12.町へ
手合わせ七連戦を終えたスティーブとフェリクスは順に風呂に入る。
順番は初回の時からずっとフェリクスが一番風呂、スティーブが二番風呂だ。
フェリクスが風呂に入っている間にスティーブは食事を作り、スティーブが入っている間はフェリクスがテーブルセッティングをして、使った鍋などを洗う。
スティーブが上がってくると、美しくセッティングされた食卓でフェリクスが一人で待っているのがいつもの光景だ。
スティーブが一人暮らしだったころの食卓は非常に殺風景だった。
テーブルだけはそれなりに立派で大きなものなのだが、その上に置かれているのは、いつもの木の器(割れない大きなやつだ、これに料理を全部入れていた)と、いつものフォーク(スティーブは食べようと思えばこれ一本で何でも食べれる)、ビアジョッキ(茶も酒もこれで飲む)だけだった。
男の一人暮らしなんてこんなものである。簡単で洗い物が少ないのがいい。
そんな食卓を見たフェリクスは「ハニー、食事とは目で見て楽しむものでもあるのだよ」などと宣い、好き勝手にコーディネートを始めたのだ。
フェリクスはキッチンの戸棚の奥から全然使っていなかった食器やカトラリーを引っ張り出し、祖母の部屋に仕舞いこまれていたテーブルクロスにプレートマット、テーブルランナーまでもを見つけてきて、食事の内容に合わせてそれらをせっせと使い分けた。
主に祖母の趣味で集められた食器や布は凝ったものが多い。
町へ行く村人に頼んで買ってきた器に布、村の婦人会の集まりで刺繍を教える際に皆で刺したプレートマット、祖母の趣味を知っていたスティーブの父や母が土産に買ってきたカトラリーや食器、等々。
スティーブの一人暮らしになってからは、使うのも仕舞うのも面倒だと片付けられていたのだ。
本日はメインのソーセージが大きな平プレートの真ん中に堂々と乗せられ、ふかした芋が少し深みのある皿に上品に盛られている。鶏肉入りのトマトスープは小さな取って付きのシチュー皿によそわれていた。
彩りが足りなかったのか、芋とスープの上にはバジルが追加されている。
テーブルランナーとプレートマットはどちらも濃紺の揃いのものだ。料理の横にはフェリクスによって磨かれて輝きを取り戻したナイフとフォーク、スプーンがきちんと並ぶ。
こうまでされると、田舎の手料理がそこそこ高級なものに見えてくるから不思議だ。
フェリクスはスティーブが戻ってくる時間も見計らっているようで料理はきちんと温かい。
(いつも細やかだよなあ)
そう思いながらスティーブが座ると「では、食事にしようか」とフェリクスが言った。
「おう、いつもセッティングをすまんな」
「作っているのはハニーだよ。私は並べているだけだ、こちらこそいつも感謝している」
それからフェリクスは簡単な食前の祈りを呟き、手を組んで目を閉じた。
これはここ最近の新たな習慣である。スティーブも軽く目を閉じて付き合った。
「お願いがあるのだが」
この日、半分ほど食事が進んだ頃にフェリクスはそう切り出してきた。
「今度、ドゥーラの町に行きたいと考えている。一人では不案内なので同行してもらえないだろうか」
「ドゥーラの町へ? 何しにだ?」
スティーブはふかした芋に塩を振りながら聞き返す。少しだけだが自分の身が強張るのが分かったが、上手く隠した。
ドゥーラの町はヘラー村から馬車で半日程度で着く町でこの辺りでは二番目に大きな町である。街道沿いにあり国境も近いので町には騎士団も常駐している。
村人達が単に“町”と言うときはドゥーラの町を指す。また、スティーブが騎士の時に所属していたのはこの町の騎士団だ。
「新聞を買いたいんだ。村の雑貨屋で聞くと、この村では不定期にしか入らないと言われてね」
新聞は王都や大都市でしか発行されていない。種類と部数が多いのは何と言っても王都で、地方まで送られてくるのは王都の主要なものだけだ。
だが全ての田舎に新聞がやって来るわけではない。そしてヘラー村にはほとんど入ってこない。
王都からヘラー村までは馬車で一月はかかる。発行されてすぐ送られたとしても到着するのは一月後である。
ヘラー村は素朴で小さな村だ。学校もなく、特殊な産業があるわけではないこの村に、発行されてから一ヶ月も過ぎた新聞を読もうとする物好きな者はいない。なので新聞の需要は全くなく、誰も仕入れすらしていないのだ。
生活上、必要な情報は地主や領主からお触れが出されるのでそれで十分だった。
早馬を使えば、仕入れまでの日数は十日ほどになるらしいが、かなりの高値になる。もちろん、誰もそんなことはしない。
村の雑貨屋に新聞が置かれるのは、行商人がたまたま持ってきていた時だけなのである。
「新聞ねえ。確かに村で待ってても買えるのはいつになるかは分からねえな。ドゥーラの町なら一月、二月遅れで店頭には並ぶがそんなもん何で……」
