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ハニーとダーリン  作者: ユタニ


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2.賢い妻


指輪を嵌めた途端、かっとまばゆい光がスティーブを包み薬指が熱くなった。


「うおっ!」

染みついた反射でスティーブは咄嗟に身を低くして頭を庇いつつ、周囲を警戒する。


「素早いね、ハニー」

跪いたままの金髪の男がのんきに微笑むので、男の腕を掴むと強引に引き倒し、守るように覆いかぶさった。


「馬鹿か! 伏せろよ、爆発か何かだ」

叱咤したところで、スティーブは男の手に違和感を覚えた。自分が掴んだ腕の先の手はもう黒くはなかったのだ。


「え?」

掴んでいない方の手も確認するがそちらも綺麗な象牙色である。

鼻を近づけてみるが腐臭もしない。


「は?」

辺りを見回すと、そこに広がるのは変わらない長閑な風景だ。遠くの空を鳥が一羽飛んでいく。

爆発? なにそれ? である。


「…………」

スティーブは嫌な予感がして自分の左手薬指を見てみた。

そこにはついさっき嵌めた古ぼけた指輪が形態を変え、スティーブの薬指に癒着するように貼り付いていた。

癒着部分はスティーブの鼓動に呼応するように脈打っている。


「……なんだよ、これ」

スティーブは信じられないという風に呟き、組み伏せるような形になっている金髪の男を睨んだ。


「お前、何をした?」

「ハニーは気が早いね。まだ昼間だ、しかも外だよ」

涼しい顔でそんなことを言う男の腰から素早く剣を抜き取り、切っ先をピタリと男の首にあてる。


「冗談はやめろ、何をした? 魔法だな?」

そう聞くと男の目が細まった。


「魔法を知っているんだ。こんな田舎で珍しいね」

「これでも騎士だったんだ。一度だけ魔女とやり合ったこともある。お前は男のようだが、この指輪に仕掛けがあるのか?」

魔法は、東の果ての小国に存在する未知の力だ。そしてそれを操れるのは魔女と呼ばれる女だけである。


「察しがいいね。私は賢い妻を娶ったようだ」

微笑む金髪の美形。

「妻だと? ふざけてないで真面目に答えろ。このまま首を切り落としてもいいんだぞ」

剣の刃を押し当てる。このまま押し込むか横に引けば皮膚は簡単に切れるだろう。


「ふふ、お馬鹿さん。それはやめた方がいい。ハニーと私は運命共同体となったんだ。私が死ねばハニーも死ぬよ?」

「ああ?」

まるで幼子に言い聞かすような態度にスティーブはかっとなりそうになったがどうにか押さえた。


冷静にならなくてはいけない。うっかり嵌めてしまった指輪は魔法の産物で、金髪の男はその事情を知っているようだ。

手に癒着した指輪は気持ち悪いが、今のところ不調や不快感はない。

剣を手にし、優位なのはこちらである。


スティーブは一度深呼吸をしてから冷たく男を見下ろし、ゆっくりと言った。

「簡潔に、俺に分かるように、説明しろ」

「怖い顔だな。ハニーは本気で怒らせない方がよさそうだ」

「聞こえなかったか? 簡潔に説明しろ」

繰り返すと男は組み伏せられ剣を突きつけられたままだというのに、器用に肩をすくめた。


男は全く動じておらず、かなりの場数を踏んできたに違いなかった。

騎士だった頃の感覚が甦り、スティーブは男の腰に膝を乗せ身動きできないように体重をかける。


「いたた、痛いよ。大丈夫だ。私は君に感謝こそすれ、害意はない。本当だ、信じてくれ」

「説明しろ」

「…………」

足は緩めずに命じると男は黙り込んだ。笑顔が真顔になる。


「やれやれ、分かったよ。察しの通り、その指輪は魔法の品だ。美しい名前も付いていてね。『死が二人を分かつとしても』という。私の左手にも嵌っている」

