優しい闘志
「なあ、冬真。大丈夫だよな?あの二人なら、大丈夫だよな?」
俺は高揚と不安が入り交ざった状態で冬真に言った。
「うん、大丈夫。それに、一番大切なのは勝つことじゃない。正々堂々、全力を尽くして戦い切ることだよ」
冬真の返答に俺は頷いた。
「問題!これから読み上げる一文は、ある文学作品の冒頭の一文です。その作品名を答えなさい」
俺は解答者のような気持ちで、耳を澄ませた。
「あづま路の道のはてよりも、」
バシッ!
ボタンを押したのは鷲山君と未希だった。二人とも、競技かるたの選手のような凄まじい速さでボタンを押した。光ったのは、未希のボタンだった。
未希はゆっくりと顔をマイクに近づけ、答えた。
「更級日記」
ピンポーン!
未希と双葉の顔が同時に、喜びに溢れた笑顔に変わる。二人は立ち上がって抱き合い、飛び跳ねていた。俺は二人が勝ち抜けたことよりも、二人の人生の中に、かけがえのない宝物のような時間が今、確かに刻まれたという事実が嬉しかった。その時間の輝きは、これから先も二人を照らし、導き、守ってくれるだろう。
その後、AブロックとBブロックの二回戦が全て終わり、準決勝に進出する六組のペアが下記のように決定した。
Aブロック
成淵学院初等部(小山・工藤)
作針学舎初等部(橋本・市川)
紫電学院初等部(清水・戸川)
Bブロック
早稲山実業初等部(坂本・及川)
極東亜学院初等部(宇津木・齋藤)
紫電学院初等部(秋山・鈴木)
準決勝では成淵と作針、紫電の清水・戸川ペアと早稲山、極東亜と紫電の秋山・鈴木ペアがそれぞれ対戦することになった。
「紫電は二組のペアが両方、準決勝進出かよ…強過ぎるな。とりあえず双葉と工藤さんが次、対戦するのが紫電じゃなくて良かった」
俺がそう言うと、冬真は「部長、作針だって絶対、手強い相手だよ。油断は禁物だよ」とたしなめた。確かに冬真の言う通りだ。作針は早稲山のペアを倒して上がってきているわけだし。
準決勝が始まるまで少し休憩時間が設けられていたので、俺と冬真は未希と双葉のところに行って、声をかけた。
「二人とも、最高だったよ!めっちゃ格好良かった!」
俺がそう言うと、未希は「えへへ…でしょ?だって、頑張ったもん!」と照れ笑いを浮かべた。双葉は「オーッホッホッ!当然ですわよッ!このまま優勝させて頂きますわッ!」と声高らかに宣言した。
俺と冬真が敗北を喫した早稲山の坂本・及川ペアが勝ち抜けたことはもちろん双葉も未希もしっかり認識していたと思うが、二人ともそのことには触れなかった。もし二人が決勝に進み坂本・及川ペアを倒したら、リベンジ、もといアベンジということになるが、「倒したぞ、どうだ、まいったか!」と言うために俺達は戦っているわけじゃない。互いに何も言わなくても、そういう認識を共有していると俺は確信していた。その共通認識のもとで、俺達は団結していた。だからこそ、誰も「坂本君と及川さんが勝ち抜けたね」とは言わなかったのだ。俺は、このメンバーのそういうところが大好きだった。燃えるような闘志はあるが、それは優しくて澄み切った闘志なんだ。




