13.毛染めと出発の日
それからスティーブは宿屋に馬車を借り、お隣のトムさん一家に留守の間の畑の世話の依頼をした。
村人達の買ってきて欲しいものリストをまとめ、出してきてほしい手紙なんかも預かる。手紙は村からも出せるが収集は週に一度なので、町で出した方が早く届くのだ。町の宿の手配もした。
そうして出発は翌日だという日の午後、馬の世話で外に出ていたフェリクスが小さな紙袋を抱えて帰ってきた。
「またジャムでももらったのか?」
スティーブの問いにフェリクスは首を横に振ると、少し嬉しそうに袋から薬包紙の包みを出した。
「染め粉だよ。町に行く前に念の為に髪を染めようと思っている」
「染める? なんでだ?」
「ないとは思うが知り合いがいて会ってしまっては困る。彼らにとって私は死んだ人間だからね。染めても二三日しか持たないらしいから幾つか用意した。アッシュグレーになるらしい」
「アッシュグレーねぇ」
スティーブはフェリクスの髪が柔らかな灰色になるところを想像してみる。
「…………」
金髪のダーリンが少々地味になっただけだった。知り合いに会ってしまえば一発でバレるんじゃないだろうか。
(色味を変えたとしても、溢れ出る高貴な雰囲気を何とかしないと意味ねえんじゃないかな……)
などと思う。
しかし、染め粉を眺めるフェリクスは楽しそうで水を差すのは無粋な気がした。変装するということにワクワクしているのだろう、気持ちは分からないでもない。
それにど田舎の辺境の町に、王都出身らしいフェリクスの知り合いがいるとも思えない。
スティーブは髪染めがあんまり意味がなさそうなことは黙っておくことにした。
「いいんじゃねえか」
「うん。やれることはやっておかなくてはね。だから薬師のところで貰ってきたんだ」
「あっ、お前、金はどうした? まさか螺鈿とそれを交換したのか? 染め粉なんて安いもんだぞ」
ここでスティーブはフェリクスが文無しであることを思い出して焦った。
村の薬師の男は偏屈でがめつく、こすくもある。あの薬師ならしれっと対価に螺鈿を要求しかねない。もし螺鈿と交換なんてしていたら、ほぼ丸損だ。
ぼったくられたのでは、と心配するスティーブにフェリクスは微笑んだ。
「安心してくれ、市井の貨幣価値はトマスに習ってばっちりだ。村での物々交換についても教わった。きちんと相応の対価を払ったよ…………事後報告になるが、キッチンの煙草を数本失敬したのだ」
最後の部分では、ごめんねというようにこてんと首を傾げるフェリクス。スティーブのダーリンはナチュラルにあざといのだ。
一方のスティーブはフェリクスが薬師にぼられたのではないのが分かってほっと力を抜く。煙草を勝手に持ち出されたことは毛ほども気にしていない。自覚はないがスティーブはこの仮の弟にすっかり甘くなっていた。
「煙草くらい構わねえよ。置いといても俺はあんまり吸わねえから湿気ていくだけだしな」
「よかった。怒られたらどうしようかと思っていた」
「怒るかよ。どうせ父親が無料で送ってくれてるものだ」
「お父上が? どうりで見たことのない銘柄だと思ったよ。異国のものかい?」
「ああ、村の奴らが喜ぶからって旅先で適当に買って送ってくるんだ。煙草に詳しいのか?」
「それなりにね。国内で流通しているものならパッケージやデザインでどこのものかは分かる」
自慢げにフェリクスが言う。
「へえー、煙草が好きなのか?」
あまり吸うイメージがなかったので意外だ。それなら勧めてやればよかったなと思いながら聞くと、フェリクスは眉を寄せて否定した。
「匂いが付くから吸うのは好きではないね。でも付き合いが大切な世界にいたから詳しくなった。シガールームや談話室で好きな銘柄を差し出されれば嬉しいだろう?」
「好みを覚えてくれてるってのは嬉しいだろうな」
「口も軽くなる」
妖しく笑うフェリクス。
「うわあ……怖えな。お前絶対に表裏あるタイプだろ」
好意からではなく、打算的に好みを把握されているのはちょっと嫌だ。スティーブは少しだけフェリクスと距離を取った。
「否定はしないね。だがハニーの前での私はいつでも自然体だよ」
フェリクスは顔をいつものとろりとした笑顔に戻す。
「はいはい」
「この胸をさいて、私の真心を見せられるとよかったのだが」
「はいはい、とっとと髪を染めてこいよ」
スティーブはひらひらと手を振ってフェリクスを追い払った。
夕方、輝く金髪から地味な灰色の髪になったフェリクスが居間に顔をだす。
「どうだろう? 私としては別人のようでなかなか楽しい」
「そうだな、思ってたよりちゃんと地味だ」
フェリクスは高貴な雰囲気は相変わらずだがぐっと落ち着いていた。心なしか青い瞳もいつもより鈍く見える。
金髪はフェリクスの華やかな顔立ちと合っていたのだろう。
「変えてみるもんだな」
「ね」
にこにこするフェリクス。
「これで大手を振って歩ける」
「あまりはしゃぐなよ」
少々地味になったとはいえ、麗しい美形が通りで浮かれていては目立つだろう。そしてカモにされる。
「ふふ、正直、町歩きなんて初体験なのでテンションは上がっている。ハニー、私の手綱をしっかり握っていてくれ」
フェリクスが本気なのか冗談なのかよく分からないお願いをしてきて、スティーブは軽く承諾しておいた。
「おう、任せろ」
翌日、灰色のダーリンとなったフェリクスと共にスティーブはドゥーラの町へと出発した。




