四体という定型詩
未希の研究発表の相談に乗るのと並行して、俺は自宅で自分の研究発表の準備も進めていた。俺は今まで『国語クラブ』で何度も研究発表をしてきたが、今回は今までで最も重要な発表になると考えていた。今までは人が書いた作品について論評したり、すでに確立されている文法について解説を行ったりしていたのだが、今回は違った。自分で発明したものを、公開するのだ。
そしてついに、研究発表をする日がやってきた。俺はいつも通り未希と一緒に部室に向かい、高揚と緊張が入り混じったような気分で部室に入った。双葉はノートにたこ焼きのイラストを描いている最中だった。ご丁寧に色まで塗ってあり、なかなか美味しそうな仕上がりだ。たこ焼き愛の強さが、そのまま絵に反映されている。そういう意味ではベートーヴェンの『エリーゼのために』みたいなものだ。愛だけで創作している。机の上には、双葉が持参したと思われるたこ焼きグッズが大量に置かれていた。ソンリオという企業が販売している『たこ焼き君』というキャラクターが双葉は気に入っており、たこ焼き君がニコッと笑っているぬいぐるみや、たこ焼き君ノート、たこ焼き君携帯ストラップ、たこ焼き君スマホケース、たこ焼き君マグカップ、たこ焼き君クリアファイル、たこ焼き君ペンケース、たこ焼き君ステンレスボトルなどが所狭しと並べられていた。それらのグッズを掻き分けて作られたと思われる小さなスペースに冬真は谷崎潤一郎の『春琴抄』を開いて置き、熱心に読んでいた。そんな名作中の名作を、たこ焼きグッズの狭間に置いて読むなよ…。『不謹慎』という言葉は厳粛な場でふざけたりしたときに使われることが多いのだが、今の冬真は逆で、珍しい事例だなと思った。ふざけた場で、厳粛なものを読んでいるという不謹慎。しかし、たこ焼きグッズなど全く気にならないほど小説に没入している状態なのだとしたら、冬真は何も悪くない。
「よし、じゃあみんな、ちょっとこっち向いてくれ。今日の俺の研究発表を始めようと思う」
俺はホワイトボードの横に立ち、そう言って皆の顔を見廻した。双葉は、意識をしっかりたこ焼きグッズから離脱させ、真剣な目で俺の方を見ている。不真面目そうに見えて、実は真面目なんだよな…。冬真もこっちを見ているが、目が明らかに充血している。冬真は『杜子春』または『春琴抄』を読むと必ず泣くのだが、好き過ぎて何度も読んでしまうらしい。作者は異なるがどちらもタイトルが漢字三文字で「春」が入っているのは面白い偶然だ。未希は膝の上に手を置いて、ワクワクした目で俺を見ていた。その様は地上に舞い降りた天使のようであり、またアリエルのようでもあり、ラプンツェルのようでもあり…しかし俺にとってはそれらの誰よりも可愛いのであった。
「俺は、全く新しい定型詩の形を考案した。それは『四体』だ!」
部室内は静寂に包まれた。皆、狐につままれたような顔をしている。無理もない。「四体」という言葉を固有名詞として聞いたのは初めてに違いないのだから。
「ヨンタイ…ええと、それは一体、どのような定型詩なのですか?」
冬真が質問をしてくれた。
「ヨンタイのタイは、体言のタイだ。つまり、名詞を四つ並べて作る定型詩なんだ」
再びの沈黙のあと、冬真が「なるほど…おそろしくシンプルですね」と言った。
「そうなんだ。この『四体』の凄いところは、ただ名詞を四つ並べるだけでいいから、短歌や俳句よりも簡単だということ。子供でも作れて、普及しやすいと思うんだ。でも、ものすごく奥が深くて、楽しいものなんだ」
「オーッホッホッ!それは確かに簡単!簡単すぎますわッ!面白そうなのでわたくしにちょっと、作らせて頂けませんこと?」
双葉はそう言って椅子から立ち上がり、いきなりホワイトボードに四つの名詞を書き始めた。
『たこ焼き 箱 ソース 割りばし』
「…いかがかしら?初めての作品にしては、なかなか素晴らしいものが出来たと自負しておりますのよ?」
双葉はそう言って誇らしげな顔をした。
「確かに、たこ焼き愛にあふれる素敵な作品だね。でもね、これ、少し変えると一気にもっと良くなるんだよ。双葉、せっかく書いてくれたのに、ごめんね。最後のひとつだけ、ちょっと消させてもらうよ?」
俺はそう言って、『割りばし』だけを消した。そして、『わたし』とそこに書いた。
『たこ焼き 箱 ソース わたし』
「どう?これだけで、余韻が全然違うでしょ?これが四体の面白さなんだよ!」
「なるほど…これは確かに全然違いますね…。これは、面白いですね!」
冬真が食いついてきてくれた。俺は更に説明を続けた。
「俺はこの『四体』で使う技法をいくつか考えたんだ。まずは『挟み』という技法だ。一体目と四体目を同じ体言にして、挟むんだよ。例えば、こうだ」
『たこ焼き 登校 下校 たこ焼き』
「どう?こうすると、『朝も夕方もたこ焼き食ってる感』が出るでしょ?無限ループみたいな」
「まさにわたくしの生活ですわッ!オーッホッホ!」
「次の技法は、『重ね』だ。これは、同じ体言を連続して使う。『二重ね』『三重ね』『四重ね』と、いくつ重ねるかによって三種類に分けられる」
「四重ねって、四つ全て同じってことかな?それはさすがにやり過ぎな気もするけど、いいの?」
冬真が再び質問をしてくれた。
「うん、別に構わないんだ。例えば絵画でも、キャンバスを全て青く塗ったような前衛的な作品ってあるだろ?だから、四体でもそれはアリだと思うんだ。『青 青 青 青』これは絶対アリだよ」
「なるほど…!」
冬真は納得してくれた様子だった。
「あとね、なんで『三体』でも『五体』でもなく『四体』なのかと言うと、理由は簡単で、四つが一番『しっくりくる』からなんだ。やっぱりベースは『起承転結』なんだよ。もちろん、それをあえて壊す作品はアリだけどね」
「オーッホッホッ!確かに五つだと、多過ぎますわッ!たこ焼きでしたら、五つどころか五十個でも百個でも大歓迎なのですけれど!」
「はーい!先生!先生の作った作品を見てみたいです!」
未希がおどけて俺のことを先生と呼んで、そう言った。




