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56話 梟の休暇

自由部族連合の都市は、見違えるように息を吹き返していた。


かつて血と泥と麻薬の臭いが充満していたスラムの通りには、今は香辛料を炒める屋台の匂いと、活気ある商人たちの声が響いている。


傭兵団『梟』が敷いた冷徹な法と暴力による庇護は、皮肉にもこの街に数十年ぶりの「自由」をもたらしていた。


「ほらラナ、早く来いよ! あそこのドワーフ手製のダガー、最高にイカしてるぜ!」


中央市場の武器屋通り。ゾラが獣特有のしなやかな身のこなしで人混みをすり抜けながら、強引にラナの手を引いていた。


「ちょっとゾラ! 走らないでよ、荷物が重いんだから……!」


文句を言いながらも、ラナの顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。少し前まで、この通りはギャングの縄張りで、うら若き女性が歩ける場所ではなかった。


しかし、麻薬は正規価格での医薬品市場に徐々に移行し、奴隷や人攫いは激減していた。


ショーケースの鈍色の刃をうっとりと眺め、尻尾を揺らすゾラの横顔を見ながら、ラナはこの平穏が血塗られた手によって作られたものだとしても、ただ深く感謝していた。


一方、街の喧騒から離れた静かな安宿の一室。

レンジはベッドにあぐらをかき、レイカの「メンテナンス」を行っていた。


「……出力系統に異常はねぇな。けど、前回のゴーレム戦で随分と魔力を食っただろ。ほら、飲め」


レンジが純度の高い青色の液状魔力が入った小瓶を差し出すと、レイカは無表情のままそれを受け取り、自身の胸元――メイド服の隙間から覗く銀色の流体部分へと直接流し込んだ。


(そりゃ魔力で出来ているんだから、いくら食べてもお腹空いていたわけだよな。


逆に言うと、この効率で魔法運用が出来るゴーレムを作れる人間がこの世にいることが驚きだぜ。)


青い光が彼女の白い肌の奥で脈打ち、ゆっくりと全身へ浸透していく。


「……魔力充填、完了。ありがとう、その、マスター。」


「だからマスターはやめろ。本当の兄妹じゃないとしても、そうだな、今まで通りレンジとか兄さんってよべ。」


「それは気休め。私は、グレンフィール家から追放されたレンジのお母さんの、その子供を真似て作られただけ。」


「だとしても、だ」


レンジが苦笑しながらレイカの頭を乱暴に撫でる。

人工生命体である彼女に感情はないはずだったが、その瞳の奥が、ほんの少しだけ心地よさそうに揺らいだ。


そんな何でもない日のひとつ。夜。


街の中で一番高い建物にあるレストラン。分厚いガラス越しに煌びやかな街の夜景を見下ろしながら、レノはミラと静かにワインの入ったグラスを傾けていた。


「……街の収益は安定しています。麻薬は無事に医薬品事業に転換できました。


先日のゴーレムクエストの依頼者を辿ったところ、歓楽街を仕切っていたマッシ一家が関与していることが確認できました。強力なゴーレムがいるという噂までは掴んでいたようですが、ゴーレム自体の出どころは不明です。


また、歓楽街から人材派遣業への転換に支援していたお金も不正流用があったため、完全に取り潰して、別の者に引き継がせる方向で調整しています。


候補者選びも進めていますが、教会の若い司教がなかなかやるようで、そちらを軸に考えています。


・・・血の五箇条も、外からの流れ者以外は忠実に従っており、我々の体制は盤石になりつつあります。」


「ご苦労だったな、ミラ。お前がいなければ、ここまで迅速には片付かなかった。」


レノが労いの言葉をかけると、ミラは嬉しそうに目を伏せた。だが、彼女の視線はすぐにレノの横顔に戻る。


「しかし、こんなゆっくり出来る日まで、俺たちは他人の話ばかりだな。」


「ですが、団長。この嵐の前の静けさ……いつまで続くとお考えで?


レンジとレイカを信用しないわけではありませんが、知らずに泳がされているということも。」


「・・・そうだな。でも、この街を本当の意味で自由の街にできたなら、第9大隊の仲間にもあの世で少しは顔向けできるかな。」


レノはグラスのワインを口に含むと、夜空に浮かぶ月を睨みつけた。

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