姫君の物語 3
トウマンモスは、寒さの中で余計に動かなくなってきた足腰を強い意志の力でなんとか動かし、ケチリマース家の方へ向かった。吹雪が容赦なくトウマンモスの顔面や身体を打ちつける。顔も身体も、雪と氷で白くなっていた。
「トウマンモス!避難しろ!今はとにかくフタバテリーナから離れるんだ!」
マサキリウスは叫んだ。しかしトウマンモスは歩みを止めない。見るからに貧弱な造りであるケチリマース家の家屋の前まで来たトウマンモスは、最も激しく吹雪にさらされている北側の外壁の前で止まった。窓の向こうに、ケチリマース家の子供達の姿が見える。「マンモスさん!わたしたちのことはいいから、にげて〜!マンモスさん、しんじゃうよ〜!マンモスさん!」
そう泣きながら叫んだケチリマース家の幼い娘は直観的に察していた。トウマンモスが自分達を守るためにそこに立っていることを。長男はどうすればいいのか分からず、ただ必死に妹を抱きしめていた。子供達の後ろでは、両親が困惑した顔で立ち尽くしている。
意識が薄れゆく中で、トウマンモスは最後の力を振り絞って、こう言った。
「フタバテリーナ様…あなたは本当はとっても優しい人なんだマンモス…こんなことを…こんなことをしちゃダメだマンモス…」
トウマンモスは力尽きた。彼は四本の足で立ったまま完全に凍りつき、心臓は停止した。その様子を見ていた娘は泣きながら兄の胸に顔をうずめた。兄は自分も涙を流しながら、静かに妹の小さな身体を抱きしめた。
一連の光景を見ていたフタバテリーナは呆然と立ち尽くし、だらりと下げられた両腕はもはや、吹雪を起こし王国を破壊するという意志を失っていた。
「マンモスさんが、たすけてくれたんだね…わたしたち、たすかったんだね…」
娘はしゃくりあげながら呟いた。
「フタバテリーナよ…これが、お前のやりたかったことなのか?これで、お前は満足なのか…?」
マサキリウスは怒りを込めて訊いた。フタバテリーナは何も答えず、陰鬱な表情でマサキリウスを一瞥してからくるりと背を向け、右腕を空に向けて伸ばした。そして人差し指を伸ばして小さく円を描くと、フタバテリーナの姿は音もなく消えた。
氷の神、ヒエグラヒエキエスの前に、フタバテリーナが現れた。
「おお、フタバテリーナ。わしに何か用か?」
「私は、間違っていました。全て間違っていました。お願いです、トウマンモスを…トウマンモスを生き返らせて下さい。凍りついた王国も、元に戻して欲しいのです。そのためなら、何でもします。お願いします!」
「…それはまた、ずいぶん勝手なことを言うのう。お前が力が欲しいと言うから、授けた。それをお前は好きに使った。全てはその結果なのじゃ」
「分かっております。分かっております。だから私は、この命を差し出します。私の命と引き換えに…どうかトウマンモスを生き返らせ、街を、王国を…元に戻して下さい…お願いします」
「…分かった。そこまで言うなら、お前の望み通りにしてやろう。お前の命は、頂くことにする」
しばらくすると、王国の空に垂れ込めていた雲はあとかたもなく消え、あたたかな太陽の光が街を包み込んだ。家々やトウマンモスを包んでいた氷は解け、トウマンモスの心臓は再び確かな鼓動を刻み始めた。ケチリマース家の子供達は歓喜し、家から飛び出してきてトウマンモスにしがみつき、泣きながらお礼を言った。
「ありがとう…ありがとう…マンモスさん」
トウマンモスのために命を差し出したフタバテリーナの美しい魂を、ヒエグラヒエキエスは二つに分割した。そのうちのひとつは更に七つに分けられ、夜空に上げられた。それらはアリエンデース王国がある惑星の夜空に輝く星座、フタバテリーナ座となった。もうひとつは新しい命として生まれてくる一人の女の子に与えられ、彼女はフタバーニャの妹として生誕した。
〈了〉




