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自宅にて 5

「で、マサキさ、その子に告白する予定とか無いの?」

「え?まだその話、続いてたの?」

「当たり前でしょ!まだ、『明るくて楽しい子』っていう情報しか貰ってないもん、私」

「情報って…姉ちゃん、CIAみたいだな」

「アハハ!私が、実はその子に雇われたスパイだったらどうする?」

「そんなわけないだろ!…告白なんてまだ全然、考えてないよ。部長っていう立場もあるし、軽率な行動はとれないよ」

「うわー!まっじめー!」

「姉ちゃんに言われたくないよ。超絶優等生のくせに!」

「アハハ!…でもさ、『人を本気で好きになったことがある?』なんて訊いてきたってことは、何か悩んでるんじゃないの?告白はしないにしてもさ」

「いや、別に悩んでいるわけじゃないんだけど…めちゃくちゃ好きになると、なんか胸が苦しくなるだろ?順調に仲良くなっている最中で、良くないことはまだ何も起きてないのに、苦しくなったりしない?」

「アハハ!それは、もちろんあるよ。それが恋ってものなんだから、当たり前だよ」

「でさ、その苦しさって、病気の苦しさとかとは違って、取り除くべきものでは無いような気がするんだ」

「なんで、そう思うの?」

「直観的に思ったことで根拠は無いんだけど、この苦しさって、俺を悪い方向には向かわせない気がする。邪念が排除されて、澄み切っていくような感覚があるんだ」

「なるほどね。それは確かに、そうかもね。ただね、澄み切るっていうことは、純化されていくっていうことだから、危険なことでもあるんだよ。だから気をつけなくちゃいけない」

「なんで危険なの?」

「例えば、『俺にはこの人しかいない!』って思い詰めて、ストーカーになっちゃう人もいるでしょ?そういう人は、どこが間違ってるか分かる?」

「うーん…自分の気持ちとか幸せを、相手のそれより優先しちゃってるところかな」

「おお!マサキ、凄いね。百点満点の答えだよ。そう、そういう人達は結局、自分が満足したいだけ。だから、相手のことなんて全然考えてない。そんな人の『好き』は、何の価値もなくて害になるだけの、最低な『好き』だよ。私は、そんな『好き』は絶対に認めない」

 俺は姉の簡潔で明解な説明を聞いて、この姉の弟として産まれた俺はかなり幸運な人間であると確信した。

「一途に人を想うのは、もちろんものすごく素敵なこと。その想いより素敵なことなんて無いって私は思う。だからツタンカーメンの墓を発見したハワード・カーターも、ツタンカーメンの妻であるアンケセナーメンが亡き夫のために供えた花束を見て、『ここにあるどんな財宝よりも、この花束が一番美しい』って言ったんだよ。でもね、だからこそマサキ、自分の気持ちを一方的に押し付けるような恋愛だけは、しちゃダメだよ。常に、どんなときも、自分の気持ちよりも相手の気持ちを優先しなさい。それが本当の、本物の、『好き』だよ。分かった?」

 姉は当たり前のことを言っているだけで、決して特別なことを言っているわけではなかった。しかし俺は高潔な姉の心から生まれてくる真っすぐで澄み切った言葉の美しい響きに、心底感動していた。そして俺は涙が溢れそうになるのをこらえながら、紀貫之が書いた古今和歌集の仮名序を思い出していた。


 やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける


 姉の心を種として生まれてきた『ことのは』は、俺にとって宝物のような道標だと思った。

 俺は、本が大好きだ。国語が大好きだ。そして俺には、俺と同じように本や国語を愛し、真っすぐな心で俺を導いてくれる姉がいる。俺は、こういう人間になりたいと心から思った。

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