自宅にて 4
「で、マサキの好きな人はどんな子なの?言える範囲でいいから、教えてよ!」
姉は好奇心に満ちた目で訊いてきた。
「え?ああ…えっと…転校生でね。隣のクラスなんだけど」
「隣のクラスに入ってきた転校生と、どうやって知り合ったの?」
「俺、国語クラブの部長やってるだろ?入部してきたんだよ」
「ああ、なるほど…!で、どんな子なの?おとなしい感じ?それとも、明るい子?」
「うーん…明るいな。転校してきて日が浅いから、まだ多分、五十パーセントくらいしか素を見せてない感じだと思うんだけど、それでも明るいからね。多分、本当はめちゃくちゃ明るくて楽しい子だと思う」
「へえー!マサキ、よっぽどその子のこと、好きなんだね」
「え?なんで?」
「今、その子のこと思い浮かべながら説明しようとしたとき、私ですら見たことないような顔してたもん!」
「え!何だよそれ。どんな顔?」
「世界で一番、大好きな人を思い浮かべるときにしかならない顔、だね」
「えー!めちゃくちゃ恥ずかしい!」
「アハハハハ!マサキ、面白いね!」
姉は、受験勉強をしているときには見せないような、リラックスした様子で笑っていた。姉はかなりハードな受験勉強を毎日していると母親から聞いていたので、少しでも気分転換に役立てたなら、嬉しいことだと俺は思った。
「ねえ、マサキ。私に文学史の問題出してよ。それなら、マサキでも出せるでしょ?勉強に協力してよ」
「…じゃあ、夏目漱石の後期三部作は?」
「簡単過ぎるよ!もっと難しいやつ!」
「じゃあ…短編小説『運搬』の作者は?」
「大江健三郎」
「日本文学史上、初の経済小説と言われている作品は?」
「『日本永代蔵』。井原西鶴!」
「小泉八雲の本名は?」
「パトリック・ラフカディオ・ハーン」
「あのね、姉ちゃん。俺が、姉ちゃんが答えられない問題を出せるわけないから、俺に問題出させても勉強にならないよ?」
「えー!つまんない!何かあるでしょ、マニアックなやつ」
「えー?ワガママだなあ!じゃあ…あ、これはどう?紫式部は結婚歴があるんだけど、」
「藤原宣孝!」
「姉ちゃん、早いよ。そこは問題じゃないのよ!」
「あ、ごめん!」
「その藤原宣孝が単身赴任していたときに交わした手紙の扱い方が原因で、紫式部がキレて夫婦喧嘩になったことがあります。宣孝は何をしたのでしょう?」
「確か、和歌も書いてあったし文章も美麗だから『うちのカミさん、凄いだろ』みたいな感じで周りに見せて自慢しちゃったんじゃなかった?」
「おお!正解!」
「はい!次の問題!」
「まだ満足してないの?」
「当たり前でしょ!不正解になるまで出してよ!」
「何だよそれ!…仕方ないな…じゃあ…安部公房が発明した『チェニジー』とは何のことでしょう?」
「自動車の、簡易着脱式チェーン。…って、それ入試に出ないでしょ、絶対!」
「それを言うなら紫式部の夫婦喧嘩の原因も出ないでしょ!」
俺と姉は一緒に大爆笑した。姉の気分転換に協力していたつもりだったが、俺の方も良い気分転換をさせてもらった。口には出さなかったが、姉にお礼を言いたいくらいだった。




