八年後 4
「僕はね、初めて『ガメラ3』のイリスを見たときは、『これ、ちょっとデザインが子供っぽくないか?もうちょっと地味にして、古代生物っぽくした方が良かったんじゃないか?』と思ったんですよ。でもね、何度も観ているうちに、だんだんイリスの美しさを深く感じるようになっていったんですよ。あの幻想的な美しさって、谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』の中で述べていた…」
鶴川は『ムフフ。これで確実に嫌われるだろ』と思いながら語っていたが、語っている途中で『ちょっと待てよ。この人さっき、「ゴジラ大好きなんですぅ〜」とか言ってたよな?俺は特に怪獣マニアというわけじゃないが、怪獣マニアだと思われたらかえって好かれてしまう可能性あるんじゃないか?』と気づいた。そこで鶴川は語りの最後を、
「…そんなわけで、僕はガメラが結構好きなんですけど、他の怪獣映画は全く観ないんです。ゴジラも観たことないですね。『ゴジラVSビオランテ』も観ていないんですよ」
という嘘で締めくくった。実際にはガメラだけでなく、ゴジラ映画も観たことはあった。もちろん嘘をつくのはとても悪いことだが、この場合は徳永さんを守るための嘘でもあるのだから、許されるはずだと鶴川は考えた。
「え〜!そうなんですかぁ〜?鶴川君ってガメラに一途なんですね!一途な男の人って、最高じゃないですか!」
うわ、ヤバい。なんでそうなる?鶴川は内心で頭を抱えた。これは、どうにかしなければ。
「いやぁ〜、ハハハ!僕はね、ガメラみたいな亀に対しては一途なんですよ。『鶴は千年、亀は万年』って言うでしょ?僕は名前が鶴川なんで、鶴と亀だけは大事にしているんです。人間の女性に対しては…きっと一途じゃないだろうな。それこそ千年、万年、浮気ばっかりしますよ。アハハハ!」
鶴川は自分でも何を言っているのか全く意味不明だったが、むしろその方が好都合だと考えた。
「もう、ヤダぁ〜!鶴川君って面白〜い!」
えっ、なんでそうなる。鶴川は焦った。とりあえず難を逃れるために、「おれ、ちょっとトイレ!」と言って、一人でトイレに向かった。
鶴川はトイレの洗面台の上に設置された鏡に映った自分と目を合わせて、ため息をついた。『はぁ…一体何をやっているんだ、俺は…。こんなことをするために生きているんじゃないぞ、俺は』鶴川はそう思いながら、未希の姿を思い浮かべた。未希と話しているときの俺は、さっきみたいな嘘だらけの俺とは全く違っていた。未希の目を見ただけで俺の心はドキドキして、未希の無邪気な世界に一瞬で引き込まれて、まるで二人しかいない世界に連れて行かれたように楽しかった。作為的なことなんて、何も無かった。あんな風に話せる相手は、世界中どこを探しても、絶対に未希しかいない。それが分かっていたから俺は、こういう飲み会には参加しないことにしていたんだ。その姿勢を貫くべきだった…。鶴川は、これ以上考えると飲み会の席に戻れないようなテンションになってしまうと思った。『とにかく今日は、頑張って乗り切ろう。岩瀬に迷惑をかけるわけにはいかない』そう自分に言い聞かせて自分の両頬をパチンと叩き、飲みの席に戻った。




