18.赤毛の女①
ミゲルは明日から件の両替商を監視してみると言った。
「対応が早いな」
「小規模な調査は分隊長の権限でできるんだよ。俺ももう分隊長六年目だしな、わりと好き勝手やってる」
「六年、大したもんだなぁ、改めておめでとう。その内に副団長か?」
「どうだろうな、うちの副団長サマは動かないだろうし、俺は実家の力もないからこれ以上は微妙だな」
スティーブはミゲルのコップにも安い麦酒を注ぐ。
「とりあえず乾杯だ。六年前のことになったが、分隊長昇進、おめでとう」
「おう、ありがとう」
二人がコップを合わせ、フェリクスは控えめに自分のコップを掲げた。
ミゲルはスティーブ達の泊まっている宿を聞き、一週間の滞在予定だと知ると、お勧めの食堂を教えてくれた。
「ずっと宿の食堂だと飽きるだろ? 安くて美味いから行ってみてくれ」
「へぇ、じゃあ行ってみるかね」
「俺の知り合いだって言えば、オマケもしてくれると思う。是非、行けよ」
「やけに推すなあ」
「常連なんだよ。客を紹介したら俺にもオマケがつく」
「はは、なるほどな。それなら行ってみるか」
スティーブは食堂の名前と場所をもう一度確認しておいた。
そこからは村でのスティーブの暮らしについての話になり、ミゲルの分隊長としての苦労話になった。
ミゲルは苦労はあるが、隊員達を可愛がっていて騎士団には愛着も感じているようで幸福そうだ。
結婚して子どももいるらしい。
スティーブはかつて、自分を信じてくれた同僚が立派になっているのが嬉しかった。
それに引き換え自分は……と思わないでもなかったが、まあスティーブとて不幸ではない。祖父の残してくれた家と畑に、時々手紙をくれる元気な両親。
ヘラー村はいいところだ。少々単調だが、それがいいとも思う。
最近はフェリクスという変化があり、スティーブの関心事はもっぱらこのダーリンのこととなっているが、それも心地よい変化だ。
一点、心残りがあるとすれば、この人と決めた人と結婚できなかったことだろうか。
(今日も赤毛に動揺したもんな)
いきなり追いかけるなんて、なかなか恥ずかしいことをしてしまった。
相手の女性は怖かったかもしれない。申し訳なかったと思う。
しかし、これで次回からは赤毛だからと追いかけるなんてことはしなくて済むはずだ。
こうやって少しずつ、未練も風化していってくれるだろう。
「なあ、スティーブ。騎士団に戻ってくる気はないか?」
ぼんやりと飲んでいると、突然ミゲルがそんなことを言い出した。
ごほっとスティーブは咳き込む。
「は? 戻る? 引退した身だぞ?」
「騎士としてじゃなくて、事務方としてだよ。お前なら面接もなしで合格だ」
「いやいや、待て、ミゲル」
「給料はけっこういいぞ」
「金には困ってねーよ」
「もちろん事務方でも寮には住める」
「それは知ってるよ」
「ずっと後悔してたんだ」
ミゲルが吐き出すように言って、スティーブは沈黙した。
「お前が引退した時、もっとやりようがあったんじゃないかって、分隊長を通り越して上に直接訴えるべきだったんじゃないかって……あんなの、明らかにおかしかったのに、俺は結局、保身に走ったんだ」
「走ってないだろ。ミゲルが分隊長に言ってくれたから、追放なんてものにはならなかったんだ。そうなると退職金もなしだったんだぞ。感謝しかしてねえよ」
スティーブはそっとミゲルの肩に手を置いた。
「だが、」
「君が自分を責めることはないと思うね。組織の腐敗の責任は完全に上にある」
フェリクスの声が響き、スティーブとミゲルはそちらを見た。
「平騎士では、やれることには限りがあっただろう。罪は当時の分隊長と副団長、団長にある。気にしなくていい」
言い切るフェリクスは威厳に満ちていて、こちらを納得させる何かがあった。
