自宅にて 2
夕食を終えて俺がリビングのソファに戻り和歌に関する本を読んでいると、姉が横に座って「なに読んでるの?」と話しかけてきた。
俺が「和歌の本だよ」と素っ気なく答えると、姉は「へえ〜」と言って、俺が手に持っているのとは別にテーブルの上に置いていた二冊のうちの一冊を手に取り、読み始めた。
「逢はむ日をその日と知らず常闇にいづれの日まで我恋ひ居らむ…ああ、 中臣朝臣宅守ね。私、これ好き」
姉は超難関校として名を馳せている都内の私立中学校に通っている秀才で、国語が得意な俺でも全く刃が立たないくらい国語の素養がある。
「トコヤミニ…って、床屋さんを見に行ったわけじゃないよね?」
俺はふざけてそう言った。
「ちょっと!そんなわけないでしょ!常に闇、って書いてトコヤミなのよ。永遠の暗闇ってことよ」
「『逢はむ日をその日と知らず』…って、会える日がいつなのか分からないってことだよね?」
「そう。狭野弟上 娘子っていう女性を愛していたのよ、この人。いつになったら会えるのか分からないまま、いつまで恋い焦がれているのだろうか、俺は…そんな感じの歌よ」
姉はそう説明して、本を読み続けていた。十秒、二十秒、三十秒…と、時間の経過に比例して姉の表情はどんどん真剣になっていく。この人は、「教養を身につけるために読んでいる」という感じが全くしない。どんなときも、「興味があるから」「自分の意思で」読んでいるように見える。そして和歌や俳句を読むときや小説を読むときは、頭ではなく心で読んでいるように見える。もちろん不定型詩や、和歌でも俳句でもない定型詩を読むときもそうだ。
俺は姉のそういうところを非常に尊敬していたし、そういう姉を見て育ったから、俺も同じように心で読むようになったのだ、と考えていた。
「なあ、姉ちゃん」
俺は少し勇気を出して切り出した。
「姉ちゃんは、人を好きになったことある?本気で」
「えっ。…急に、凄いこと訊くね!」
姉はそう言って笑い、本から視線を外して俺の顔を見た。
「マサキ、もしかして好きな人でも出来たの?」
姉は少しニヤッとして訊いた。
「まあ、そうだけど」
俺は正直に言った。
「私は今は女子校だからいないけど、小学生の頃はいたよ。同じクラスの男の子」
「えー!どんな人?」
俺は、俺から見ると『完璧人間』に見えるこの姉が、一体どんな男を好きになるのか非常に興味が湧いてきた。




