岩瀬の報告
その日、三時間目の授業が終わったあとの休み時間に、岩瀬がまた俺のところにやって来た。
「マサキ、聞いてくれ。実は、田辺との間に進展があった」
岩瀬は声をひそめて報告を始めた。俺は驚き、同じように声をひそめてこう訊いた。
「えっ!ほんとかよ。どういう進展だ?デートに誘ったのか?」
「まあ、そう焦るな。順を追って話すからじっくり聞いてくれ。まず俺は今日、前回と同じように、登校してきた田辺と昇降口で話そうと思って、家を早く出るという計画を立てたんだ」
「なるほど」
「ところが、うちで飼ってるトイプードルのマロンちゃんが、『行かないで欲しいキャンキャン!』という感じですがりついて来たので、俺は結局四十分くらいマロンちゃんの頭をナデナデしたり、抱っこしたりして、早く来るどころか大幅に遅刻してしまったんだ」
「…どっかで聞いたような話だな。お前、もしかして副業で名探偵とか怪人とか、やってる?」
「何の話だよ。それで俺は仕方がないから、休み時間に田辺を廊下に連れ出して話をすることに決めたんだ」
「休み時間の廊下って、人多くないか?」
「二組側じゃなくて逆の方ならあんまり人いないだろ?」
「ああ、なるほど」
「で、一時間目の授業が終わったあと田辺が席で一人で本を読んでいたから、これはチャンスだと思って『田辺、ちょっと話したいことあるんだけど、いいかな』と言って連れ出したんだ」
「それで?」
「『カニって興味ありますか?』って聞いた」
「…エビじゃなくて?流れ的にエビのような気がするのだが。そこはエビもしくはエビチリだろ?」
「いや、カニだ。『もしよければ、水族館にタラバガニを見に行きませんか?』って誘った」
「…水族館にタラバガニって、いるの?」
「それは知らん。正直に言うが、俺はとにかく田辺とデートがしたいだけで、海の生き物には全く興味は無い。だから、知ってる海の生き物をとりあえず挙げてみただけなんだ」
「…せめてサメとかエイを選べよ。夕食で出てきたものの中から選ぶなよ。で、そしたら何て言われた?」
「『別にいいけど…』って。小さな声で」
「おお!やったじゃん!小さな声って…恥ずかしかったのかな、田辺。結構可愛いところあるね」
「可愛いところがあるんじゃなくて、可愛いところしか無いんだよ!」
「え?それは工藤さんなんだが」
「いや田辺だろ」
「いや工藤さんだっ!」
「…無益な争いはやめようぜ。とにかくオーケーしてくれたんだよ。で、いつなら空いてますかって聞いたら、再来週の日曜日なら…って言うんで、再来週の日曜日に水族館に行くことになった」
「おお〜!おめでとう、田辺!やったな!頑張れよ!」
「ありがとう、マサキ。俺、頑張るよ」
俺はそのとき、『こんなに嬉しそうな顔をしている岩瀬は、今まで見たことがない』と思った。そして、岩瀬の幸せがずっと続くことを心から祈った。




