二組への訪問 1
姉との対話の翌朝、俺は電車に揺られながら、『今日の休み時間は、俺の方から未希のいる二組に行って、話しかけよう』と考えていた。
今まで俺の方から二組に行かないようにしていたのは、勇気が出なかったというのもあるが、それだけが理由では無かった。未希は転校してきたばかりだし、新しい学校で友達を作れるかどうかという、極めて大切な時期だ。隣のクラスから訪問してきた男子と話していたら、好奇の目で見られてしまうかも知れない。それが原因でいじめられたりしたら大変だ…俺はそう考えて、訪問を控えていた。
しかし俺は長い時間をかけて考えに考えた末、『未希は勇気を出して一組に来てくれた。俺はそれがとても嬉しかった。それなのに、俺の方から二組に行きはしない…それじゃ未希があまりにも可哀想じゃないか!そのことを未希が少しでも寂しく感じていたりしたら…絶対に嫌だ!やはり訪問するべきだ!』という結論に達したのだ。
俺は二時間目の社会の授業が終わった後、ごくりと唾を飲み込んでから席を立ち、面接試験を受ける直前の受験生のような緊張した顔で二組へと向かった。
休み時間なので、廊下も教室も喧騒に包まれていた。二組の前側の入り口は開いている状態だったので、俺はそこから中を窺い、未希を探した。
俺はそのとき自分の目に映った未希の姿を、今でも昨日のことのように鮮明に覚えている。廊下側から二列目、前から三列目の席に未希はいた。俺が見つけたとき未希は顔を少し下に向けてペンケースの中にシャーペンと消しゴムを入れていたが、顔を上げたときに、入り口のそばで未希を見ている俺に気づいた。
気づいた瞬間、未希の表情は電源が入ったかのように急に明るくなり、すぐに立ち上がって俺の方にちょこちょこ小走りで近づいてきた。俺は信じられなかった。嬉し過ぎて、可愛過ぎて、信じられない。何なんだ、この可愛い生き物は!俺は心の底から抱きしめたくなって、必死にその衝動を抑えた。
「鶴川君!どうしたの?二組に、何か用事?」
「いや、二組にとかじゃなくて、普通に…工藤さんと話しに来ただけ」
「国語クラブのこと?」
「いや、そうじゃなくて…普通に、話したいなって。アハハ…」
俺は事前に、『国語クラブの用事で来た』みたいな嘘は絶対につかないと決めていた。未希が一組に来てくれて、俺はとても嬉しかった。そのお返しをしたいという気持ちからの訪問なのに、そんな嘘をついたら何の意味も無くなると考えていたからだ。
俺の言葉を聞いた未希は、俺の手首をつかんで自分の席に引っ張っていった。俺は初めて未希に触れて、心臓が口から出そうになった。
未希は自分の席に座り、「ねえねえ!これ見て!」と言いながら一枚のプリントを俺に見せた。それは国語の授業で配られた、問題がたくさん載っているプリントで、俺も持っているものだった。未希はその問題の中のひとつを指差していた。それは指定された語句を使って短文を作る問題で、一から三まで三問あるうちのひとつだった。指定された語句は『ひそかに』である。
『ツルカワ部長は、ひそかに深夜、裏山に何かを埋めに行った。』
俺は未希が作った文を読んで、吹き出した。
「ちょっと!何だよこれ!めちゃくちゃ怖い!ホラーじゃん!」
未希は笑っている俺を見て、『作戦成功!』という感じの、満足そうな顔をしていた。




