所詮、寄せ集めの烏合の衆だった。生活の跡から二十人ほどがいたようだが、半分は逃げた。
なので無茶と言われるほどのことはしていない。腕と足にかすり傷は負ったがそれくらいである。
「結果論だろう」
「まあ、そうだが」
「これからは自重してほしい。私の実家の関与が疑われるような場合は特に」
「…………」
「お願いだよ。君は馬鹿じゃない。私の実家についても考えたはずだ」
「そりゃ、考えたが」
「今回は違ったからよかったが、気をつけてほしい。私の実家、怖いよ?」
心細そうにフェリクスが言い、真剣な目でスティーブを見上げてくる。スティーブは息を吸い込むと一歩踏み込んだ。
「なあ、そろそろお前の家名を聞いておいてもいいか? あと本名」
これまでスティーブはフェリクスの事情については一切触れないできた。自分のためにもそれがいいと思っていたのだ。
しかしもう、自分はフェリクスに何かあれば見過ごせないだろう。やれることは少ないが、真剣に向き合うべき時かもしれないと思ったのだ。
フェリクスは瞬きをしてから、困り顔になる。
「すまない。まだ家のことを君に教える踏ん切りがつかない。新聞に出ればその時はと考えている」
「そうか、そうだな」
「ごめん、ありがとう」
しょんぼりするフェリクス。
「気にすんな。家の公式の発表があってからで十分だ」
スティーブはフェリクスの頭をわしゃわしゃと撫でた。
二人はゆっくりと宿まで帰った。
❋❋❋
翌日、町に来て四日目となるこの日は、スティーブはヘラー村の人達に頼まれた買い物をこなし、フェリクスは自身の服を幾つか購入した。やっと本来予定していたのんびりした町歩きである。
フェリクスはこの日も主要な新聞を買い、ざっと目を通していたが、やはり目当ての記事は載っていないようだった。
五日目、残りの村人用の買い物を済ませた二人は、フェリクスがかねてから希望していた石鹸や香油を買うために、小洒落た雑貨屋に向かう。風呂もそうだが、ダーリンは身綺麗にするのが好きらしい。
「まずまずの品ぞろえだね」
石鹸を手に取りフェリクスは上機嫌だ。帰ってからの風呂でも想像しているのだろう。
落ち着いた内装の雑貨店の一角でスティーブは所在なげに商品を眺めた。
ずらりと並ぶ、ガラスの小瓶。
「男なのに香油なんか使うのか?」
「ハニーも使った方がいいよ。性別に関わらず保湿は大切だ。香りがほとんどないタイプもある」
フェリクスはスティーブ用にも買おうね、と香らないタイプのものも籠にいれた。
「えっ、おいおい」
「いつも世話になっているからね。奢りだ」
ウインクも飛んでくる。やはりフェリクスは少々浮かれているようだ。
うきうきしたフェリクスは屋台での買い食いを所望し、この日の夕食は食べ歩きとなった。
もちろん新聞も買った。
フェリクスの実家が気になりだしたスティーブは、そわそわしながら記事を目で追うフェリクスを観察したが、今日も目当ての記事載っていないらしい。「載っていないね」と首を振るフェリクス。
滞在中に家のことを知るのを諦めたフェリクスは、宿の若女将カイラに新聞の購入と村までの送付を金を渡して頼んでいた。
六日目、明日は朝から村に帰るので実質の最終日となるこの日は朝からミゲルが訪ねてきた。




