帰路
未希が入部し、初めて未希のリクエストで俺がホワイトボードに絵を描いた日、俺と未希は二人で並んで学校を出た。俺達が通う小学校は私立なので、双葉のように遠方から通っている生徒もいるが、俺と未希は比較的家が近かった。それでも電車には乗る必要があったのだが、未希と俺は方向が同じで、未希が乗り換えのために下車する駅までは電車の中で話をすることが出来た。
「工藤さん、今日初めて『国語クラブ』の活動に参加してみて、どうだった?楽しめた?」
俺は電車の中で立って揺られながら、同じように手すりにつかまって揺られている未希に率直に聞いてみた。
「うん、楽しかった。小山さんと阿川君、優しくて楽しい人達だね。あ、もちろん、鶴川君もだよ?」
未希は少しおどけた笑顔で言った。
「うん、二人ともかなりの変わり者だけど、根は優しくて芯がある奴らだよ。うちの学校は三年生からクラブ活動に参加出来るんだけど、俺が三年生になって入部して、一年くらい経った頃だったかな。ある日、部室に入ったら阿川が一人で本を読みながら泣いていたんだ。俺を見て慌てて涙を拭って、ごまかしていたけどね。俺は阿川が泣いてたことには触れずに、静かに『お前、何読んでるの?』と言って彼が読んでいる本を見たら、芥川龍之介の『杜子春』だったんだ。すごい偶然なんだけど、俺も『杜子春』を読んで泣いたことがあったから、『こいつとは本当の友達になれるかも』って思ったんだ」
俺はそう言いながら、流れていく夕暮れの景色を車窓から眺めていた。景色はすごい速さでびゅんびゅん流れていくが、俺と未希はその流れの速さや車内の喧騒は自分達と無関係であるかのように、静かに語り合っていた。
「工藤さんは、本を読んで泣いたことってある?」
「それは、内緒だよ…ふふ。」
未希はそう言って、丸い眼鏡を細くてちいさな指でくいと上げた。
「工藤さん、その眼鏡すごく似合ってるね」
俺が少し勇気を出してそう言うと、
「…友達にも、そう言われた」
と、嬉しそうに微笑んだ。
やがて、電車は未希が下車する駅に到着した。未希は「じゃあ、鶴川君。また、明日ね」と言って俺の顔を見て、ドアの方に歩いていった。未希は電車を降り、ドアが閉まる。未希は窓の向こうで、俺に向かって小さく手を振ってくれていた。とても優しい笑顔だった。




