25.連行されたダーリン③
騎士団の詰所に連れてこられたフェリクスは狭い取調室に押し込まれた。
小さな机と椅子があるだけの部屋。椅子に座り待っていると、やって来たのはスティーブが副団長と呼んでいた男だった。
(リアス・ハジュールだったな)
ハジュール家は中央の伯爵家だが、十年ほど前に事業に失敗してからは存在感は薄い。
いかにも実家が利用しそうな家だとフェリクスは思った。
この時のフェリクスは自分の連行に実家が絡んでいることを疑っていなかったのである。
彼らはフェリクスに魔法の指輪を嵌め、数日後に左手の指先が紫色に変色しだしたのを確認してから解放した。
せめての情けにと剣と愛馬は与えられたが、剣はどちらかというと自害用で、馬も王都からは関係のないところで野垂れ死んでくれという希望から与えられたものだ。
やがて訪れるフェリクスの死を確信していた彼らが、実は生きていることを知ったのだとフェリクスは思っていた。
両替商から訴えがあったというだけの、突然の連行と勾留。そもそも、あの怪しい両替商が自ら騎士団に訴えるというのがおかしい。自分から火の中に飛び込むようなものである。するわけがなかった。
宿に騎士が踏み込んできて、そこには副団長までいた。
瞬時に実家の関与を察したフェリクスはスティーブだけは巻き込まないようにと、さっさと連行され、ここにいる。
(この男はハジュール家の次男か三男か?)
ハジュール家は男兄弟だったことは把握しているが、嫡男以外の顔は知らない。
フェリクスはリアスを観察した。体つきは騎士らしく屈強だ。それを見込まれて騎士になったのだろう。顔は小さな目が泳いでいて神経質そうだ。嫡男に似ていないこともない。顔色は土気色で悪い。
何とかして、この男か、もしくは引き渡される実家の関係者に命乞いをして生きねばならない。
自分が死ねばスティーブも死ぬ。
指輪を嵌めた当初は相手がうら若い乙女でなくてよかったと思ったものだったが、こうなるとスティーブを巻き込んだことに申し訳なさが募る。茶髪のハニーのためにも死ぬわけにはいかなかった。
「金を出せ」
リアスはフェリクスを見下ろしながらそれだけ言った。
フェリクスは長い睫毛を瞬かせる。
(金?)
「カフスボタンを売って得た金だ」
「ああ」
フェリクスは懐から巾着を出してリアスに渡す。
渡しながら頭の中は少々混乱していた。
(金? 金とはどういうことだ? 私の身柄を引き渡したいんじゃないのか?)
実家からすればカフスボタンも金もどうでもいいはずなのだ。最初の要求が金というのは明らかにおかしい。
このリアスという男が非常にがめつく、フェリクスの有り金を掠めとろうとしているのかとも思ったが、その考えはすぐに打ち消す。
もし実家の圧力がかかっているならフェリクスの持ち物を奪うなんてしないだろう。
フェリクスの物は即ち、フェリクスの生家のものだ。手を出したら恐ろしいことになる。
貴族ならそれは分かっているはずだ。
フェリクスは巾着の中身を確認するリアスを唖然として眺め、早々に結論づけた。
(…………私の家は関わってないのか)
肩から力が抜けていく。自覚はなかったがかなり気を張っていたらしい。
(そうすると、これは別件か。両替商に煙草を贈った者が動いたのだな)
それは誰だろう。そしてなぜこんなにも目立つことをしたのか。フェリクスはそれについては、ここから出た後でゆっくり考えようと思った。今は実家が関係なかったことだけで十分だ。
「これだけか、残りはどうした?」
勘定が終わり、リアスがそう聞いてくる頃にはフェリクスはすっかり余裕を取り戻していた。
「使ってしまったよ」
にこりと微笑む。
「一日でか、かなりの大金だったはずだ」
「そうかい? 私からすればはした金だ。市井の賭場というものをやってみたくたね。楽しんでしまった。そういえばスティーブはとてもびっくりしていたね」
すらすらと嘘を述べてやると、リアスは呆れた顔をした。
「貴様、曰く付きの貴族なのだろう? 市井の金銭感覚は身につけておいた方がいいぞ」
「助言をありがとう」
「ちっ、今日中には沙汰が出る。おそらく鞭打ちだろう、痛いぞ? 覚悟しておけ。その後は放逐だ。昨日の賭場での楽しい思い出を今の内に噛み締めておくんだな」
イライラしながらリアスは取調室を出て行く。部屋には外からは鍵がかけられた。
取り調べは終了らしい。こちらの言い分も何もあったものではない、とても雑だ。
リアスは部下に「自白した」とでも言うのだろう。
これは酷いな、と思うが今の自分はもう、それを正すような力は持っていない。
そして不当な扱いを受けたことよりも、実家の関与がなかった安堵の方が大きかった。
フェリクスはしばらくぼんやりと、とりあえずは死なない幸福を噛み締めた。
「…………鞭打ちか、さすがに未経験だな」
ぼんやりした後、ふむと顎に手をやる。
できれば回避したいが、逃走して更に罪が重くなるのは困る。
逃走は諦めよう。考えるべきは鞭打ち後にどうやってスティーブの元に戻るかだろう。
(土地勘のない場所で、歩いてヘラー村に戻れるか?)
方向感覚は優れている方なので、大体の方角は分かると思う。
(しかし、歩くのはあまり現実的じゃないな)
馬車で半日かかったのだ。
かなりの距離だろう。打たれた体で歩くのは危険だ。
町から放逐される場所は決まっているのだろうか、決まっているならスティーブがこっそり迎えに来てくれる可能性はあるが、期待はしすぎない方がいいだろう。
フェリクスは町外れで鞭の傷を負い、文無しで一人彷徨うことになるかもしれないのだ。
(うーむ)
来たるべき事態に備えようと、ポケットを探るが何もなかった。
取調室を見回してみる。机の上にちびた鉛筆とメモ用紙があったのでとりあえず拝借しておいた。
(ここは、ハニーにかけたいなぁ)
ちびた鉛筆とメモ用紙だけというのは心細い。何としてもスティーブに迎えにきてもらいたいなとフェリクスは思った。
スティーブが自分を探してくれるという確信はあった。命が繋がっているという事情に関係なく、スティーブはフェリクスを心配しているだろう。
何なら、命が繋がっていることなんか綺麗に忘れて心配していそうだ。
スティーブは懐に入れた者に手厚い男だ。最初は警戒していたフェリクスに対しても、風呂をねだった辺りから心を許し面倒をみてくれている。
可愛げのある後輩タイプに弱いらしい。
女の趣味を見るに、素直になれない捻くれたタイプにも弱いようだ。
要するにあんな仏頂面のくせして、世話焼きのお兄ちゃん体質なのである。
甘いな、と思う。いかにも田舎でのんびりと育った男という感じだ。
だがそんなスティーブにフェリクスは自分でも驚くほど懐いていた。
憧れの男だったのも大いに関係はあるが、庇護され心配されるのは心地よかったのだ。
どうやら自分は甘えることに餓えていたらしい。婚約者にもよく甘えていたのを思い出す。
(育った環境が特殊だったからかな)
そんなことを考えて静かに過ごしていたのだが、昼過ぎに詰所全体が騒然としだし、夕方には悄然とした騎士から盗みの有無を聞かれて「やっていない」と答えた。
その後、ミゲルがやって来て副団長リアスが関わっていたことの説明があり、フェリクスは解放された。




