17.ドゥーラの町③
突然名前を呼ばれたスティーブは、改めて相手を見た。
自分を呼んだのは先頭の黒髪の騎士だ。右眉に小さな傷のあるその騎士はスティーブがよく知っている男だった。体の強張りが緩む。
「…………ミゲル」
「っそうだよ、久しぶりだなあ! 十年か? もっとか! えっ、もしかして恐喝されてたのってお前……?」
ミゲルは破顔すると、一気にスティーブと距離を詰めて肩をバシバシと叩き、スティーブとフェリクスを見比べた。
フェリクスが困った笑顔で微笑む。
「ん? あれ? えーと、スティーブ、このお兄さんに何かしたか?」
まさかお前が恐喝してた側か、という目で見られてスティーブは首を横に振った。
「してねえよ。こいつは俺の連れだ。ちょっとはぐれてたところで絡まれたんだよ。俺が追い払った」
「じゃあ、もう終わってるのか。なんかすまんな。遅くて」
「通報があって駆けつけてくれたんだろ。ありがとう」
「いやいや、何にもしてないからな。お兄さんは怪我はない?」
ミゲルが優しくフェリクスに聞き、フェリクスは「大事ない」と答える。
「よかった。騎士団はいつでもあなたの味方です。頼ってくださいね」
作り笑顔でそう言ったミゲルは、今度はスティーブに向き直った。
「一件落着してるとこ悪いんだが、騎士団が駆けつけた以上は絡んできた相手のことを聞きたいんだ……でもお前、詰所来るの嫌だよな?」
ミゲルが気遣わしげにスティーブを見てくる。
「……分隊長には会いたくないな」
スティーブは迷った末にミゲルだけに聞こえるように小さく漏らした。
それは平民出身だからとスティーブを差別して、勾留して、十分な調査もせずに処分を決めた人だ。そしてミゲルはたった一人、スティーブを信じて庇ってくれたルームメイトの同僚だった騎士である。
「だよなー。因みに今は俺、分隊長なんだ」
「えっ、おめでとう!」
ミゲルの出世は素直に嬉しい。
弾んだ声でお祝いを述べ、スティーブは満面の笑顔になった。
地方の弱小男爵家の出だというミゲルに実家の後ろ盾はない。実力のみで掴んだポストだろう。
「ありがとう。そしてかの分隊長サマは今は副団長サマだ」
「…………そうか」
これにはどんよりと簡単に返す。
「温度差すごいぞ。嫌そうだなー。ま、俺も嫌だけどな、あの人」
「ちょっ、ミゲル……」
スティーブは焦ってミゲルの背後の騎士達を見回した。隊員達の前で上司の文句を堂々と言うものではない。だが若い彼らは苦笑いだ。
「俺の隊員達は俺があの人嫌ってること知ってるからいいんだよ。それに俺以外にもけっこう嫌われてるからな、副団長サマ」
「そうなのか?」
「ここ数年は未だに中央に帰れない苛立ちを団員にぶつけるんだ。最近は特に酷い。もうあれヒステリーだぜ、止めてほしいよな。でもずっと異動願い出してるのに帰れないなんて、たぶん中央でも嫌われてるんだと思うぜ。ははは」
ミゲルが笑い、隊員達も控えめに笑う。フェリクスも全く同感だというようににこにこしていて、それを見てスティーブも笑ってしまった。
結局、ミゲルは他の騎士達には「後は俺が聞いておくから、お前らはもう帰れ」と言い、スティーブとフェリクスのを近くの食堂へと誘った。
何でもこの通報への出動で本日は上がりとなる予定だったらしい。
詰所に行くのは遠慮したかったので、これはありがたい。
三人は食堂のテーブル席に座り、適当に飲み物と食べ物を注文した。
「さてと、俺は相手のことを聞くまでは酒は止めとかないとな。スティーブとお連れさんは飲んでくれよ」
ミゲルはスティーブとフェリクスには酒を進め、自分は水を飲みだす。
酒は安い麦酒である。フェリクスはひと口飲んで「薄いな」と顔をしかめた。
「そういやお連れさんの名前は?」
「名は捨てた。今はスティーブのダーリンだよ」
爽やかに言い切るフェリクス。
ミゲルが変な顔になってスティーブを見てくる。
「……スティーブ、お前まさか、こちらのお兄さんを囲ってるのか? 確かに綺麗な顔だが」
「ちげえよ。こいつは遠縁の子だ。家を追い出されたんだと」
「家を?」
「ああ、なんかちょっといい家らしい。大変だったらしいから事情はあんまり聞かないでやってくれ」
「ふーん…………そうか」
「行くあてがないって言うから、落ち着くまで俺が面倒をみることになったんだ」
「へえ……」
ミゲルがフェリクスをしげしげと眺める。フェリクスは穏やかな笑みを浮かべて手を差し出し、今度はきちんと名乗った。
「フェリクスと言う」
「いやいや、ダーリンの後に言われても偽名くさいな」
フェリクスはよくある名なのである。スティーブだってこれは本名ではないと思っているのだ。ミゲルは苦笑いで握手を交わした。