男がそろりと左手を上げると、確かにそこにもスティーブのものと似た指輪が癒着して貼り付いていた。


「我が家に伝わる指輪だったんだ。これを嵌めた者はマルガリータと結婚しなければその身が朽ちる」

「マルガリータって……」

「ハニーのお祖母様と聞いている」

「…………そうだが」

男の言う通り、マルガリータは三年前に亡くなったスティーブの祖母の名前である。

身近な人の名が出てきて薄気味悪くなり、スティーブの膝の力が緩んだ。

だが祖母とこの男が結婚? 変な話だ。祖母は亡くなった三年前の時点で八十歳を越えていたのだ。いくらなんでも歳が違いすぎる。


「マルガリータ違いじゃねえのか」

「血で縛られた魔法だ。指輪が反応したのだし人違いではない。そしてハニーは間違いなくマルガリータの直系の孫だったようだね」

再び微笑む金髪の美形。


「なんか気持ちわりいんだが……俺の祖母を知ってるお前は誰だ?」

「その前にこの体勢を何とかしてほしいな。新婚ホヤホヤとはいえ外で、というのは外聞が…………うむ、誰も見てはいないが、それでも天は見ている」

男は言葉の途中で周囲を見回し、人っ子一人いない田舎の風景に勝手に頷いた。


スティーブはいい加減に気が抜けてきて男の上からどいた。手にした剣を改めて見ると、刀身はやや手入れ不足だが柄の部分には精巧な細工が施されていて小さな玉も嵌っている。かなり良いものだ。


(厄介事だな。これは厄介な匂いしかしない)

スティーブは男の腕を引いて立たせると剣をそっと突き返した。

「ありがとう。今の私の財産はこれだけでね」

男がにこやかに剣を受け取り鞘に仕舞う。


「いきなり組み敷いて悪かった」

「気にしていないよ」

「それで、俺の祖母を知ってるのは気味悪いが、もう追求はしないから、指輪を嵌めたままでも特に害がないならこのままお引き取り願いたい」

淡々とこちらの要求を告げたスティーブに男が目を見開く。


「……なるほど、そうくるのか。さすが賢い妻はやり方が違うね」

「あんたは絶対に厄介だ。深入りはごめんだ。名前も聞かない。会ったことは誰にも言わない。だから帰ってくれ」

自分の目の前に立つのは明らかに身分の高そうな男。持っている剣はかなり値が張りそうで、おまけに魔法の指輪付き。


魔法の存在なんて、このステアリス国ではほとんどの者にとっては童話の中だけのものなのだ。実際には見たことも聞いたこともないというのが普通である。

スティーブは騎士だった時に魔女と関わったことがあるのと、家族の事情でたまたま知っているだけだ。


こんな曰く付きの男には関わらない方がいいと直感が告げている。

スティーブはもう騎士ではない。ただの善良な田舎の民なのだ。スティーブ・ヘラーのヘラーは村名である。家名でも何でもない。


「早々に別居とは冷たいね、ハニー」

「あんたと蜜月はごめんだ、ダーリン」

それだけで言うと、スティーブはいつの間にか落としていた芋を拾い、ひらひらと手を振って祖父が残してくれた自分の家に戻ろうと歩きだした。


「待ってよ、ハニー。私を置いていっては後悔するよ。この指輪の名前『死が二人を分かつとしても』の意味を考えた方がいい。分かつまで、ではないんだよ。分かつとしても、なんだ」

スティーブはぴたりと足を止め、振り返る。


「つまり?」

「死では二人は分かてないのだ。片方が死ぬと、もう片方も死ぬのだよ」

「…………は?」

「私の手を見ただろう、ついさっきまで末端からじわじわと朽ちかけていたんだ。私が死ねばハニーに同じことが起こる」

「……………………は?」

「そして今の私は朽ちることからの解放はされたが、ここに来るまでにかなり無理をしたので実は立っているのがやっとだ。宿もなく、知り合いもいないこの地で見放されては、早々に死ぬだろうね」