「ああ……うん」
ミゲルは気圧されたように返事をしてからスティーブを心配そうに見てくる。
「……スティーブ。お前のダーリン、絶対にかなり高位だぞ」
「あんま詮索すんなよ」
「それが良さそうだ」
目配せし合った二人はかちゃんとコップを鳴らして酒を飲んだ。
「とにかく、ミゲル。こいつの言う通りだ。俺のことは気にするな」
「分かった。だが、事務方で働くことは考えてみてほしい。お前はまだ田舎の村に引っ込むような歳でもないだろ」
「いいとこだぞ」
「分かってるよ。でも俺はお前の剣の腕も知ってる。その体つきだと、ちゃんと鍛錬してんだろ? 勿体ないじゃないか」
「事務方で戻ったら一緒だろ」
「あわよくば、後進の指導もしてくれないかな、とは思っている」
「はあ!?」
十二年のブランクありだぞ、とスティーブは呆れたのだが、ミゲルは真剣な顔で考えておいてくれと聞かず、フェリクスは良い考えだと同意をしていた。
ほどほどに飲み、お開きとなる。ミゲルはスティーブの宿を聞き、帰る前に一度は訪ねるからまた飲もうと誘ってきた。もちろん快諾してから宿へと帰る。
宿の風呂は大きな盥で、フェリクスは「ハニーの家の風呂が恋しいよ」と言いながら身を清める。スティーブも体を洗って「おやすみ」を言い合ってベッドに入った。
翌日は朝からまず銀行で貸金庫を借りて、フェリクスの大金貨を預ける。
村人から託された手紙を出し、ひと息ついたところで屋台で昼食にした。
フェリクスはドゥーラの町で売っている新聞をひと通り買って目を通していたが、その反応を見るに実家のことは出ていなかったらしい。新聞達はすぐに片付けられた。
午後からはフェリクスの服を探して、手頃そうな服屋を回る。
「こうして自分で手に取って選ぶのは初めてだ。新鮮だね」
笑顔のフェリクスは散々試着をした後「ゆっくり選びたいね」と言い、この日は何も買わなかった。
まあ、時間はたくさんあるのだし焦って買うこともない。
(帰るまでに買えばいいしな)
スティーブはのんびりとそう思い、そこからはフェリクスを職業斡旋所にも連れて行った。
「ハニー……」
職業斡旋所の入り口でフェリクスが顔を顰める。
「私を追い出したいのかな?」
捨てられた犬みたいな悲しげな目を向けてくるフェリクス。
「そんなんじゃねえよ。いつまでいても構わねえけどだな、村にいてもお前はどん詰まりだぞ?」
「その言葉、そっくりそのままハニーに返そう」
「俺にとってはあそこは故郷だし、いいとこなんだよ」
「なら私にとってもそうだ」
むすっとした顔でフェリクスが言う。
「お前の場合は、ちょっと違うだろ……どんな仕事があるかだけでも見てけよ」
「…………」
「出て行ってほしいとかじゃないんだ。だが、選択肢は作るべきだと思うぜ」
「…………仕方ないね」
フェリクスはむすっとしたまま職業斡旋所で案内を受け、募集の掲示板にひと通り目を通した。
「気は済んだかな。ハニーの言う通りにしたのだから今度は私の希望を聞いてほしいね」
斡旋所を出たフェリクスは、今日の夕食は昨日ミゲルが勧めてきた食堂に行きたいと要望する。
「ふむ、俺も行ってみたかったし、いいぞ」
快諾するとフェリクスの機嫌はあっさり直った。
にこにこと早足で歩き出す。
こういう時のフェリクスは年相応か、下手をするともう少し若く見える。可愛い弟なのだ。
(よく分からんが、反動とかかなのねえ)
高位の貴族ともなれば、幼い頃から卒のない行動をとるようにと教育されてきたはずで、だから心のままに振る舞えてこなかったのかもしれない。
スティーブはいやに楽しげなフェリクスと共にミゲルお勧めの食堂の扉を開き、そこで赤毛の女に迎えられた。




