早稲山実業戦 1
俺は今までの人生で、まあまだ短い人生なのだが、とにかく今までの人生では一番というくらい緊張して解答席に座った。解答席の椅子は入学式などで用いられる折り畳み式のスチールパイプの椅子で、座面と背もたれに薄いクッションが付いていた。教室にある椅子よりは多少、座り心地が良い。
観覧席には二百人以上の観覧者がいた。日曜日なので、両親が揃って応援に来ている参加者も多かった。また、それぞれの参加者の友人なども応援をしに来ていたので、かなりの人数が集まっていたのだ。観覧用の椅子は金曜日の放課後に、俺達四人と、青木先生、あとは青木先生が声をかけてお願いした生徒五人の、合計十人で並べた。その五人には青木先生が焼き肉をおごったらしい。俺も食べたかったが、更に青木先生の自腹負担を増やしたら可哀想なので、納得することにした。
俺の母親と姉も「もしかしたら行くかも」と言っていたので観覧席を見回して探したら、俺から見て右側の、前から三列目にいた。二人は俺を見て笑顔で手を振ったので、『ちょっと恥ずかしいな』と思いながら、俺も小さく手を振った。観覧席とは別の、解答席の横の方では未希と双葉が俺達を笑顔で見守っていた。未希が「部長〜!ファイト〜!」と声援を送ってくれた。声援まで可愛過ぎる。『黄色い声』なんていうレベルではなく、『虹色に輝く声』だ。双葉も「Go for it!ですわよッ!」と俺達に向かって叫んだ。声援まで個性的だな、双葉よ…。
「それでは、Bブロックの一回戦を始めたいと思います。私は読み上げ係を務めさせて頂きます、紫電学院初等部の神田です。よろしくお願いします」
俺は緊張しながら、『うわ、あの女の子、紫電学院初等部かよ!確かに頭良さそうな顔してるわ…』などと考えていた。ちらりと横を見ると、早稲山実業初等部の二人は、重要な会議に臨むエリート会社員のような雰囲気を漂わせている。あいつら本当に小学生か?と言いたくなる。
俺は深く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。そして神田さんに視線を向けた。
「問題!これから、ひとつの文を極端にゆっくり読みますので、よく聴いて下さい。その一文に含まれていない唯一の品詞を、お答え下さい。それでは、読みます。『しかし、私は、あんな卑怯で汚いこと、ぜったい、したくない。』」
一文の読み上げが終わった瞬間、冬真が電光石火の速さでボタンを押した。あまりの気迫と迫力に、隣にいた俺はビクッと身体を後ろに引いてしまったほどだった。
「感動詞!」
冬真が、設置されたマイクに少し顔を近づけて、はっきりと答えた。
ピンポーン!音が鳴り響いた。正解だ!俺は「やったな!」と言って、自分の肩を冬真の肩にポンと当てた。冬真は前を見据えたまま小さく頷き、少し微笑んだ。そして真剣な顔に戻り、小さな声で「部長、絶対勝とう。ボクは絶対に勝ちたい」と言った。俺は「ああ、俺もだ」と返答した。
「問題!文学作品を五十音順に並べたとき、ヴィクトル・ユーゴーの『ああ無常』よりも前に来る作品を、作者名とともにひとつ、挙げなさい」
俺はすぐにボタンを押した。
「『ア、秋』。太宰治」
ピンポーン!正解の音が鳴る。冬真が「部長、太宰は好きじゃないって言ってたよね?勝つために仕方なく答えたでしょ?」と言ってニヤリと笑った。俺は「まったく…お前は何でもお見通しだな」と答えて微笑んだ。
あまり嬉しい正解ではなかったが、とにかく早稲山実業に対して二ポイントリードした。




