15.ドゥーラの町①
「スティーブ久しぶり! 老けたねー」
明るい声でヘラー村の宿屋の長女で、今はドゥーラの町の宿の若女将となっているカイラがスティーブを見るなりそう言った。
ここは今回世話になるドゥーラの町の宿である。昼過ぎに町に着いたスティーブとフェリクスはまずは宿にやって来ていた。
カイラの宿は、村の者が町に滞在する時は必ずと言っていいほど使う宿だ。料金は知り合いのよしみで安く、その代わりに急な部屋の変更なども甘んじて受け入れる取り決めになっている。
「は? そんな変わってないだろ」
老けたという言葉にグッサリと傷つきながらもスティーブはそう返した。
カイラはスティーブより五歳年下で子どもの時はよく遊んでやった、いわゆる幼馴染なので気安い。
「出産で里帰りして以来だから、会うのは七年振りくらい? 肌の張りが全然違うよー、なんか弛んでない?」
「そうか?」
ぐににと頬を揉んでみるが、張りについては分からない。
「あはは、気にしてるー、でも頑張ってる方じゃない? 体つきとかはそのまんまだもん、ね……」
軽く上から目線で慰めてきたカイラはそこでスティーブの後ろにいたフェリクスを認めて口をつぐんだ。
「ナズナ殿のご長女殿だね。一週間ほど厄介になる」
フェリクスが胸に手をあてて丁寧に挨拶すると、カイラは真っ赤になる。
「……ひえー、これが母さんが手紙に書いてた“ダーリンさん”よね。うわあ、すごいね。想像以上だわ、心臓に悪い」
「ご期待に添えられたようでよかった」
フェリクスがにっこりすると、カイラは「いえ……母がお世話になってます」とよく分からない挨拶を返し、ドギマギと受付を済まして部屋の鍵を渡してくれた。
今回の部屋は二人で一部屋である。ベッドが一つずつに箪笥と書物机が一つの簡素な部屋だ。
「ちょっと狭いが、我慢しろよ」
スティーブが部屋に入ってから言うと、フェリクスは笑顔になった。
「平気だよ。スラッシュと一緒に納屋で寝るのも、野宿も経験済みなのだ。乾いたベッドがあれば何も言わない」
「お前……大変だったな」
苦労人なダーリンにスティーブは、ますます仮の兄としてできることはしてやろうと思った。
荷物を置いて、スティーブとフェリクスはさっそく町へと出る。初日の今日はまずフェリクスのカフスボタンを換金する予定である。
この小旅行でフェリクスは新聞と服と靴、身の回りの品に加えて好みの石鹸と香油も買うつもりらしく、その金は自分で払うと申し出ていた。
滞在する宿の料金もフェリクスの希望でフェリクス持ちとなっている。
使うあてのない貯蓄のあるスティーブとしては、必要であれば服くらいは買ってやるつもりだったし、宿代も払うつもりだったのだが、それはフェリクスの誇りを傷つける気もしたので素直に受け入れた。
町歩きに浮かれている、と言っていたフェリクスだが、興味深そうにきょろきょろとしているくらいでここまでの言動は至って落ち着いている。
たまに整った顔を二度見されたりもしていて、少々目立ってはいるが許容範囲だ。
(ところで、カフスボタンってそんなに高値で売れるのかね)
スティーブは町の中心地を目指しながら疑問に思い、しかしすぐに、フェリクスの持っていた剣のようにカフスボタンにも宝石が付いているのだろうと納得した。
最初にフェリクスの服を着替えさせた時にシャツにカフスボタンはなかった。高価なそれをフェリクスは隠し持っていたようだ。
やがて着いた町の中心には、店や高級な宿が並び、換金や両替を行う両替商もたくさんある。
スティーブとフェリクスは買い取りも行なっている両替商を探す。幾つかある両替商からフェリクスが選んだのは通りから一本入った場所にある、小さくて怪しい店だった。
「あそこにしよう」
フェリクスの選択にスティーブは眉を寄せた。
「ああいう店はやめといた方がいい。看板は出てるから貴金属取引の許可は持っているんだろうが、荒い商売をしている時もある」
騎士の時に何度か揉め事にも出くわしている。
店によってはレートを誤魔化して換金したり、本来の価値を分かっていながら買取値を安くしたりもするのだ。
「構わないよ。大きな店だとちょっとね」
「?」
「ハニー、今の私には以前の身分を証明するものはない。またそれを探られたくもないのだよ。しっかりした店は平民の私が高価なものを持ち込めば慎重になるだろう。荒いくらいの商売をしている方が都合がよいのだ。少々買い叩かれるだろうが、背後を探られるよりはいい」
「そんなにすげぇのか? お前のカフスボタン」
若干引きつりながら聞くと、フェリクスは意味深な笑顔だけ返して、小さく怪しい両替商の扉を開けた。
果たして訪れた両替商で、カフスボタンはスティーブが驚くほどの高値で売れた。
客がおらず暇そうに頬杖をついていた小さな両替商の店主は、フェリクスがころりと転がしたカフスボタンを見て目の色を変えたのだ。
ボタンは美しい金の台座を持ち、中心には大振りの鮮やかな青い石がはまっていた。青い石の周囲は小さな黒い石がぐるりと囲んでいる。それはスティーブが見ても明らかに高そうだった。
身分の提示もなくこれを出しては、真っ当な店では盗品を疑われたりしただろう。
「旦那の持ち物ですかね?」
店主はボタンとフェリクスを交互に見てからスティーブを一瞥し、簡潔にフェリクスに聞いた。
「そうだ」
「ふむ、お待ちください」
短いやり取りだけして、店主はルーペを取り出してじっくりとカフスボタンを検分し、かなりの額を提示してきた。
この時点で既にスティーブは驚いたのだが、フェリクスはこれににっこりと微笑むと「他をあたる」とボタンを回収しようとする。どうやら提示された額はお話にならなかったようだ。
