23.連行されたダーリン①
入ってきた騎士に顔見知りはいなかった。
昨日出会ったミゲルの隊でもない。
「これはお前のサインだな?」
部屋に踏み込んできた騎士の一人がフェリクスに売買契約書を突きつける。それは両替商でカフスボタンを売った時のもので、フェリクスの名だけのサインと宿の住所が書かれていた。
「そうだね」
「換金したカフスボタンをどこで手に入れた? 平民のお前が持っているようなものとは思えない。詰所でじっくり話を聞かせてもらう」
「おいおい、待てよ。もう売買契約書まで交わしてんだぜ」
スティーブは詰め寄る騎士とフェリクスの間に割って入った。
「契約書まで交わした取引には通常、立ち入らないよな?」
それは騎士団の暗黙のルールだ。大がかりな犯罪が絡んでいるなら話は別だが、そうでない場合はよっぽどでない限り捜査はしない。キリがないからである。
「契約を交わした両替商から訴えがあったのだ」
「は? それ、おかしくないか?」
そんなことをすれば、両替商も取り調べの対象となる。盗品だと知って取引するのは罪となるのだ。
あの怪しい両替商がそんなことをするとは思えない。
通常は契約済の取引を両替商から訴えることはないし、売買契約書を見せるのも嫌がる。そのため調査をしようにも頓挫することが多い。
「どっちにしろ、あのカフスボタンはこいつが元々持ってたもので」
「スティーブ」
しゃがれた嫌な声で名前が呼ばれ、スティーブはゆっくりと振り向いた。
踏み込んだ騎士達の後ろから一番会いたくなかった男が顔を出す。それはスティーブを不当に扱った当時の分隊長だった。ぞわりと鳥肌が立つ。体が男を拒否していた。
「リアス分隊長…………いえ、副団長」
「引退した貴様が副団長と呼ぶのはやめろ」
エリアスは忌々しいものを見る目でスティーブを見てきた。
「…………失礼いたしました。リアス・ハジュール卿」
「両替商が善意で教えてくれたのだ。それをおかしいと?」
「…………いえ、しかし、そのカフスボタンは」
「ハニー、いいんだよ」
言い募ろうとするスティーブを止めたのはフェリクスだった。
「彼は金で雇った護衛でね、町の案内もしてくれたのだ。何も知らないただの田舎者だよ。さあ、行こうか」
にっこりしてスティーブと騎士を見回す。どこか命令口調のそれに騎士達は一瞬気圧され、はっとしてフェリクスを引き立てていく。
「っ……」
追おうとしたスティーブだが、フェリクスはそれを目だけで制してきた。
騎士達とフェリクスが部屋を出て行く。リアスはずっとスティーブを憎々しげに睨んでいた。
❋❋❋
「どうなってんだ……」
一人残されたスティーブは呟く。
両替商から訴えがあった? おかしい。それをすればあの両替商は取引の罪を問われるだけでなく、他の痛い腹を探られるのだ。
おそらく絶対に訴えたりはしない。そして、滅多なことでは売買契約書も渡したりしないだろう。
そもそも、契約済の案件に騎士団は手を出さない。手を出すとしたらよっぽどの圧力や確実な情報があってのことだ。おまけに副団長が自らやって来た。
(よっぽどの圧力……)
そう考えたスティーブはピンとくる。
「…………実家が手を回したのか?」
フェリクスの実家がかなりの高位貴族であることは間違いない。詳しい事情は分からないがフェリクスを消したかったようでもある。彼らがフェリクスが生きていると知り、害そうとしているのだろうか。
(あり得るな)
それは可能性の一つで、しかもかなり有力だと思えた。
フェリクスも同じように察したのだろう。だからあんなにも素直で、スティーブを巻き込まないようにと気を遣っていた。
「スティーブ、大丈夫? ダーリンさんが盗みなんて本当?」
そろりとカイラが部屋へと入ってくる。
「分からん。でもあいつは盗みなんてしてないと思う」
「そうだよね」
途方に暮れたようになるカイラ。
「とりあえずお前は仕事があるだろ? 騒がしてすまん」
「うん」
カイラが出て行き、入れ替わりに騒がしい足音がして騎士が一人、駆け込んできた。
「スティーブ!」
「ミゲル!」
「ダーリンくんは? 連行された後か?」
荒い息でやって来たミゲルは部屋を見回して聞いてきた。
「ついさっき。副団長が来た。両替商からタレこみがあったと言っていたが本当か?」
