1.ダーリン登場
「探したよ、ハニー」
馬に乗って現れた若い男は言った。
スティーブは芋を掘り起こそうとしていた手を止め、掘ったばかりの芋を持って立ち上がる。そして辺りを見回した。
見慣れた風景が広がっているだけだ、祖父からもらった畑とその奥に広がる森と山。
長閑な風景である。
そしてどこにも“ハニー”と呼ばれるような女はいない。スティーブの家はヘラー村の一番外れに位置しているので、そもそも人がいない。五年前に祖父が、三年前に祖母が亡くなってからは基本的には自分一人なのだ。
「えーっと?」
ゆっくりと首を巡らせた後、スティーブは馬の上の男に向き直った。
プラチナブロンドの少し長めの癖毛に、流し目の似合いそうな青い瞳、鼻筋がすっと通った美形である。こんな田舎ではちょっとお目にかかれないレベルの。
体つきはおそらく長身で、体格はそれなりに鍛えてきた者のそれだ。
服装はシャツにズボンという簡素なものだが、帯剣しているので騎士なのかもしれない。
剣を認めたスティーブは少々、身構えた。
若い頃の経験に加えて、日々の畑仕事や狩りで腕には自信がある。歳は三十八歳で少々下り坂だがまだ体の衰えはないし、体格だけでいうと馬上の男には勝っていると思うが、こちらは丸腰なのである。
やましいことは何もないが、こんな田舎の村の外れに騎士がやってくるなんてよっぽどのことだ。用心するに越したことはない。
男はそんなスティーブにお構いなく、ひらりと優雅に馬から飛び降りるとこちらに近付いてきた。
「……?」
その足取りは不安定でふらふらと言っても差し支えないだろう。スティーブはぴくりと眉を動かす。
「スティーブ・ヘラーだね?」
「そうだが……おい、あんた、どこか悪いのか?」
「そうだね。少々死にかけではある」
言いながら男はスティーブの前で手袋を外し、跪いた。
「え?」
「ハニー、君がこの世に存在してくれていてとても嬉しい。神が私にくれた奇跡だ」
胸に手をあて、男は朗々と告げた。その顔色はとても悪い。
「あ?」
「どうか私の手を取ってほしい。私と生涯の誓いを交わしてはくれないか」
金髪の男はひどい顔色なのに甘い笑顔でスティーブを見上げ、右手を差し出してきた。
「…………っ」
差し出された手を見て、スティーブは思わず身を引いた。
男の右手には古く大振りな指輪が乗っていたのだが、驚いたのは指輪にではない。その右手がどす黒く変色していたからだ。
「ああ、ごめんね。手はちょっと腐りかけでね」
甘い笑顔のまま男が謝る。
「いやいや、あんた、大丈夫か?」
スティーブはそろりと体を戻して腐りかけだという手を覗き込む。腐臭がした。
(マジで死にかけなのかよ。この噛み合わない感じは頭もやられてんのか?)
経緯は全く分からないが、この男は病んでいて精神に異常をきたしているのだろうか。
「ハニー、私を憐れに思うなら生涯を共にすると誓ってほしい。証として指環をはめてくれないか」
男の笑顔が苦しそうなものに変わる。
ここまで顔の整った男に上目遣いでそんな顔をされては、それなりにクルものはある。
もしかしたらこの男には自分が想い人か何かに見えているのかもしれない、そう考えると可哀想にもなってきた。
(よく分からんが……誓ってやってから説得して、村の薬師のとこでも運ぶか)
それがいいだろう。男がどこかを悪くしているのは確実で、その手は切り落とすしかないように思えるがひとまず薬師の意見を聞くべきだ。
男の雰囲気は高貴な様子であるから、金を持っているなら町の医者に連れて行けないこともない。
一番近い町は大きな町で、領主の屋敷もあれば小さな騎士団も常駐している。もちろん医者もいる。
(町は……できれば行きたくねえけどなぁ)
もう十年以上も足を踏み入れていないのだ。しかし、死にかけの男を放っておくわけにもいかない。
ぽりぽりと頭をかいてからスティーブは腹をくくった。
芋越しに男の黒く変色した手から指環を摘む。
「ああ、ハニー……」
男が吐息交じりに言い、とろりと微笑んだ。
女が見たら卒倒しそうな色気だがスティーブは四十前のおっさんなので、すげえ色気だなぁ、と思うだけだ。
「とりあえず誓ってやるよ。生涯を共にしよう、ダーリン」
そう言ってスティーブは左手の薬指に指環をはめた。




