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決勝戦の前に

ピンポーン!

 成淵学院初等部の小山・工藤ペアの決勝進出を告げる正解音が鳴り響いた。答えた未希に双葉が抱きついたが、未希は頭の中が真っ白になっている様子で、二秒ほどは真顔で固まったまま、動かなかった。その二秒間はおそらく周囲の歓声も聞こえていなかっただろう。未希はハッと我に返り、横を向いて双葉に抱きついた。

「成淵学院初等部の小山さん・工藤さんペア、決勝進出決定です。おめでとうございます!」

 読み上げ係の新島君が祝辞を述べた。

 そのあと準決勝の残りの二試合も行われ、決勝で戦う三つのペアが全て決まった。わが成淵学院初等部の小山・工藤ペア、一回戦で俺と冬真のペアを破った早稲山実業初等部の坂本・及川ペア、紫電学院初等部の秋山・鈴木ペアの三組だった。

 決勝戦が始まるまで、また短い休憩時間が設けられていた。俺は未希と双葉に「いよいよ次は決勝だね。青木先生が前に言っていたように、学校の名前とか名誉を背負って戦う必要は無いからね。楽しむことだけ考えて、頑張ってね」と言った。

 国語王決定戦の試合を観覧して興奮し、冬真と盛り上がったりもしていたが、正直なところ、俺の心の奥底には別の想いもあった。それはつまり、『当たり前だけど、これは国語の本質では無いな』ということだ。知識を競い合うことが、国語の本質であるわけがない。

 未希が正解したら、もちろん俺も嬉しい。でも、俺が一番好きな未希は、クイズ大会で正解している未希じゃない。『知識を身につけたい』とか『大会で勝ちたい』とか、そんなことは全く考えずに、ただ大好きな『世界一クラブ』を読んで、「すみれちゃんの絵、描いてよ!」と無邪気に言ってくる未希。それが、俺が一番大好きな未希なんだ。それだけは絶対に間違いない。だから俺は、『こんな知識自慢みたいな大会に未希や双葉、冬真を参加させたのは、間違いだったかも知れないな。青木先生が提案してきたときに、反対するべきだったのかも』という気持ちと、『いや、みんなでひとつの目標に向かって努力すること自体は、悪いことじゃない。これで良かったんだ』という気持ちに、板挟みにされていた。

 少し外の空気を吸いたくなったので、体育館の外に出て、青空を眺めながら深呼吸をした。とても気持ちが良かった。しばらくすると、未希が一人で俺のところにやってきた。

「鶴川君!」

 未希は、他の部員達と一緒にいるときは俺のことを『部長』と呼んだり『鶴川君』と呼んだりするが、二人きりでいるときは絶対に『鶴川君』と呼んでくれる。そんな、他の人から見たらおそらく些細に見えることでも、俺にとってはすごく嬉しいことだった。

「工藤さん!どうしたの?」

「何かさっき、少し浮かない顔をしているように見えたから、気になっちゃった」

 未希の表情は笑顔だったが、それは俺のことをとても気にかけてくれている笑顔だった。俺は、この人には隠し事は出来ないなと思った。

「…なんかさ、俺、この大会にみんなを参加させたこと、本当に正しかったのかどうか、確信が持てなくて…。もちろん、工藤さんが国語クラブや俺のために必死に努力してくれたことに対しては本当に感謝しているし、嬉しいと思ってるよ。でも、俺が一番好きなのは、工藤さんと『世界一クラブ』のキャラクターの絵を描いたりして過ごす時間とか、『世界一クラブ』を読んで幸せそうな顔をしている工藤さんなんだよ。だから、こんな大会に参加させちゃって、なんだか申し訳ないなっていう気持ちになっちゃってさ…。この大会と、『世界一クラブ』を読んでいる工藤さん、国語の本質がどっちにあるのかと言ったら、絶対に後者だよ」

 未希は黙って俺の話を聴いていた。そして俺が話し終わると、笑顔でこう言った。

「言いたいことは分かるよ?でも、別に私も双葉さんも阿川君も、鶴川君や青木先生に無理矢理参加させられたわけじゃないよ。自分の意思で決めたことだよ。私も、『読んだことの無い本のタイトルまで覚えて、何の意味があるのかな』とは思ったけど、『へえ〜、こういう本があるんだ?いつか読んでみようかな』とは思ったよ?それだけでも、少しは意味あるんじゃない?何より私は、大好きな双葉さんと一緒に試合に出たり、鶴川君や冬真君に応援してもらって、すごく幸せだし楽しいよ?だから鶴川君、そんなこと全然、気にしなくていいよ!」

 未希の考えを聞きながら、やっぱりこの人は凄いなと俺は思った。決勝直前に俺のネガティブな意見をいきなり聞かされて、怒っても不思議じゃない状況なのに、冷静に意見を述べてくれた。

「分かった。大切な決勝の直前にこんな話をしちゃって、本当にごめん。俺、冬真と一緒に全力で応援する」

 俺の言葉を聞いた未希は晴れやかな笑顔を見せて、「うん!頼んだよ!?鶴川部長!」と、おどけて言った。

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