「俺もよく知らないんだ。昨日はやたらと副団長にお前らの恐喝未遂の現場のこと聞かれてさ。スティーブが絡んでるから気になったのかと思ってたんだが、今朝になっていきなり両替商から訴えがあったからダーリンくんの身柄を確保するって出て行ったんだよ。なあ…………これってさ、ダーリンくんの実家絡みか?」
「そうかもしれんと今、思っていた」
「…………家の問題って物騒な感じか?」
「おそらく」
朽ちて死ぬような魔法の指輪を嵌めるほどには。
「盗みは初犯なら棒たたきか鞭打ちが妥当だ。その後に町から放逐だが、こっそり彼の実家に引き渡すかもな」
ミゲルの雰囲気が重苦しくなる。
フェリクスの実家が騎士団に圧力をかけ、罪をでっちあげて連行させたのだとすると、フェリクスの前途は暗い。スティーブの口に苦いものがこみ上げる。
「団長はともかく、副団長サマなら、そういう裏取引もする」
ミゲルがそう続け、スティーブは自分を忌々しげに睨んでいたリアスを思い出し、そこに違和感を感じた。
リアスの目には、なぜあんなにも憎しみがこもっていたのだろうか。
スティーブは確かにリアスに嫌われていたが、最後に接点があったのは十二年前で、今は互いにほぼ他人である。
今回の件で高位の貴族に恩が売れるならリアスにとっては中央に帰れるきっかけになるかもしれず、上機嫌になっていてもいいくらいだ。スティーブに向ける目は無関心か嘲りや憐れみであるのが正解だったと思う。
それなのにリアスはひたすらに不機嫌だった。不機嫌というより追い詰められているというか、もっと切羽詰まっていた気もする。
そう考えだすと、フェリクスの実家の圧力という考えも少々変だ。
スティーブとフェリクスがドゥーラの町にやって来たのはつい二日前のことである。タイミングよく見つけたにしては出来すぎている。
フェリクスをずっと監視していたとしても、スティーブとフェリクスはヘラー村で一月ものんびりと暮らしていたのだ。村で脅すなり、攫うなりした方が容易かったはずで、町でわざわざ騎士団を使うだろうか。
「…………ミゲル、両替商の身柄は確保済か?」
「いや、まだだ。あれ? そういや、そっちは何の指示もなかったな」
「ミゲル。副団長は王都とやり取りが多いよな」
「そりゃ、実家は王都だしな。帰りたがってるし、理由をつけて片道一ヶ月もかかるのに年に二回は帰っている」
ミゲルの返答を聞きながら、スティーブは自分の中で仮説を検証した。
両替商の裏に更に大物がいるのではという、フェリクスの推測。
その元になった王都限定デザインの煙草。
おそらく昨日から件の両替商を重点的に張っていたミゲルの分隊。
今朝、副団長自らがいきなり動いたフェリクスの確保。
ひょっとすると、両替商の裏にいる大物は副団長では?
(いやいや、だがな、曲がりなりにも騎士団の副団長だぞ?)
スティーブは己の立てた仮説を否定しようとした。
個人的にリアスのことはかなり嫌いではあるが、そこまでの疑いをかけるのは気が引ける。
だがここで、フェリクスの言葉が甦った。
『彼は金で雇った護衛でね、町の案内もしてくれたのだ。何も知らないただの田舎者だよ。さあ、行こうか』
あの時、フェリクスは全力でスティーブは関係ないと言っていた。
「…………」
(引いてる場合かよ。とりあえず行動だろ)
スティーブはがばりと立ち上がった。
「ミゲル、両替商に行くぞ!」
「え? お、おう!」
訳の分からないままのミゲルがふんわりと返事をして、それでもスティーブに付いてくる。
二人は急いで両替商へと向かった。
辿り着いた両替商は一昨日と変わらず、路地裏で営業を行なっていた。
「何で営業してんだ?」
ミゲルが眉を寄せる。貴族からの圧力があったのなら当然、こちらも騎士団が押さえているはずなのだ。
「ミゲル、完全に私情の入った仮説だが、あの両替商の裏にいる大物が副団長なのでは、と俺は踏んでる」
静かに告げるとミゲルは目を見開いた後、冷静にこう返してきた。
「…………強くは否定できないのが悲しいが、そこまでする人でもないぞ。バレたら身の破滅だろ? あの人、王都に妻子もいるんだ。そんなことをしないくらいの知恵はあるだろ」
「そう思うが、でも副団長が裏にいれば全部辻褄が合うんだよ。とりあえず、脅してみる」
スティーブはそれだけ言うと両替商の扉を開けた。店のカウンターの中では、店主が暇そうに頬杖をついていた。




