八年後 22
「ありがとうございます!じゃあ、今ここでさっそく作っちゃいましょうよ、ライングループ」
高山がそう言うと、鶴川は「いいですね!そうしましょう!」と同意した。高山はライングループについて説明を始めた。
「まず、作るのは僕じゃなくて、国語クラブの部長である鶴川君が作った方がいいです。何故かと言うと、ライングループのマスターつまり作成者は、他のメンバーには出来ない色々な権限を持つことになるんですよ。招待、強制退会、グループ名やアイコンの変更とか」
「え…そうなんですか?なんかそれ、一歩間違えると独裁者になっちゃいそうですね。自制心が必要だな、アハハハ」
鶴川が少し引きつった笑顔でそう言うと、高山は
「アハハ!大丈夫ですよ、一歩も間違えなければいいだけです!早く、ライン開いてみて下さいよ!」と言って鶴川を促した。鶴川は高山の指示に従って操作を行い、無事、新生国語クラブ『国語クラブ Version 2.0 PWFM』のライングループが作成された。アイコンは鶴川が「薄紫の背景にして、旧字体の『國』を真ん中に黒で置いたやつがいい!」と、ここでも安定の中二病センスを炸裂させた。「え〜!最悪だよ、それ〜!暴走族みたいじゃん!」と反対意見を唱えた阿川に対しては「黙れ、スネ夫。強制退会にするぞ。紫は、工藤さんが生まれた六月を象徴する色だと言っておるのが、分からんのか!うつけ者め!」と、清々しいほど独裁的な脅迫で対応し、『自制心が必要だな』と言った舌の根の乾かぬうちに、早くも独裁者となっていた。この時点で阿川冬真が本能寺の変を起こす可能性はかなり高まっていたのだが、「ちょっと言い過ぎた。このままだと本能寺で殺られる」と察した鶴川が後日、「と〜う〜ま〜く〜ん!」と猫なで声を出してから、「これ、プレゼント!」と言って阿川の大好物であるシュークリームを唐突に与えたことによって、阿川によるクーデターはギリギリのところで回避された。鶴川は「食べ物の力って、やっぱり凄い。命拾いした」と後日、双葉に語ったそうである。それはさておき、無事、国語クラブ Version 2.0 PWFMのライングループは作成された。これで、会わずともお互いの創作物を共有し、感想を言い合うことが出来るようになったわけである。
「鶴川君は原稿用紙に鉛筆で書いているんですよね?ということは、ライングループで共有するには、デジタルでテキスト化する作業が必要になりますね」
高山がそう言うと、鶴川は「いや、その必要は無いよ」と言った。
「前に冬真に読んでもらった時点では手書きの原稿しか無かったんだけど、俺はそもそも、ネット上に置いていつか未希に気づいてもらうために書いているから、ネット上のサイト『小説家ににゃろう』に載せるためにテキスト化する作業はもう済ませているし、既に『にゃろう』に載せているんだ。だからその作品ページのURLをラインに貼っておくよ。それを開けば読めるから」
鶴川がこのとき「もう載せている」と言ったのが、今みなさんが読んでいるこの物語の、八十四話目までである。つまり鶴川はこの時点で、小学生国語王決定戦が終わるまでの全てと、そのあと日常に戻ってからの話をふたつ、書き終えていた。しかし鶴川の筆はそこで止まっていた。未希が「ライン、交換しよ?」と言ってくれたのに自分が断ってしまった場面や、未希が突然自分の前からいなくなってしまった場面を書くことは、鶴川にとって自分の古傷をえぐり塩を擦り込むようなことだった。もちろん、その「傷」は未希のせいでついた傷ではない。未希は、これからも連絡を取り合えるようにしようとしてくれたのだ。それを断ってしまったのだから、悪いのは完全に鶴川で、鶴川自身もそれをしっかり自覚していた。だからこそ、なかなか書き始めることが出来ずにいた。ただ鶴川は、そういった場面を直接書くことは出来ていなかったが、その自業自得の傷についての想いは五十一話目で既に述べていた。鶴川の一番の目的は未希に謝罪し、自分の想いを伝えることだった。ネット上に載せる小説である以上、書きたくても書けないことも、もちろんあった。しかし未希に気づいてもらうには、ネットに載せるしかない。自分が書いた文章を読んで、こんなのただの言い訳じゃないか!と、自分を殴ってやりたくなるときもあった。こんなもので、未希を笑顔に出来るわけないじゃないかと、無力感に襲われることもあった。そういうときに鶴川が思い出すのは、大空なつき先生の『世界一クラブ』を笑顔で読んでいたときの未希の笑顔だった。物語をあんなに愛していた未希に気持ちを伝えるには、やっぱり物語が一番だ。それしかない。書き続けよう…今日書いた文章がもし未希に届かないなら、未希に響かないなら、明日はもっといい文章を書いてみせる。明日も響かなかったら、それはきっと、誠実さが足りなかったからだ。明後日はもっと誠実に書いてみせる…鶴川はそう思いながら書き続けてきたのだった。彼は、自分の文章や構成は上手ではないと自覚していた。そんなことは鶴川には重要ではなかった。下手くそでも何でもいいから、とにかく一途で一生懸命であることが大事だと彼は考えていた。それはきっとその小説が、本質的には小説というよりも手紙だったからだろう。手紙にも色々種類はあるが、彼が自分の全てをかけて書いたその下手くそな文章は、間違いなく、恋文だった。




