八年後 11
「…ちょっと待って。双葉、お前いま、『工藤さんの誕生日には必ず「世界一クラブ」を読んでいる』って言ったよな?お前も、工藤さんの誕生日知ってたのか?」
鶴川は目を大きく見開いて訊いた。
「え、ええ…。部室でわたくしと工藤さんの二人きりになったときがあったのですわ。そのとき、『双葉さんて誕生日いつですか?』と出し抜けに訊かれて、教えて差し上げたのです。それで、わたくしも工藤さんに訊いて、教えて頂いたのですわ。そのときはわたくしの誕生日も工藤さんの誕生日も過ぎていたので、結局プレゼントのやり取りなどは、する機会が無かったのですわ」
そんなことがあったのか…と鶴川は思った。未希は双葉に懐いていたから、誕生日が過ぎていなければ何か贈ろうと考えていたのだろう。
「双葉、お前…もし工藤さんと再会することが出来て、六月が来たら…工藤さんに何か贈るか?」
「鶴川部長…愚問でございますわ。そのようなことは、訊くまでもないことでございますわ!贈るに決まっているでしょう?手渡して、抱きしめて、工藤さんの、あの可愛い笑顔をもう一度見ることが出来たら…あの声を聞くことが出来たら…わたくしは…わたくしは…」
双葉は溢れる涙を止めることが出来なかった。
「双葉。俺も全く同じ気持ちだ。俺はずっと、ずっと、工藤さんを想い続けてきた。だからこそ、お前が今言った言葉の意味がよく分かる。お前の気持ちがよく分かる。一人の人をずっと想い続けていると、最終的には、そこに行き着くんだ。付き合いたいとか、ずっと一緒にいたいとか、そんな贅沢なことは考えなくなるんだ。ひと目でいい、一瞬でもいい、もう一度だけでも…会ってこの目であの笑顔を見て、あの声を聞きたい…そう思うようになるんだよな。あの声をもう一度聞くことが出来たら、他には何もいらない、死んでもいい、って…」
鶴川はそう言って、目を閉じた。そのとき鶴川が見ていたのは、心の中に浮かんだあの頃の未希の姿だった。鶴川がノートに描いた『世界一クラブ』の五井すみれの絵を見て、無邪気に喜ぶ未希の笑顔だった。
鶴川は目を開いて、泣き腫らした双葉の目を見た。
「だけど双葉、俺達はただ泣いて、暗い顔をして生きていたらダメだよ。本当に工藤さんの…未希のことが大好きなのであれば、今、自分に出来ることを考えて、最善を尽くさないとダメだ。双葉、俺達はどんなときでも未希のことを信じてる。そしてもうひとつ、俺達が心の底から信じているものがあるだろう?俺も、双葉も、冬真も、そして未希も信じているものが。そう、それは物語の力、詩の力…言葉の力だよ。だから双葉、俺は物語を書き続ける。誰かを好きになると、大好きであればあるほど、会えない現実は重く、辛いものになる。胸が張り裂けそうになる。だけど、その辛さは種なんだ。言の葉をうみだす種なんだよ。俺達は『国語クラブ』のメンバーだろ?その俺達が言葉の力を信じなくて、誰が信じるんだよ。物語を書こうぜ、双葉。あの頃、『名探偵・暗智大五郎』を書いたお前なら、きっと書けるはずだ。どんな辛い現実も、笑い飛ばして、泣かせて、素敵な宝物に変えてしまう、そんな魔法みたいな物語を、もう一度書いてみようぜ、双葉!」
双葉は鶴川の言葉を聞きながら泣いていた。そして鶴川もまた、泣いていた。
「鶴川部長…あなたって人は…何年経っても、相変わらず『国語クラブ』の部長なのですわね…もうっ!」
双葉は泣きながら笑っていた。鶴川も、冬真も笑っていた。




