八年後 10
翌日、鶴川マサキは大学の講義を受けている最中に、ラインのメッセージを受信した。送信したのは阿川冬真であった。
冬真『今日、何限目まで?』
マサキ『三限目までだよ』
冬真『じゃあ二時五十分までだよね?三時くらいに一号館の前に来て』
マサキ『分かった』
三限目が終わったあと、言われた通り一号館の前に行った鶴川は、驚いた。阿川冬真の横に立っていたのは、小山双葉だった。
「ふ…双葉!双葉じゃん!久しぶり!元気だった?」
鶴川は目を丸くして興奮気味に尋ねた。
「オーッホッホッ!わたくしが元気無いはずはございませんでしょう?常に元気でございますわッ!物理法則も精神医学の法則もフーコーの振り子の原理も、わたくしには関係ございませんわッ!オーッホッホッホッホッ!」
相変わらず言っていることは意味不明だったが、鶴川にとってはその意味不明っぷりがとても懐かしく、嬉しかった。
「学秀院の国文科に行ってるんでしょ?それ聞いたとき、めちゃくちゃ嬉しかったよ〜!」
「オーッホッホッホッ!国語クラブで育んだ国語への想いと、国語クラブでの思い出は永遠なのですわッ!どんなにお金を出しても買うことが出来ない、わたくしの宝物なのですわッ!」
「双葉…!」
鶴川は双葉の言葉が嬉しくて、思わず涙ぐんだ。そうだ、みんなで過ごしたあの日々は、確かに俺達の中で今も輝いている。俺達を照らし続けている。鶴川はそう思った。
「ていうか、わざわざウチの大学まで来てくれたんだね?ありがとう!」
「ボクは『マサキと二人で目白まで行くよ?』ってラインで言ったんだけど、『他の大学に行く機会があんまり無いから行ってみたい』って小山さんが言ってね。それで『じゃあマサキを驚かそうか』ってことになったんだ」
阿川の説明を聞いた鶴川は「双葉、今日は平日だけど、大学は休講か何かだったの?」と訊いた。
「講義は午前中だけで、午後はフリーだったのですわッ!」
「なるほどね!そういうことだったのか。あ~、驚いた〜!まさか、双葉がいるとはね!」
鶴川と阿川は双葉に請われて、大学内の主要な見所に彼女を案内して回った。それが終わると三人は二号館の前にあるベンチに座り、国語クラブでの思い出などを語り合った。双葉も鶴川と同じように、未希と再会したいという強い想いを持っていることが分かった。
それから三人は近くにある洋食店に移動し、お互いの近況を報告し合った。鶴川は、再会への願いを込めて、未希をヒロインにした小説を書いていることを双葉に話した。
「鶴川部長…あなた、あのとき国語クラブの部室で工藤さんに誓ったことを、実行していらっしゃるのですね…。工藤さんにまたお会いしたいという気持ちは、わたくしも全く同じですわ…」
双葉はハンカチで涙を拭いながら言った。
「うん。その、俺が誓った場面もちゃんと小説の中に書いたよ。双葉が書いた、奇想天外な小説のことも書いたし!俺ね、今でも大切に持ってるよ。双葉が研究発表でみんなに配った自作小説のコピー。もちろん、工藤さんが書いた小説のコピーもね。どちらも、たまに読み返してるよ。小説って本当に凄いよね。読むと、あのときの空気が蘇ってくるというか…国語クラブの部室にいるような気持ちになるんだ」
鶴川がそう言うと、双葉は頷いた。
「まさにそれが、小説の力…詩も含めて、文学の力というものですわ。わたくし、工藤さんの誕生日には必ず、工藤さんのことを思い出しながら一人で静かに『世界一クラブ』を読んでおりますのよ…」
双葉の目から、ひと雫の涙が流れ落ちた。それはきらりと光って頬で一瞬止まり、それからするすると再び顎の方へ落ちていった。
「俺があのとき、工藤さんのライン交換の申し出を断ったりしなければ、双葉が泣くこともなかったんだ。本当にすまない、双葉。俺が全部悪いんだ。双葉…これは俺自身がいつも自分に言い聞かせていることだけど、いつかきっとまた、会えるよ。それを信じて、前を向いて生きていこう。な?俺達に出来ることは、それしか無いんだ」
鶴川の言葉に、双葉はハンカチで涙を拭いながら頷いた。




