16.ドゥーラの町②
大通りから一本それた道の路地裏にて、フェリクスは三人の怖いお兄さん達に囲まれていた。
「だからさぁ、兄ちゃんがぶつかってきたんだろ?」
中央の男がそう凄んでくる。向かって右の男はニヤニヤしながら煙草を吸っていて、左の男も嫌な笑みを浮かべていた。
そしてぶつかったのはフェリクスの方ではない、この中央の男がわざわざフェリクスにぶつかってきたのだ。
フェリクスはスティーブに言われた通り、大人しく通りの脇に立っていただけだ。
(言いがかりをつけたいだけなのだろうな)
フェリクスは冷静に三人を観察した。全員それなりにガタイがよくて喧嘩慣れしてそうだ。
特に左の男は重心も低く、ニヤニヤしながらも目の奥が常に光っている。おそらくこれが一番強く速さもある。
(抵抗はしない方がいいな)
三人相手に勝てる気はしない。特に左の男は自分では無理だ。剣があれば違ったかもしれないが丸腰である。囲まれた状況から逃れたところで、大通りに行くまでに捕まるだろう。そうなればボコボコにされて有り金全てを取られる。
「肩がさあ、痛えのよ。迷惑料払えや。俺は優しいからよ、全部なんて言わねえよ。今なら有り金の半分で勘弁してやる、ほら、出しな」
真ん中が肩をわざとらしくさすりながら言う。
いきなり無理強いはしないようだ。話し合いで穏便に金をもらったことにする方が彼らにとって都合がいいのだろう。
後から訴えられても、双方合意だったと言い張るつもりなのだ。
(半分、ねえ)
フェリクスはゆったりと三人を眺めた。
順に視線を巡らせ、右の男の吸う煙草に目を細める。つい先ほど、その空き箱を見たところである。
そして、半分。
カフスボタンに最初に提示された額だ。
男達の繋がりが分かったフェリクスは次に、素直に半分を渡して戻ってくる可能性を考えた。
すぐに騎士団に通報すれば、彼らを捕まえられるだろうか?
捕まえられたとして、フェリクスの半分の金はそれまで無事だろうか?
三人の男達は金を巻き上げた後にあっという間に使うかもしれない。もしくは第三者に金が渡るかもしれない。
そうなると、金が戻ってくるのは絶望的だろう。
(うーむ……)
悩みどころである。男達とやり合う気はないが、なんとか時間を延ばすべきな気はした。
フェリクスが三人に絡まれて連れて行かれるのを、何人かが目撃している。目撃者達はぎょっとして心配そうにしていたので、通報してくれている可能性は高い。
そうすれば、騎士団の到着は早いかもしれない。粘ってそこまで持ちこたえられないだろうか。
(ハニーは……)
フェリクスはスティーブが戻って来ることについては考えないことにした。
スティーブが何を、もしくは誰を追っていったのかはフェリクスには分からない。どこまで行ったのか、どれくらい時間がかかるのかは不明である。不確かなものは当てにしてはいけない。
(とりあえず、交渉してみるか。彼らはきっと私の持ち分を知っている)
そう決めるとフェリクスは三人に、にっこりと笑いかけた。中央の男が怯む。
「四分の一にしてくれないだろうか?」
「ああ?」
「有り金の四分の一で、どうだろう?」
「四分の一ぃ」
怯んだ男が戸惑いがちに繰り返す。
フェリクスの持っている金の四分の一でもそれなりの金額なのだ。それがあっさり手に入る。予想した通り、額を知っている男は心が揺れたようだ。
「半分も取られると困ってしまうのだよ。四分の一なら渡そう。君たちを追ったりもしない」
最後は嘘である。
渡して男達が去れば、すぐに騎士団に通報して、情報を全て伝えて追ってもらうつもりだ。そして捕まえてその時点で四分の一が残っているなら、もちろん返してもらう。
「私も揉め事は避けたいからね」
「四分の一かぁ、四分の一ねぇ」
男はどうやら必死に頭の中で四分の一を計算しているようだ。
「おい、半分って話だろ?」
「だが、四分の一でも結構な額だぜ? 素直に出してくれんならそれでも……」
右の男がイライラとしてくるが、真ん中は迷っているようだ。
「兄ちゃん、舐めてっと痛い目みんぞ、とっとと半分出せや」
ここで左の男がぐいっとフェリクスの胸ぐらを掴んできた。こいつが一番短気らしい。
「おい、手は出すなよ! 派手にやるとまたしばらく何もできねえよ!」
真ん中が焦って止める。左の男は面白くなさそうに手を放した。
「兄ちゃん、じゃあ三分の一で手を打とうや」
真ん中が代替案を出してきて、フェリクスは鷹揚に頷いてやった。
この時、通りの方から素早いが重ための足音が聞こえてきてフェリクスはふうと息を吐く。
足音は知っているものである。当てにしていなかったが、賢い妻が戻ってきてくれたようだ。
「てめえら! 俺の連れに何してんだ!」
怒号が響き、茶髪の厳つい男が現れる。走ってきてくれたのか息が荒い。健気な妻である。
すぐに左の男が反応して、現れたスティーブに殴りかかった。
左の男に少し遅れて、真ん中の男はフェリクスに掴みかかってくるが、フェリクスはそれは難なく交わした。その間にスティーブは攻撃を避けて、男の顔に一発入れる。
続いて煙草を吸っていた男が隠し持っていたらしいナイフを振りかざしてスティーブに襲いかかるが、スティーブはあっさりそれを弾いた。
真ん中はそれらを見て、これはダメだと悟ったらしい。
「くそっ、諦める。ずらかるぞ!」
短い号令をかけ、三人はすぐに逃げ出した。
「あっ、おいこら待て!」
スティーブが怒鳴るが、まあ、待つわけはない。
すたこらさっさと三人は逃げて行った。
一瞬だけ追おうとしたスティーブだが、追うよりもフェリクスの確認が先だと思ったらしい。舌打ちして踵を返すとフェリクスの側まで来た。
「無事か、ダーリン」
「この通り、怪我はしていない。金も取られていないよ。ぶつかったと絡まれてしまったのだ」
手を広げて何ともないことを見せると、スティーブが安堵の表情になる。
「はぁーっ、すまん。俺がいきなり一人にしたからだな。お前、目立つからなぁ」
がしがしと頭をかくその腕からは薄っすらだが、血が滲んでいた。さっきのナイフで切ったようだ。
「ハニー、腕が切れている。平気かい?」
「ん? ああ、本当だな」
スティーブが自分の腕を確認してそう言った時、路地裏に重たい足音が複数入ってきた。
「騎士団だ!」
「神妙にしろ!」
ざざざっと今度は数人の騎士達がフェリクスとスティーブを取り囲む。
「暴行と恐喝の通報があった。二人とも両手を上げて、壁を背にしろ!」
騎士の一人が叫ぶ。
フェリクスはスティーブと顔を見合わせてから、両手を上げ指示に従った。
騎士団に逆らうつもりはない。落ち着いて話を聞いてもらおうとも思う。危機は去っているが、あの男達のことは話しておくべきだろう。
フェリクスは害意がないことを示すために困り顔で笑みを浮かべつつ、事情を話そうとしたのだが、一歩前に出てきたリーダーらしい騎士がフェリクスの隣を見て目を見開く。そうして驚きの声をあげた。
「えっ、おまっ、スティーブじゃないか、何してんだ?」




