自宅にて 3
「どんな人って…説明するの難しいな、あの人は…。菅原君っていう人なんだけど…分かりやすい特徴があるわけじゃないんだよね」
「そうなの?それなのに好きになったの?」
「そうだよ。その人のもつ独特の雰囲気とか、仕草とか、発する言葉のひとつひとつから受ける印象…そういう、何がいいのか言葉で明確に説明出来ないようなことが少しずつ積み重なって、どんどん惹かれていくんだから。私の場合、本気で好きになる人って、事前に考えていた『私はこういう人が好みです』みたいな条件に当てはまっているから好きになるわけじゃないのよ。事前に考えていたことって、つまり想定の範囲内なわけだから、対処可能でしょ?本気で好きになる人って、対処不可能な存在なのよ。条件とか、そんなものは心底くだらないものに思えてくるのよ」
俺は、普段もの静かで理知的な姉の口から、そのような情熱的な言葉が出てきたことに驚いたが、驚くと同時に、やはりそうだったかとも思った。常に心で本を読み、いにしえの和歌に深く共感する姉なのだから、こうであるに決まっている。
「『恋は盲目』ってやつだね。『恋なんて、脳内でドーパミンやアドレナリンが分泌されることによって生じる、ただの生理現象だ』と主張する人もいるけど、姉ちゃんはそういう意見についてはどう思う?」
「そういう意見は、あんまり意味が無いんじゃないかな。『猫はただの細胞の集まりだ。可愛いわけがない』って必死に主張するのとあんまり変わらないような気がする。まあ、可愛いって思うときもドーパミンは分泌されてるわけだけど。『はい、分かりました。恋なんて、ただの生理現象ですよね。これからは、恋を素敵なものだとは思わないようにします。ただのドーパミンの分泌です!』って、そんなこと皆が言うようになったら、世界は終わっちゃうよ。母親が自分の子供を見て可愛いと思ってるときだって、多分アドレナリン出てるわけだし」
俺は姉の言う通りだと思った。姉は数学や理科も抜群に出来る人だが、科学に全てを委ねてはいない。『素敵なもの』を守るための聖域のような場所を、心の中に持っている。俺もそうありたいと思った。
「そんなに好きな人だったのに、今はもう好きじゃないの?さっき、『今は女子校だからいない』って言ったよね?」
「いや…あのね、本当のことを言うと、今でも好きだよ。菅原君のこと。さっきは照れくさくて、あんな言い方したけどさ。でも私はあの頃、とにかく受験勉強をしなくちゃいけない状況だったから。告白なんて考える余裕無かったし、あっという間に小学校を卒業して、離ればなれになって…。今更連絡なんて取れないし、菅原君のことは一度缶詰めにして保存してる感じかな」
姉は少し寂しそうに、少し微笑みながらそう言った。