買いたいのか、と聞こうとしてスティーブは、フェリクスは追われた家のことを知りたいのでは、と気づいた。
貴族のスキャンダルは規模によっては大きな記事になる。
「…………実家のことが気になるのか?」
「察しがよいね。うん。私が家を出てから二月は経つ。そろそろ公式な発表もしているだろうし、顛末を知っておきたい」
答えたフェリクスの口調は、家のことが新聞沙汰になるのを微塵も疑っていない。
(やっぱ、元は中央のだいぶ高位な貴族なんだろうなぁ……)
フェリクスの家は世代交代や跡目争いを公式に発表し、それが必ず話題になるくらいの名家なのだろう。地方の弱小貴族の可能性はゼロだ。
「ダメだろうか?」
黙ってしまったスティーブにフェリクスが不安げに瞳を揺らす。
「いや、構わないが……」
さらっと合意しようとしたのに語尾に余計なものが付いてしまった。どうやら自分は町に行くのは未だに抵抗があるらしい。
「構わないが?」
「間違いだ。構わない。だが行っても売られている新聞に目当ての記事が載ってるかは分からないぞ」
フェリクスの追求をスティーブは華麗にかわした。
正直、わざわざ町まで行ってもその時売られている新聞にどんぴしゃでフェリクスの実家のことが載っているとは考えにくい。載っていない可能性の方が高いだろう。
「心得ている。それでも、自分の目で見ておきたいんだ。小さく載っているかもしれないし、まだのようなら載ってから送ってもらう手筈をすればいい」
フェリクスはまっすぐにスティーブを見てきた。
その目が復讐心や怨嗟で燃えていれば「無益なことで自分をすり減らすな」と止めたのだが、青い目は静かに凪いでいる。
馬以外に裏切られたと言っていたが、家門への思い入れは残っているようだ。フェリクスは純粋にただ知りたいらしい。
「うーん」
「金なら用立てられる。元々着ていた服のボタンから剥がした螺鈿があと二枚あるんだ。カフスボタンも手を付けずに取ってある」
「金は……まあ、そうだな。町に行くなら、あるに越したことはないが」
「畑が心配だろうか?」
「畑は……大したもんじゃねえし、町での土産と引き換えに誰かに頼めばいい」
そうやって持ちつ持たれつでやっていっている村だ。スティーブだってよく村人の畑を手伝っている。
(町なあ……)
スティーブは頭をかく。
「何か問題があるのか?」
畳みかけられてスティーブは大きく息を吐いた。いい加減、うじうじするのも潮時だろう。
「……俺はドゥーラの町の騎士団に属していたんだ。引退の時はいい思い出がなくてな。何となく避けてたんだが、十二年経つしな」
己の中で消化はできていると思う。十二年も前のことだし、知り合いに会って気まずいをする、なんてこともないだろう。
(町に行くだけだろ! 怖気づくな!)
スティーブは心の中で自分に発破をかけてから、フェリクスを見返した。
「しょーがねえな。行ってやるよ、ダーリン」
「ありがとう!」
フェリクスの顔がぱあっと輝く。
「せっかく行くんだ。お前、服を買えよ。いつまでも俺の親父のっていうわけにもいかないだろ。寸足らずだしな」
「分かった」
「まずは馬車の手配だなぁ。村長んとこか宿屋で借りねえと」
「馬車? 買うのは服と新聞だけだ。馬で十分では」
「この村では町に行くってのは、ちょっとしたイベントなんだよ。仕事や急ぎでないなら、あれ買ってこい、これ買ってきてくれと煩いんだ。帰りは大荷物になる」
ドゥーラの町までは行くのに半日かかるので泊まりは必須だ。多くの村人からすれば小旅行である。
自給自足に近い村での生活と違い、町での滞在には金が必要になるので、現金収入がない家では行くこと自体が難しかったりもする。
なので村民の誰かが町へ行くとなると、いろいろ用事と買い物を頼むのである。
「たくさん買い物を頼まれるだろうし、せっかく行くなら一週間くらい滞在するか。実家の情報もゆっくり探せよ」
そう言ってしまえば、体の強張りが引いていく。
スティーブは町に行くことが些細なことに思えてきた。やはり時間は確実に傷を癒していたらしい。
(歳もとってみるもんだな)
余裕が出てきたスティーブは、フェリクスが町を気に入るようならフェリクスの職探しをしてみてもいいかもしれないなとも思いつく。
村長はフェリクスを引き留めたがっているし、スティーブもこの同居は心地よいが、金髪のダーリンは田舎の村でくすぶっていていい人物とは思えない。
スティーブだけに披露しているテーブルコーディネートだって勿体ないし、何よりまだ若い。
やはり町で活躍の場を探した方がいいだろう。いろいろな可能性が広がるはずである。
(さりげなく職業斡旋所も覗くか)
そう考えながら、スティーブは町へ行く準備を始めた。




