22.赤毛の女⑤
明け方、目を覚ましたスティーブは隣で眠る女の赤毛をくるくると指に巻きつけた。
短くなった髪はやはりよく似合っていると思う。
ブレンダの寝顔は幼くて、によりと頬が緩んでしまい、今のはちょっと気持ち悪かったのではと自省してから、ごろりと仰向けになって何となく天井を眺めた。
昨日再会したブレンダをこれっきりにするつもりはなかった。出来ればこのまま村に連れて帰りたいが、いきなり提案しても拒まれるだろう。昨日の今日ではあまりに早急だ。
それに、フェリクスのこともある。
スティーブは左手を頭上にかざし、薬指に嵌った指輪をじっと見た。
こうして見るとただの古ぼけた指輪だ。嵌めて以来、体調に変わりはなく、フェリクスと何かを共有するわけでもない。最初はよく触ったりもしていたが、今ではすっかり体に馴染んでいて時々その存在すら忘れてしまうほどだ。
だが角度を変えてよく見ると、指輪の裏側はスティーブの指に癒着したままで相変わらず脈打っている。それを見る度にスティーブはフェリクスと生死が繋がったままなのだと実感していた。
「…………」
スティーブはフェリクスが指輪の魔法を解くつもりだったことについて考える。
マルガリータと指輪を嵌め合った後は、魔法を解いて生き延びるつもりだったとフェリクスは言っていた。
それはマルガリータが生きていればかなりの高齢だったからだが、スティーブとてフェリクスより十五歳も年嵩なのである。普通に考えれば、フェリクスは天寿を全うできない。
この魔法は解くべきだろう。
「どうすっかなぁ」
「ねえ」
呟いた途端、ブレンダに声をかけられてスティーブは慌てて左手を下ろした。
(見られた? 見られたか?)
ばっくばっくと拍動する心臓をなだめながらスティーブは平静を装った。
「おう、おはよう」
甘くとろける笑みを意識してみたのだが、フェリクスのようにはいかなかったらしい。ブレンダは浮かない顔だ。
「やっぱり、誰かいるのね」
「え?」
「指輪よ…………相手がいるのに最低」
硬い声でブレンダが言い、身を起こす。ざあっとスティーブは青ざめた。
「待て待てっ、違う。それは誤解だ」
がばりと起き上がって逃げられないようにブレンダを後ろから抱きしめる。ブレンダは抵抗しようともがいた。
「昨日、散々言っただろ。お前だけだ。好きだし、愛している」
「ベッドの中での言葉なんて、信用しないわよ」
腕の中の女は完全に元の強がりな様子に戻っていた。
「ちゃんと抱く前にも言った!」
「抱きたかっただけじゃない!」
「くそっ、仕方ないな!」
ぎゅうっと腕に力を込めたスティーブは右手でブレンダをがっしり押さえ、一瞬で打ち明ける覚悟を決めた。
「違うって、よく見ろ。普通の指輪じゃねえんだよ」
スティーブはブレンダの眼前に左手を持ってきて、親指で指輪を押し上げるようした。くっついている部分がチリチリと引き攣れる。
「……………………え、なにこれ」
ブレンダはもがくのを止めて、一度身を引いた。
それからこわごわ手を伸ばし、スティーブの左手を掴むとじっくりと指輪とそれとくっつくスティーブの指を見た。
「く、くっついてるの?」
「魔法の道具なんだ」
「魔法? おとぎ話よね?」
「違う。魔法はあるんだよ。東の果ての国に」
「…………」
スティーブの真剣な様子に嘘ではないと判断したらしい。ブレンダは指輪に触れないように気をつけながらそれを観察した。
「ねえ、脈打ってるんだけど」
「癒着してんだ」
「これ、大丈夫なの?」
「害はないらしい。特に不調もない」
「ねえ…………し、死んじゃったり」
「しねえよ」
フェリクスが死なない限りは死なない。
「この指輪。昨日あなたと一緒にいたハンサムな彼がお揃いだって」
「あいつ、そんなこと言ってたのか」
「遠縁の子って言ってたけど、あれは誰? あの人絡みなのね?」
「名前はフェリクスらしいが、おそらく偽名だ。後はあまり知らんが、悪人ではないと思う。そんで巻き込まれたっつーか、一蓮托生になったつーか……でも心配はいらねえよ」
「心配しかないんだけど」
不安そうなブレンダにスティーブはとにかく大丈夫だと言い続けた。
「ーーとにかく、指輪はお前が勘違いしてるようなものじゃねえし、害もない。それで納得してくれ」
「納得はできないけど、これ以上はどうしようもないみたいだしいいわ。朝食はどうする? 食べていくでしょ?」
堂々巡りの会話を打ち切り、微笑むブレンダにスティーブは気まずく切り出す。
「要らない。朝はあいつと食べると約束してんだ」
ブレンダは絶句した。
「あいつって、ハンサムな彼?」
「ああ」
「…………とにかく入れ込んでいるのは分かったわ」
「入れ込むって、おい、そういうのじゃないぞ」
「いいのよ。早いとこ、愛しい彼のところに戻りなさいよ」
ぷんと顔を背け、しっしっと追い払うように手を振るブレンダ。
「待ってくれ!」
スティーブはそこから必死に、フェリクスは弟みたいなものであり、自分達の仲は健全なものなのだと説明した。
縋るようにブレンダの前に跪き、愛も乞う。町に滞在中に食堂を訪ねる約束をし、村から手紙を送る許可も得た。
最終的にブレンダは「仕方ないわね」と笑いながら送り出してくれた。
「愛しい彼、は本気じゃないわよ。昨日は騙されたし、ちょっと意地悪しただけ」
出かけにそうも伝えられ、スティーブはほっとしながら夜明けの町を宿へと向かった。
宿の部屋へと帰ったスティーブは「お帰り、ハニー」とフェリクスに迎えられる。
「よい夜を過ごせただろうか」
「…………食堂を訪ねることと、手紙を送る許可はもらった」
「やるね、色男」
「色男ではなかったな」
「そうなのかい?」
「ああ、朝食にしようぜ。愛しいダーリン」
「おや、今朝は積極的だね」
そうしてスティーブは宿の食堂でフェリクスと朝食を食べた。
食後、今日は村人から頼まれた買い物をしようと身支度をしていると、廊下が騒がしい。
「騎士様、困ります!」
カイラの悲鳴のような声がしたかと思うと荒々しく扉が開き、数名の騎士が入ってきた。
「貴様がフェリクスだな? 盗みの疑いで連行する!」
騎士がフェリクスを睨みそう叫んだ。