「そんなこと、信じると思うか?」

そう返したものの、嘘だとは思えなかった。


「私は実際に朽ちかけていた。ひどい匂いもしただろう?」

男が悩ましげに言い、スティーブの脳裏にどす黒く変色していた手と腐臭が甦る。


「己が腐っていくというとはなかなかキツいものだよ。君にまでそんな体験はさせたくないな」

男がとろりと甘く笑う。


「…………」

スティーブは男の全身を眺めた。飄々としているが顔色は悪いままで重心も定まっていない。

立っているのがやっとなのは本当だろう。

着ているものもこうして見ると、かなり薄汚れている。そしてさきほどまで黒かった手はつるりとした象牙色だ。


自分の左手も見てみる。

薬指には癒着した指輪。癒着部分は相変わらずスティーブの鼓動に合わせて脈打っていた。人智を超えた力なのは間違いない。男を追い払って仕舞いにはできないらしい。

空を見上げて大きく息を吐く。


「…………ちっ」

小さく舌打ちしてからスティーブは顔を正面に戻して言った。


「とりあえず俺の家で休め」

男が柔らかく笑う。


「ありがとう。ついでに愛馬も世話になってよいだろうか。甲斐性のない夫ですまないね」

その言葉にスティーブは今まですっかり忘れていた男の後方に佇む馬を見た。


茶色い毛の馬は額に白い模様がある。思慮深そうな目で静かに成り行きを見守っていた。

いい馬だ。だがこちらもずいぶんと草臥れていそうだ。


「ヤギと一緒になるぞ」

「構わない。スラッシュは図太いのだ」

スラッシュというのが馬の名前らしい。


「馬も面倒をみよう」

「よかった。ところで先ほど言った通り、私は立っているのがやっとなんだ。申し訳ないが馬と私を頼む」

「えっ、おいっ」

男はそう言うと穏やかな笑顔のままゆっくりと膝を付き、そのまま意識を失った。

慌てて駆け寄り、男の息と脈を確認する。どちらも弱いが正常だ。

スティーブは大きく安堵の息を吐いてもう一度空を見る。

長閑な空である。飛んでいた鳥はもういない。


「運ぶしかねえよなあ……」

ぶつぶつ言いながら男を背中に担いだ。密着すると金髪の美男からは、爽やかな外見には似合わない汗と皮脂の匂いがした。

ここまで来るのに苦労したのだろう。


「スラッシュだったか? お前の主を運ぶからついてこい」

馬に声をかけると馬は大人しくスティーブについてきた。

そのまま家へと向かい、スラッシュをひとまず玄関先に繋ぐ。


男を背負ったスティーブは二階の祖母のだった部屋のベッドに男を横たえた。剣帯を外しブーツを脱がしてベッド脇に置く。

もう一度、男の脈と呼吸を確認してから一階へ下りて、スラッシュをヤギ達の小屋へと連れて行った。

二匹のヤギはいきなり現れた馬を警戒して激しく鳴いたが、スラッシュは平気なようだ。

大らかな性格らしい。


「お前、いい馬だな」

頬を撫でてやるとスラッシュはぶるると返事をした。

「今日はヤギの餌で我慢してくれ、明日には飼葉を用意するからな」

そう言いながら乾いた草と水を用意する。ヤギ達が怒って鳴くのでそちらにもたっぷり置いてやった。


それから再び、金髪の男の元へと戻る。水差しとコップ、お湯とタオルに着替のシャツを用意してからベッドに腰掛けて男の上半身を起こした。


「…………ぅ」

「寝てるとこ悪いが、体だけ拭くぞ。脱がすからな」

男が目を開けずに眉を寄せたが、気にせずにシャツと肌着を脱がせる。どちらもすえた匂いがした。

スティーブはタオルを湯で濡らすと、男の上半身を拭いてやった。

途中でコップの水を口に含ませると、男は薄目を開けてそれを飲んだ。


拭き終わって着替のシャツを着せると、男はぐっとさっぱりした様子になった。

さすがに下の世話までするのは気が引けたので、靴下を脱がして足だけ拭いてやり、布団をかける。


「ふう……」

今できるのはこれくらいだろう。

薬師を呼んだ方がいいのかもしれないが、男についてどう説明していいのかが分からない。

状態は安定してそうなのでこのまま様子をみることにする。


念の為に壁に立てかけていた剣を持って部屋を出る。男の様子は演技とは思えないが、さすがに武器を置いてはおけない。


一階の居間に下りたスティーブは、芋掘りを再開する気にはなれなかったので男の剣の手入れをして午後を過ごし、夕方に再び男と馬が変わらぬのを確認した。


(明日には目を覚ますだろうから、それからだな)

男がスティーブの祖母マルガリータを知っていたのは非常に気になる。自分の手に引っ付いてしまった指輪についても聞きたい。

だが、男が眠っているのではどうしようもない。スティーブは割り切って夕飯を食べ、風呂に入って男の隣の部屋で寝支度をした。


寝る前にもう一度、男の状態を確認すると、ぐっすりと眠っていた。


(悪人、という感じはしないんだよな)

寝顔を見ながらそう思う。

正体不明の男が一つ屋根の下にいるというのに不思議と不安はない。


(起きたらまず何か食わさねえとな)

そんなことを思いながら、スティーブは自室でうとうとと眠りについた。

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