「君は、ばっちりいいとこの雰囲気が出てるなぁ。身ごなしが貴族っぽいと狙われやすいんだよ。金を持ってると思われるからな。場所にもよるが夕方以降は一人でウロウロしない方がいいだろう」
「助言をありがとう、ミゲル。気をつけよう」
フェリクスが応え、ミゲルは頷く。
頷いてからミゲルは呆気に取られた顔をした。
そして少し考えた後、スティーブに顔を寄せると、こそこそと耳打ちしてきた。
「スティーブ、この子、めっちゃ位が高かったりするか? 今、ナチュラルに偉そうだったよな? しかも俺はそれを普通に受け入れてしまったんだが」
「そこはよく知らん」
「親戚なんだろ?」
「かなりの遠縁で、よく分かんねえ繋がりなんだよ」
「……それ、大丈夫か?」
「悪い奴じゃねえからな」
「えー……それどうせお前の勘だろ? そういうとこだぞ、お前がつけ込まれるのは。俺からすればいつもいいように使われてさ」
「使われた覚えはねえよ。それに勘はいいんだ」
「お前なぁ……いちおう、気をつけろよ」
ミゲルは、はあ、とため息を吐き、気を取り直して咳払いした。この二人のこそこそ話の間もフェリクスは穏やかな笑顔のままだ。
「さて、俺もいつまでも飲めないのはしんどいからな。さっさと絡んできた奴らについて聞いていいか?」
ミゲルが言い、スティーブとフェリクスはそれぞれが覚えている三人の男の特徴を伝えた。
ミゲルは時々質問を挟みながら、それを手帳に書き付ける。
「情報提供ありがとう。今回は恐喝未遂ってことになるだろう。これだけでは罪に問えるかは微妙で積極的な捜査をするかは分からないが、旅人を狙った強請が最近多いから、そっちと結びつくかもしれない」
ひと通り話し終わったスティーブにミゲルが言う。
「旅人を狙った?」
「ああ、スティーブ達と同じようなケースだよ。町に付いて換金した直後に取られている。おそらく両替商の近くで張ってるんだろうな」
「それなんだが、」
スティーブは小さく挙手をして、ミゲルに訪れた両替商の奥には複数人の痕跡があったことを伝えた。
「店の周囲で張ってたんじゃなくて、あいつらはあの両替商と繋がっていたかもしれない」
「それも有りがちだなぁ。けどあっちも馬鹿じゃないから直接情報のやり取りはなかったりするんだよな」
ミゲルが悔しそうになる。
怪しい店を見つけても、なかなか尻尾が掴めないことも多いのだろう。
「まあな」
スティーブもそういうのは騎士時代に経験済みなので短く同意した。
「間に別のグループがいたりして、実行犯はすぐに切られるしなあ……でもせっかくだからその両替商の近辺を張ってみてもいいかもな」
ミゲルが追加で手帳にメモを書き込む。
と、ここで、フェリクスもスティーブの真似をして小さく挙手をした。
「お、ダーリンくん。どうぞ」
ミゲルが楽しげに指名する。
ミゲルは明らかに偽名のフェリクスよりも、ダーリン呼びでいくことに決めたようだ。フェリクスも村でダーリンには慣れているので素直に受け入れた。
「発言の許可をありがとう、ミゲル。私も今回は両替商がほぼ黒だと思う。絡んできた三人は私の有り金を把握している様子だった。そしてもう一つ、両替商の奥にあった煙草の空き箱と三人の内の一人が吸っていた煙草の銘柄が同じだった」
フェリクスの発言にミゲルは困った顔になって口を挟んだ。
「煙草は……よっぽど特殊でない限り、銘柄が被ることもあるんじゃないかな?」
諭すような口調に、フェリクスはしかし首を横に振った。
「銘柄自体はイーグル社の主力商品でありふれたものだった。しかし、空き箱も吸っていたものも限定のデザインだったのだよ。あれは王都の本店でしか手に入らないもので、値も張る。両替商もだが、王都から遠く離れた町のチンピラが気軽に吸うものではないね」
ミゲルの眉がぴくりと動く。
「そうなると入手経路の大元は同じだと私は思う。彼らの裏には、王都に頻繁に行って土産を買ってくるような、もしくは王都とやり取りの多い誰かがいる。なのでチンピラは放っておいて、両替商を泳がせつつ重点的に監視した方がいい。裏の誰かと接触するかもしれない。そこからじっくりと攻めるべきだ」
「……限定デザインは間違いないのか?」
ミゲルは黙り込んだ後、フェリクスにそう聞いた。
「私は少し前まで中央の社交界にいたからね。貴族達は限定品が大好きなのだよ。間違いない」
フェリクスがうっそりと笑う。その暗い笑顔にミゲルは身を引くと、再びスティーブに耳打ちしてきた。
「……スティーブ。ダーリンくんってちょっと怖いな」
スティーブも同感である。




