八年後 2
冬真と食事をした三日後、鶴川は大学生の男女八人が集まる飲み会に参加するため、大学から歩いて行ける高田馬場駅から電車に乗り新宿駅に向かっていた。鶴川を飲み会に誘ったのは別の大学に通う岩瀬健人だった。賢明なる読者の皆さんは既に察しておられると思うが、鶴川は飲み会の誘いは断るのを常としている人間だった。会話というのは参加人数が増えれば増えるほど、薄っぺらい内容になるというのが鶴川の持論だった。つまり参加人数と内容の濃度は反比例するというわけだ。まして男女が見え透いた下心を抱えて寄り集まる合コンなど論外であると考えていた。そもそも未希以外の女性を好きになる可能性がゼロなのに合コンに参加するのは、相手の女性達に対しても失礼だろう。しょうもない下心を抱えているというのは、合コンの厳格なる参加条件であると言ってもいい。そう考えた鶴川は「俺がそんなものに参加するわけないでしょ」と言って断ったのだが、岩瀬は「数合わせなんだよ!一生のお願いだ!頼む!」と合掌しながら頭を下げて懇願してきた。何が数合わせだよ。心底くだらない、反吐が出るほど軽薄だと鶴川は思ったが、岩瀬が「頼む!もし参加してくれたら、俺の爺ちゃんの遺品である『春琴抄』の初版本をやるから!うちの家族、誰も興味無いから!」と言い出したときに、コンマ一秒で「はいっ!是非、参加させて頂きます!よろしくお願い致します!」と即答し、直角に腰を曲げてお辞儀をして参加が決まった。誰も興味が無い家に置かれている『春琴抄』の初版本が、気の毒過ぎる。そのうち古雑誌と一緒に間違えてゴミに出されたら大変だ。俺が救出してあげなければ!岩瀬には後日、何か追加でお礼の品を贈ろう。いくら何でも合コンに参加しただけで頂戴するのは、申し訳無さ過ぎる。鶴川はそう考えた。
新宿駅に着いて東口から外に出ると、遠くに岩瀬の姿が見えた。周りには参加者と思われる男女もいる。鶴川は歩み寄って、まず岩瀬に「よう!みんな早いね」と声をかけた。まだ、待ち合わせた時間にはなっていなかった。それから「鶴川です、今日はよろしくお願いします」と、初対面の大学生達に挨拶をした。
居酒屋に到着し、八人の大学生はテーブルを囲んで着席した。鶴川は注文用のタブレット端末とは別に置かれている紙のメニュー表を手に取り眺めていた。様々なメニュー写真の中に、たこ焼きがあった。「たこ焼きを見ると、双葉を思い出すなぁ。あいつ、今は何をしているんだろう。高校の卒業式で会ったのが最後だが」成淵学院は小中高の一貫校で、大学は無い。だから基本的に大学はそれぞれ別の大学に進むことになる。鶴川が阿川と同じ大学に進んだのは、申し合わせたわけではなく、それぞれが真剣に進路を検討した結果、たまたま同じ大学を志望し、受験し、合格した結果であった。
「マサキ、お前何か食べたいもの、あるか?」
岩瀬にそう訊かれた鶴川は、「焼き鳥…」と答えた。たこ焼きは鶴川にとって、国語クラブの部室で未希や双葉と一緒に食べた思い出深いものだった。見ると胸が少し苦しくなってしまう。だから避けた。そんな鶴川の心の機微など岩瀬健人が知るわけもなく、
「マサキ!焼き鳥を選ぶとは、さすがハイセンスだな!この焼き鳥の原材料はドードー鳥じゃないから、安心してくれ。タレにする?塩にする?」
と、呑気に笑顔で訊いた。鶴川は「あぁ…もう、嫌だ。こんな飲み会!俺が話したいのは地上に舞い降りた天使こと、未希だけなのにぃ〜!」と心底思ったが、「しかし、これも『春琴抄』の初版本を手に入れるためだ!」と思い直し、物欲だけでこの地獄の合コンを乗り切ることを固く決意した。