店主は慌てて最初の額の二倍の値を言い、これには納得できたらしいフェリクスが頷き、商談は成立した。
売買契約書が交わされ、金が渡される。フェリクスはさすがに契約書のサインはダーリンではなく、フェリクスとだけ書き、住所には宿の住所を書いた。
「すげーもん、持ってたんだなあ」
両替商を出て、感心しながらスティーブは言う。
宿が割安なせいもあるが、あれだけあれば今回の宿代と買い物代を引いても大半は残る。
「あともう少しだけつり上げてやってもよかったのだが、あまり欲を出すのも品がないからね」
涼しい顔でそう宣うダーリン。大金貨が数枚と、使いやすいように細かくしてもらった金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の入った巾着を懐にしまう。
「それ、すられたりすんなよ」
「そういうヘマはしないよ。しかし大金貨は貸金庫に預けたほうがよいかもね」
「預かり料は取られるが、その方がいいだろうなぁ」
ここドゥーラの町には、銀行もあり金貸しと預かり業、為替業も行われている。借金や為替となると、正式な身分証明が必要となるが、預かりだけなら簡単な手続きでできる。
スティーブも騎士を辞めた際の退職金は貸金庫に預けたままだ。
「今日はもう窓口は閉まってるから、明日だな。朝イチで行くか?」
「ありがとう。ハニーは本当に頼りになるね」
「そうか? 全部お前一人でやってる気もするんだが……村に溶け込んだのもそうだが、さっきも、世慣れてるよな」
「ふふ、策謀や悪意、腹の探りあいの人生経験はそれなりだと自負している。田舎の純朴青年には負けないよ」
純朴青年とはスティーブのことなのだろう。
「うるせぇよ」
むっとはしたが、策謀や悪意、腹の探りあいにまみれていたらしいフェリクスが不憫で、スティーブは小声で抗議した。スティーブはそれらとはほとんど無縁の人生である。
「おや、気を悪くしたかい。でも見た目の割に擦れてないのはハニーの長所だよ。私が村に受け入れられたのはハニーの人柄が彼らに信頼されていたからだろう」
「そんな大層な人柄ではないんだが、てか、見た目の割にってなんだ」
自分は至って普通の人物だとスティーブは思う。そして見た目はそんなに擦れているだろうか。
「見た目は厳ついのに、純朴だ」
「厳つい?」
ぐるりと自分を見回す。
確かに身長はあるし、筋肉もそれなりではあるが。
(そういや分隊長にはよく、ふてぶてしいと嫌そうに言われたな)
ということは表情や態度が悪いのだろうか。
(あんまり笑わねえからか? ん? 笑わねえかな?)
笑顔について考えたことはない。とりあえずぎこちなく口角を上げてみるとフェリクスが笑った。
「ふふ、それに、頼りにしているのは本心だ。さっきもハニーがいなければ奥に通されて怖いお兄さんに凄まれていた可能性はある」
「……まあな。奥に人の気配はなかったが、出入りの様子はあった」
怪しい両替商のカウンターの奥のテーブルには飲みかけのマグカップが数個あり、煙草の空き箱も転がっていた。
店主以外の複数人があの店に入り浸っているのだ。その者達が怖いお兄さんとは限らないが、可能性としてはなくもない。
「さすがにちゃんと鋭いね。ハニーが最初に言った通り怪しい店だった」
「そうだな、副業やってるだけかもしれないが……」
フェリクスに返しながらスティーブの言葉は途中で途切れて、目が通りの先に釘付けになった。
背中半分までの赤毛を揺らした女が人混みの中にいたのだ。顔は見えない、後ろ姿だけだ。だがあそこまで見事な赤毛はそんなに多くない。背格好は記憶の中の女とそっくりだった。女は早足で雑踏に紛れていく。
「ハニー?」
「悪い、ちょっと待っててくれ」
スティーブはそれだけ言うと女を追った。
町の大通りは人が多い。それをかき分け、流れに逆らって早足の赤毛の女を追う。
二街区ほど追いかけて、スティーブは女に追いついた。
「ブレンダ!」
名前を呼んでその肩を掴んだのだが、振り向いた女は知らない顔だった。
「…………」
「何かご用ですか?」
怪訝な顔で女が問う。
「いや、人違いだ、すまない」
詫びて手を離す。こうして近づくと女は記憶の中の赤毛の女よりも小柄だ。
女は肩を払いスティーブをひと睨みしてから、また早足で去っていった。
「…………なにやってんだろーなー」
ため息交じりで呟く。
冷静になれば、こんな雑踏にブレンダが一人でいるはずはない。彼女はここから少し離れた町の老齢の男爵の後妻になった。その町の屋敷で優雅に暮らしているはずなのだ。
スティーブはがしがしと頭をかいた。そして思い出す。
「しまった、ダーリンを置いてきた」
スティーブは慌てて元いた場所へと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
こちら、先にカクヨムで投稿した時は全っ然読まれなくて(もう、全っ然笑)「あー、そっかぁ……この感じだとなろうでも読まれないなあ、ま、書いてて楽しいし、いっか」と、自家発電的なつもりで投稿しだしたのですが、なんだかんだで、ブクマが100件越えてきた。
これは、逆お気に入り様がブクマしてくれてるのかな?ありがとうございます。
山場が全然こなくて申し訳ない。こんな感じで何となくだらっと続きます。
17話くらいまではこのままきちきち更新で、後はちょい不定期になるかも。
行けるところまでは毎日更新でいく予定です。
よろしくお願いします。




