双葉の小説 1
俺と未希がそんなやり取りをしている横で、冬真はポール・ギャリコの『スノー・グース』を熱心に読んでいた。その真向かいで双葉は小説を書いている。
「双葉、どのくらい進んだの?ちょっと読ませてよ」
俺がそう言うと、双葉は一瞬きょとんとした顔をしてから、今書いている原稿用紙の横に積んである十枚ほどの原稿用の束を手に取り、俺に差し出した。
一枚目を見ると、『海底の貴婦人殺人事件』と書いてあった。確か双葉は江戸川乱歩の『海底の魔術師』を読んだと言っていたな。露骨にパクってるじゃないか!俺は突っ込みを入れながら、読み進めた。『ある日の夕方のことである。小森少年は母親に頼まれ、西園寺喜代子にイカの塩辛を届けに行った。西園寺はイカの塩辛が大好きで、「塩辛夫人」「マダム塩辛」と呼ばれている貴婦人である。』おいおい…貴婦人にイカの塩辛って、どういう組み合わせだよ!しかも小森少年って、明らかに少年探偵団の小林少年のパロティじゃないか!『小森少年は、何度チャイムを鳴らしても出てこない西園寺喜代子に痺れを切らし、西園寺家の豪邸の門を押してみた。すると鍵はかかっておらず、開いた。門から建物の玄関までの道は石畳になっており、左右に広い庭があった。小森少年は道を進み、玄関扉の前まで来たとき、大きな窓の向こうの室内で、婦人が血を流して倒れているのを見た。驚いた小森少年は、すぐに名探偵・暗智大五郎にスマホで電話をかけた。』名探偵にスマホで電話…なんか、雰囲気壊れるな…。ていうか、暗智って!『暗智は「すぐに行く!待っていてくれ、小森君!」と言って電話を切ったが、なかなか来なかった。一時間ほど経ってようやく現れた暗智は、小森少年に「すまん、小森君。飼っているチワワが『行かないで!寂しいキャンキャン!』という感じですがりついて来るので、なかなか家を出られなかったんだ!」と言った。』人が死んでるかも知れないのに、チワワに気を取られてる場合かよ!『「大丈夫です、暗智さん。気にしないで下さい」小森少年は笑顔で言った。』いやいや!気にしろよ!笑顔も不謹慎!『暗智は、ポケットから針金を出して鍵穴に差し込み、ガチャガチャ音をたてながら解錠しようとしていた。しばらくすると、ガチャリと音がして鍵が開いた。』こいつ、探偵というより空き巣じゃないか!『二人は西園寺夫人が倒れているリビングに向かった。死んでいるものと思われていた夫人は、二人の気配に気づくとガバっと上半身を起こし、「やはりチリソースは最高に美味ですわっ!」と叫んだ。血だと思われていた赤い液体は、チリソースだったのである。』おいっ!いい加減にしろよ!チリソースかよっ!俺は、岩瀬のラブレターと同じくらい『突っ込みどころの博物館』である双葉の小説に、完全に振り回されていた。ある意味、すごい小説だ。




