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律己館小学校戦 1

 二回戦、つまりトーナメント表の二段目で未希と双葉が戦うのは、律己館(りっきかん)小学校の鷲山隆則(わしやまたかのり)君と小笠原穂乃果(おがさわらほのか)さんのペアだった。鷲山君は朝、到着したときに挨拶をした色白の眼鏡男子だ。俺は彼の言動から誠実そうな印象を受けていたので、俺は未希と双葉の対戦相手が彼のペアで良かったと思った。小笠原さんの方は、鷲山君とは対照的に日焼けしていて、やや長めの髪を結んで左肩から前に下ろしていた。俺は『文芸部というより陸上部とかにいそうな、格好いい人だな』と思った。

「それでは、二回戦を始めたいと思います。私は、読み上げ係を務めさせて頂きます、作針学舎初等部の森山です。成淵学院初等部の小山さん、工藤さん、律己館小学校の鷲山君、小笠原さん、よろしくお願い致します」

 森山さんはそう言って、問題が書かれた机上の紙に視線を落とした。未希と双葉は、これまで見たことが無いほど気合が入った表情をしていた。一回戦のときのような緊張した様子は無く、ただただ闘志を燃やしているという感じだった。俺は未希の、「二人の分も戦って、必ず勝ち上がってみせるから!」という言葉を思い出していた。自分以外の誰かのために必死になったとき、人は緊張から解放されるのかも知れない。

「問題!これから読む文を書いた人物の名前を答えなさい。『一番無雑作(むぞうさ)でかつ可笑(おか)しいと思ったのは、何ぞというと、手の(あか)や鼻糞を丸めて丸薬を作って、それを人に()る道楽のある仙人であったが、今ではその名を忘れてしまった』」

 俺は『漱石の随筆作品にあったな…これ』と思った。内容や文体から言っても推測しやすい問題だったので、四人の手が同時に反応してボタンに向かった。未希は双葉の手の動きを見てとっさに手を引いたが、鷲山君と小笠原さんの手はボタンの上で重なり合った。光ったのは、双葉が押したボタンだった。

「夏目漱石」

 双葉は正解を確信している表情だった。

 ピンポーン!正解だった。未希が喜んで双葉に抱きついている。双葉も、妹のように可愛がっている未希が喜んでくれて、最高に幸せそうな顔をしている。律己館の二人も正解は分かっていたようで、とても悔しそうな表情を見せた。俺は横にいる冬真に「あの文、何ていう作品だっけ?『硝子戸(がらすど)(うち)』じゃないのは分かるんだけど」と訊いた。冬真は「『思い出す事など』だね」と教えてくれた。

「問題!平仮名で表記したときに、二文字になる連体詞を七つ、挙げなさい」

 俺も、解答者の四人と同時に考え始めた。まず、「この」「その」「あの」「どの」の四つは、「こそあど言葉」なので、ひとつ思い浮かべば全て浮かぶ。問題は、あとの三つだな。

 バシッ!

 ボタンを押したのは鷲山君だった。

「『この』『その』『あの』『どの』『(こん)』『(らい)』『(さく)』!」

 ああ、それだ!スポーツなんかで、『今シーズンの成績』とか言うときの、『(こん)』ね!あれは活用が無くて名詞を修飾するから連体詞なんだよな。

 ピンポーン!正解の音が響いた。未希と双葉は表情を崩していない。落ち着いている。よし、大丈夫だ。頑張れ!

「問題!タイトルに、片仮名、平仮名、漢字が全て含まれている散文の小説作品を作者名とともに三つ、挙げなさい」

 四人のうち、二人の手がボタンに向かった。未希と小笠原さんだ!光ったのは…未希のボタンだった!未希は、一度呼吸を整えてから慎重に答えた。

「有島武郎『カインの末裔(まつえい)』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、大江健三郎『空の怪物アグイー』」

 ピンポーン!正解の音が鳴った次の瞬間、未希は俺の方を見てニヤリと微笑んだ。俺は以前、休み時間に未希と雑談していたときに、「俺が今までに読んできた全ての文学作品の中で、一番好きな作品を決めろと言われたら、それはとても難しい。でも、一番好きな作品を三つ選ぶとしたら、『空の怪物アグイー』は絶対入る」と話したことがあった。未希は、それを覚えていてくれたんだ。今のニヤリは、「私、ちゃんと覚えてるんだからね?」という意味だろう。…ありがとう、未希。ありがとう…!

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