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八年後 3

 鶴川がそんなことを考え、決意するまでの間にも、注文した料理や飲み物は次々と運ばれてきていた。岩瀬の提案で、一人ずつ簡単に自己紹介をした。鶴川は食が細く、酒も弱かった。そもそも食へのこだわりが普通の人よりもかなり低い人間なので、テーブルに料理が並べられても特にテンションが上がることもなく、「まさに飽食の時代だな。ここにあるのは、物質的な豊かさだけじゃないか。『杜子春』で言うと、話の中盤あたりだな。今までは道で会っても挨拶すらしなかった連中が、杜子春が金持ちになったとたんに家に足繁く通うようになって、連日酒盛りをやるあたりだ。欲で集まってきただけの連中の、愚かな酒盛りそのものだ、これは!」と心の中で叫んだが、よく考えてみたら自分も「初版の『春琴抄』がもらえる」という理由で参加したわけで、「ちょっと待て!この大学生達は『素敵な人に出会いたい』と純粋に思っている可能性もあるわけだから、むしろ純粋に『欲だけ』なのは、俺の方ではないか!」と、死んでも認めたくない真実に直面してしまった。「俺は何のために小学生の頃から芥川を読んできたんだっ…ごめんなさい、芥川先生っ」内心で芥川龍之介に謝罪しながら泣きたい気持ちになっていた鶴川は、ほとんどやけくその心境で焼き鳥を口に運んだ。すると、鶴川の右隣にいた女子大生が話しかけてきた。

「あの…岩瀬君から聞いたんですけど、鶴川君って本がすごく好きなんですか?私も読書と映画鑑賞が趣味なんです」

 鶴川は急に話しかけられて動揺した。

「あ、はい。僕も映画、好きですよ」

 答えながら、これはまずい話の流れになりそうだな、と鶴川は思った。おそらく次の質問は『好きな映画は、何ですか?』とかだろう。俺は本もそうだが、昔のやつが好きなので、話が合わない可能性が高い。しかし、そこまで考えて鶴川は『いや、まてよ…』と思った。そもそも、話が合う方が面倒なことになるだろ。へたに盛り上がったりしたら、後でライン交換しましょうとか言われるに決まってる。そうなったらもう、断るのは不自然過ぎて、断れない。交換したら、そのうちメッセージが送られてくる。無視するわけにもいかず、返信する…しかし俺は未希以外の女性と仲良くなるつもりは無いわけだから、俺にとっても相手にとっても、完全に時間の無駄になる。『別に女友達くらい、いてもいいじゃないか』と言う人もいるかも知れないが、俺は嫌なんだ。そのような事態を避けるためには、むしろ話は合わない方がいい。合わなくするのは簡単だ。素の俺を出して全て正直に話せば、『なんか趣味が合わない…この人』と思ってくれるだろう。もちろんそのような考えで会話をすること自体が失礼なのだが、その点はもう、仕方が無い。とにかく出来る限り礼節を尽くしつつ、同時に「絶対に仲良くならない」という高度なテクニックが必要だ。つまり、「なるべく楽しい時間を過ごしてもらいながら、絶対に仲良くはならず、適度に嫌われる」これが今日の課題だ。これは、かなり難しい課題だ…やはり、そう簡単には『春琴抄』の初版本は手に入らないということか…鶴川はそう思い、いつもの十倍の量の宿題を出された小学生のような顔をして、さっき徳永響子と自己紹介した女子大生の次の質問に備えた。

「私は是枝裕和監督の『怪物』とか好きなんですけど、鶴川君はどんな映画が好きですか?」

 そう来たか…。『怪物』は俺も観たが、正直それほど好みではなかった。それはどっちでもいいとして、あれが好きってことは、俺が好きな一九六一年の『ゼロの焦点』を挙げた場合、食いついてしまう可能性がありそうだな…不穏な雰囲気とか、共通点はある。しかしまあ、大丈夫だろう。俺は好きな映画について語り出すと止まらなくなるので、心配しなくても無事、嫌われるはずだ。鶴川はそう考え、自信を持って語り始めた。

「僕は一九六一年の『ゼロの焦点』が好きです。久我美子、高千穂ひづる、有馬稲子の三人が本当に最高なんですよ。久我美子さんの慎ましやかな佇まい、有馬稲子さんの天真爛漫な可愛らしさ、高千穂ひづるさんの圧倒的な存在感。この三人が揃ったのは奇跡ですね。ちなみに久我美子さんは一九八九年の映画『ゴジラVSビオランテ』にも出演されていて…」

 鶴川がそこまで語ったところで、岩瀬が「また始まったよ。おい、鶴川。お前の話はすぐ長くなるんだから、もっとコンパクトにまとめて発言しろよ」とたしなめた。鶴川は『何言ってんだ、まとめたら楽しく盛り上がっちゃうじゃないか』と内心で反論した。

「あ!私、ゴジラ大好きなんですぅ〜」

 徳永響子は岩瀬の横槍(よこやり)を無視するかのように言った。間髪入れずに鶴川は

「僕は断然、ガメラ派です。平成ガメラ三部作は最高ですね。特に3!回転しながら渋谷に飛んできて着陸するんですよ?『トゥルー・ライズ』に出てくるハリアーみたいに垂直離着陸するんです。無茶苦茶、格好いいんです。ハリアーは回転しませんけど、ガメラは回転しながら離陸するのです」と、わざと空気を読まずにゴジラ派女子大生にガメラをぶつけた。鶴川は、徳永響子の顔が一瞬引きつったのを見逃さなかった。よし!このままガメラの話を三十分は続けよう!鶴川君はそう思った。鶴川がガメラ派なのは事実であったが、特に怪獣映画マニアというわけでは無かった。しかし今は、そう思わせた方がいい。徳永さんに、無駄な時間の浪費をさせないためでもあるんだ!ごめんなさい、徳永さん!…鶴川は心の中で謝罪した。

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