熾烈な戦い 1
未希の正解により、わが成淵学院初等部の小山・工藤ペアは一ポイントを獲得した。求是学舎初等部の中嶋さんと鴨居さんがどのような人物なのか、俺達は情報を持っていなかった。俺達に分かることといえば、まず二人とも女子だということ。そして求是学舎初等部自体は共学であるということだった。俺達のすぐ横で、「焦るな!落ち着いていけ!中嶋!鴨居!」と、求是学舎のBブロック出場者であると思われる男子が叫んでいた。その横にも同じ制服の男子がいるので、どうやら求是学舎は俺達と同じように男子ペアと女子ペアという形で参加しているようだ。俺達参加者は、応援をしに来た非参加者の生徒や父兄とは別の場所で応援をしていた。
「問題!次に挙げる作品のうち、主人公の名前を片仮名で表記したときに濁点が付かないのは、どの作品でしょう」
『そ、そう来たか!』と俺は心の中で叫んだ。これは、予想していなかった問題だ!
「カフカ『変身』、芥川龍之介『蜘蛛の糸』、中島敦…」
問題がそこまで読まれたとき、求是学舎のペアのうちの一人が早押しボタンを押した。俺は、『おいおい!それはマズイだろ!賭けに出たのか?』と思った。『変身』の主人公はグレゴール・ザムザ、『蜘蛛の糸』は犍陀多である。ということは正解が中島敦の作品であることは間違いないのだが、中島敦といえば代表作は『山月記』と『李陵』である。それぞれの主人公の名前を片仮名表記にすると「リチョウ」と「リリョウ」で、どちらも濁点は付かない。出題された問題は「どの作品でしょう?」なので、問題文の最後に書かれている作品名を答えなければ正解にはならない。それが『山月記』なのか『李陵』なのかは、問題文の続きの最初の一音、「さ」あるいは「り」を聞かなければ絶対に分からない。だから俺は『それはマズイだろ!』と思ったのだ。案の定、ボタンを押した求是学舎の生徒は片目をつぶって『あ~!やってしまった!』という顔をしている。俺達の横の求是学舎の男子は「かもい〜!もう、いいから、どっちか答えろ!」と叫んでいる。やはり俺と同じことを考えていたようだ。そして、どうやらボタンを押した方が鴨居さんで、その隣にいるのが中嶋さんらしい。
「…『山月記』!」
鴨居さんは『山月記』の方を選んだ。もちろん『山月記』『李陵』以外の作品が正解である可能性もあったが、もし俺が鴨居さんの立場でも、『山月記』と答えただろう。どちらも極めて格調高い文体で、小学生でも読みやすいとは言い難い作品なのだが、どちらかと言うと『山月記』の方が読みやすく、短い。採用している高校の教科書もある。賭けに出るなら『山月記』だなと俺も思った。
ブブーッ!と、不正解の音が鳴り響いた。俺は「えっ!」と思わず声を出した。出題者の久山君は落ち着いた顔で、「残念、不正解です。求是学舎の鴨居さん、中嶋さんは一回休みとなります。成淵学院の小山さん、工藤さんは読み上げの途中でボタンを押す必要はありませんので、最後まで聴いてからお答え下さい」と言った。そしてさっきと同じ問題文を読み始め、最後に「中島敦『李陵』」と言った。双葉が落ち着いてボタンを押した。
「『李陵』!」
ピンポーン!と正解の音が響いた。相手のミスによる得点であるとも言える状況だったので、双葉も未希も、喜んでいる様子は見せず、真剣な表情のままだった。俺はあいつらのそういうところが大好きだ。きちんと相手を気遣っている。偉いぞ。それでこそ、わが成淵学院初等部、国語クラブの部員だ。双葉、未希!




