11.祖父よ、あなたもか
村長のお節介騒動より数日後の夕暮れ時、カンッ、カンッ、と木刀がぶつかり合う音が響く。
音の発生源はスティーブの家の前で、スティーブとフェリクスが打ち合いをしている音である。
初めて手合わせをして以来、二人はこうして数日おきに打ち合いを行なっていた。時間はいつも夕暮れ時の風呂が沸くまでの時間だ。
乾いた音が続き、やがてスティーブの木刀がフェリクスの額すれすれで止められ「参りました」とフェリクスが言う。
すっと木刀が引かれて、フェリクスは姿勢を正して汗で張り付いた前髪をかき上げた。
「ふーっ、全然勝てないな。もうひと勝負、どうだろうか」
息を乱しながらもそう言ったフェリクスにスティーブはげんなりした。
「勘弁してくれよ。七本ぶっつづけだぜ? おじさんはもうスタミナが持たんよ」
勝負には勝ったものの、木刀を字面に突き、そこに体重をかけて休みながらスティーブは返す。
「そろそろ勝てそうなのだよ」
「そりゃお前、四十手前とぴちぴち二十代じゃ体力が違うからな。俺はそろそろ限界だ。へばった俺に勝って嬉しいか?」
「持久戦に持ち込めば勝てるという自信にはなるね」
ニヤリと微笑むダーリン。
「げえー、やらねえよ」
「ここらで勝っておかないと一生難しそうなのだよ……ハニーは私との対戦でどんどん勘を取り戻しているからね。自分でも感じているのだろう?」
「…………まあな」
フェリクスの言う通り、スティーブは己の体の反応が早くなっているのは実感している。
錆びついていた筋肉や感覚が徐々に息を吹き返していくのをひしひしと感じるのだ。いかんせん、中年なので限度はあるが。
「差は開くばかりだ。というわけで勝っておきたい。もう一戦どうだろうか」
憐れっぽく言うフェリクスだが、スティーブはきっぱりと首を横に振った。
へとへとなのである。一日畑仕事をしてからの連続手合わせはキツい。フェリクス相手だと油断はできないので尚更だ。
無言の拒否にフェリクスは「残念だね」と言いながらも引いてくれた。
「ところでハニーは剣術をどこで習ったんだい? それだけ体格に恵まれているのに変わった剣さばきだよね」
「変わった? ああ、女っぽい太刀筋だと言われたことはあるな」
スティーブは相手の剣を滑らせてそのまま自身の勢いにするのだが、これは力で劣る女性の騎士がよく使うやり方だ。スティーブがこれをやると返す刀の威力が女性の比ではないので、相手はとてもやりづらいらしい。
スティーブの長身と筋肉があればそんなまどろっこしいことをしなくても、力技の正攻法で押し切ることもできるがスティーブはいつもこのスタイルである。
身に染み付いてしまっているのもあるし、こちらの方が多人数を相手にする時にやりやすいというのもある。体力も温存できる。
「筋肉が柔らかくないと難しい太刀筋だよね。ハニーの師は、君にとてもしなやかな筋肉があるのを分かっていたのかな? 良い指導者だ。町の剣術道場かなにかの方かい?」
「そんな大したもんじゃねえよ。これは祖父譲りなんだ」
スティーブは祖父のケビンを思い出しながらそう答えた。
小さなスティーブに剣を握らせ、型を教えてくれたのは祖父なのである。
ケビンは厳つい初老の男だった。祖母曰く、スティーブは祖父に似ているらしい。そのせいかケビンの剣術はスティーブにも馴染んだ。
(爺ちゃん、強かったなあ……)
今でもしみじみとそう思う。
子どものスティーブからするとケビンはべらぼうに強かった。こてんぱんに負けてよく悔し涙を流したのだ。
「へえ、お祖父様が」
「ああ、爺ちゃんが俺は体格がいいし、せっかくだから剣でも身につけておけって言ってさ」
懐かしいな、と続けたスティーブだが、そこではたと止まる。
「…………」
こうしてゆっくりと祖父のことを思い出してみると、こんな田舎で祖父の強さは異常だったのではと思ったのだ。
(……爺ちゃんが強いのはガキの頃から当たり前だったから気づかなかったが、あの人、客観的に見てもかなり強かったよな?)
子どもの頃はもちろん大きな体格差があったし、とにかく手強い相手だったが、スティーブは大人になってからも祖父に手こずったのである。
騎士を引退した後も時々手ほどきを受けていて、その時の打ち合いではさすがにスティーブが優位だったが、老齢になって尚ケビンは強く、やっぱり祖父は偉大だと素直に感心していた。
だが、七十を越えていた老人のあの強さと素早さは今にして思えば尋常ではない。
(あれは田舎の狩人が備えてていいレベルじゃなくないか?)
祖父は強いという、幼い頃からの刷り込みがあったのでこれまで違和感はなかったが、冷静に思い出すと変だ。
「爺ちゃん、まさか……」
祖父は名のある剣士か何かだったのだろうか。
(実は婆ちゃんの護衛騎士だったとか?)
祖母が貴族令嬢だったのなら、祖父がその護衛だったりしたのだろうか。
(あり得るな)
おしゃべりな祖母とは違い、寡黙だった祖父。そんな祖父は祖母の斜め後ろで静かに立っていることが多かった。立ち位置は完全に護衛だ。
(じゃあ、爺ちゃんも貴族だった……?)
貴族令嬢の護衛となると平民出身の騎士は考えにくい。どこぞの貴族出身だったに違いない。
「ハニー、どうしたんだい?」
「いや、これまでノーマークだったんだが、もしかして爺ちゃんも貴族だったのかもと」
スティーブはフェリクスに、田舎の狩人だったはずの祖父の剣の強さを語り、祖母の護衛だった説を話した。
「ーーなるほど、お祖父様がお祖母様の護衛だった線はありそうだね」
「マジかぁ、もしかして俺ってそこそこやんごとない血筋か?」
じっと手を見てみるスティーブ。
ひょっとするとここには青き血が流れているのだろうか。
「血はただの血だよ、ハニー」
フェリクスが重々しく言う。
おそらくだが家を追われ、貴族からただの人となったフェリクスが言うと、その言葉は真に迫っていた。
スティーブは己の手から顔を上げる。
「まあなー、てか、そうなると俺より母ちゃんだよな。世が世ならお嬢様だったなあ」
今度はのんびりした母を思い浮かべる。やたらとのんびりしている母はお嬢様っぽくはあるが、青き血という感じはしない。
そして、仮に母が貴族のお嬢様として暮らしていたとしてそれは幸せだっただろうか。
父と母は恋愛結婚である。
最近は貴族も恋愛結婚が流行りらしいが、もしかしたら父との結婚は難しかったかもしれない。
そうすると、スティーブは生まれてもこなかった。
(母ちゃんはともかく、俺に流れる血がどうこうはないな)
スティーブはそう納得する。
「確かに血はただの血だな。風呂入って、飯にしよう」
スティーブはフェリクスにそう返し、木刀を片付けた。




