八年後 23 未希の心を、守りたい
「なるほど。鶴川君は『小説家ににゃろう』に載せているんですね。後で読ませてもらいます!…ということは、その未希さんという方は小学生の頃、鶴川君に“『小説家ににゃろう』で小説を読むことがある”と言っていたんですか?」
高山の発した問いに、鶴川は首を振った。
「いえ、そういうわけじゃないんです。そんなことを未希が言っているのを聞いたことはないんです」
高山は鶴川の返答を聞き、鶴川がとても低い可能性に賭けて小説を書き続けていることを察した。高山はそれ以上、何も訊かなかった。
「あの、おれ…なんて言っていいのか分かりませんけど…応援しています。鶴川君のこと。何かおれに出来ることがあったら、いつでも言って下さい」
高山は笑顔でそう言っただけだった。そして、それが鶴川にとっては一番、嬉しいことだった。
「ありがとう、高山君」
少し重くなった場の雰囲気を軽くしようと、鶴川は「あのさ!勘違いしないで欲しいんだけど、俺は、うつむいて苦悩しながら小説を書いてるわけじゃないんだよ!」と笑顔で言った。
「もちろん胸が苦しくなるときはあるよ。でも、それって相手のこと好きだからこそ生じる苦しさでしょ?それって「素敵な苦しさ」だと俺は思ってる。俺はいつも思うんだけど、何か強い力を加えて相手の気持ちを変えようとしたり、自分の思い通りにしようとしたりすると、「全然、素敵じゃない苦しさ」を味わうことになるんだよ…相手も自分も。俺はそういうことは全く目指していないんだ。強い風を吹かせて、木の枝を強引に曲げたいわけじゃない。俺が吹かせたいのは、優しいそよ風なんだよ。こんなこと言ってもきっと信じてもらえないと思うけど、俺はもし未希に彼氏が出来たら、心の底から『良かったね。おめでとう!』って言う自信があるんだ。ただ、その男がちゃんと未希を幸せにしてくれるのかどうか、正直めちゃくちゃ心配にはなるよ。恋愛っていうのは、深く傷つくリスクと隣り合わせなものだろ?恋愛に限ったことじゃないけど、俺は未希が傷ついたときに、泣きながら飛び込んでくる存在になりたいんだ。でも、「傷ついたときは、いつでも俺の胸に飛び込んで来いよ」なんて俺が言っても、やっぱりどうしても俺自身も男だから、「この人だって、私を傷つける可能性はある」って警戒されちゃうでしょ?だから俺は考えたんだよ。未希が何の心配もせずに、警戒する必要もなく、常に安心して、どんなときでも飛び込める温かい胸、温かい腕の中…そういうものを作り出せないかな?って。そして俺は気づいたんだ。『物語』を作ればいいんだ、って。未希が辛いとき、悲しい思いをしたとき、その物語を読むと気持ちが楽になって、クスッと思わず笑ってしまうような物語。『私、めちゃくちゃ好かれてるじゃんっ!』『私、どんだけ愛されてるの!?』って爆笑しちゃうような物語。そしてときには、『大変だったね。大丈夫だよ』と言って優しく未希を抱きしめるような物語。俺が死んだ後でさえ、未希の心を力強く守り続ける物語。そういう物語を絶対に書いてみせるっ!って、俺は思ったんだ。それが、俺の作品『未希へ届け!』なんだよ。…あれ?ごめん、なんか俺、空気重くしちゃった?アハハ…」
鶴川の告白を聞いた三人は、沈黙していた。鶴川と同じように未希のことを心から愛している双葉は、目に涙を浮かべていた。鶴川は場の空気を軽くしようとして語ったつもりだったが、結果的に語り出す前よりも五倍は重くなっていた。鶴川は一直線バカなので、いつもそうなるのである。阿川と双葉は小学生のときからの付き合いなので、鶴川のその性質をよく分かっていた。
「部長…あなたって人はッ…まったく、もうッ!」
双葉はそう言って、鶴川の胸を拳で叩いた。そして彼の胸に顔を埋めて泣いた。鶴川は双葉の頭を手のひらで優しく撫でて、「大丈夫だよ、双葉。いつか必ず、また未希に会えるよ」と言った。




