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図書館にて

 俺がそんな風に田辺に蹴られたり、蹴りをかわしたりしているうちに、とうとう岩瀬と田辺が水族館に行く日曜日がやってきた。俺は朝、起きて顔を洗った後、よく晴れた窓の外の空を見て、とりあえず雨が降らなくて良かったと思った。雨はとても風情があるものだが、やはり岩瀬と田辺が初めて二人きりで出かける日は、晴れていた方がいいだろう。

 俺はその日、一人で昼過ぎから近所の図書館に出かけた。近所と言っても電車には乗らないといけないのたが、ひと駅なのですぐに行ける。俺はそこで天文学の本を読んでいた。俺は理系科目はまるでダメなのだが、天文学には興味があった。これは国語好きと無関係ではない。いにしえの昔から歌人たちは、月を自分の愛する人や、愛する人の気持ちに重ねて歌を詠んできた。千数百年以上も前に、確かに誰かが誰かに恋い焦がれたのだという証拠。それは単なる証拠ではなく、信じられないほどの美しさをもつ証拠だった。紫式部や式子内親王のようにフィクションで、フィクションとは思えないような歌を詠んだ人たちもいる。スマホもパソコンも、冷蔵庫もシャワーも無いような時代なのに、そこに表現された思ひ人に恋い焦がれる気持ちは、今の時代と何も変わらない。俺はそこにいつも感動した。

 俺は本を読み進めた。宇宙には二兆個の銀河が存在すると書かれていた。二兆…想像することすら難しいほどの数の銀河。更に、ひとつひとつの銀河には、一千万から百兆ほどの恒星があるのだという。地球がある太陽系を含んでいる銀河系には、二千億から四千億の星があると書いてあった。「思ひ人」がいる人がこの記述を読めば、みな同じことを考えるだろう。あの人と自分との出会いは、間違いなく奇跡なのだということを。俺もそう考えた。そして、未希と過ごす一瞬一瞬が奇跡なのだということをいつも忘れずに、大切に過ごしていきたいと心から思った。未希だけではなく、両親や姉、冬真、双葉、岩瀬、田辺…周りにいる人達を大切にしながら俺は生きていきたい。そして、もし未希と離ればなれになってしまったときは、この世で最も低い可能性の中で出会えたことを思い出し、明日を信じて生きていきたいと思った。

 俺は午後五時頃に図書館を出た。外はまだ暗くはなかった。俺は電車に乗り、次の駅で降り、家に向かって歩いた。途中にある公園のベンチに、見知らぬ親子が並んで座っていた。両親に挟まれて幸せそうに微笑んでいる子供は、四歳くらいだ。公園の真ん中では、中学生くらいの人達が白いサッカーボールを蹴って遊んでいた。

 やがて俺は家に着いた。キッチンの方から母親の「おかえり〜」という声がした。俺は、ただいまと言ってから自分の部屋に入った。窓を開けて、少しずつ暗くなっていく空をしばらく眺めていた。それから、本棚に置いてある地球儀を見た。俺は近くに寄って、未希のことを考えながら、静かに手のひらを小さな地球に当てた。

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