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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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閑話 「お食事処まきむら」

 玄関を開けた瞬間、我が家である「お食事処まきむら」特有の、出汁と油の幸せな匂いが鼻をくすぐった。

 まずはキッチンへ直行。りつが買ってくれた大粒のいちごを、潰さないように冷蔵庫の特等席へ滑り込ませる。


「おっ、陽葵ひまりおかえり! 今日も無事か?」


 厨房で豪快に鍋を振るお父さんが、炎の向こうでニカッと笑う。元探索者のその腕は、今じゃ魔物を仕留めるより美味しい定食を作ることに特化していた。


「もちろん! これ、りっちゃんからのお土産。後で皆で食べようねっ!」

「あら、律くんったら気が利くわねぇ。よし、陽葵、悪いけど着替えたらすぐ手伝って! 今夜は大繁盛なのよ!」


 お母さんがお盆を抱えながら、戦場のようなホールを指差す。


「はーい、ただいま!」


 二階の自室に駆け上がり、泥だらけの相棒――巨大ハンマー『ひまわり壱号』をそっと床に置いて、使い慣れたエプロンをひっつかんだ。


 その足で、弟・りくのいる隣部屋へ。


「陸、お待たせ! 今日の動画データ、これ。お願いねっ!」

「お帰り姉ちゃん。さっきメッセージした通り、店の冷蔵庫の唸りはピタッと止まったよ。ボス撃破の時間もいつも通りだったし、ひと安心だね」


 陸は受け取ったメモリーカードを端末に差し込み、手際よくファイルを展開する。モニターに今日の戦闘記録が映し出されると、陸の手がピタリと止まった。


「……うわぁ、律兄ちゃん、またキャラ変したんだ」

「あはは、そうなの! 今日のりっちゃん、マジで世紀の大泥棒だったんだから!」


 画面の中で『ノイズが脳に』などと難しい顔で呟く律を見て、陽葵は悪戯っぽく笑う。


「あ、母さんと香澄かすみさんがヘルプ入ったから、私ちょっといってくる! 短めの切り抜き、最高に面白く編集してよね!」

「了解。ディナータイムが終わる頃には形にしておくよ」


 陸にデータを託し、一階へと駆け下りる。


 夜の『まきむら』は、まさにカオスだった。一般の参拝客や商店街の面々は夕方に引き揚げたが、入れ替わりで入ってくるのは、夕方にダンジョンから帰還した腹ペコ探索者たち。お父さんのガッツリ系定食を目当てに、夜遅くまで賑わうのがうちの日常だ。


「はい、お待たせしましたー! スタミナ炒め定食、ご飯大盛りです!」

「陽葵ちゃん、今日も元気だねぇ!」

「あはは、ありがと! サービスで小鉢一つ付けちゃう!」


 厨房からはお父さんの威勢のいい声が響き、ホールではお母さんと、うちの店を支えてくれる美人で頼れるベテランアルバイトの香澄さんがテキパキと立ち回っている。

 大学二年生のお姉さんなだけあって頼もしく、忙しいピーク時でも、「陽葵ちゃん、三番テーブルさんの追加ね!」「はい、お冷や!」と、絶妙なパスをくれた。


 探索者として武器を振るうのも楽しいが、こうして実家の店で動き回るのも、陽葵にとっては大事なステージだった。

 最後のお客さんが「ごちそうさま、美味しかったよ」と店を出たときには、時計の針は二十一時を回っていた。


「ふぅ……! お疲れ様でした!」

「お疲れ様、陽葵。後は私たちがやっておくから陸のところに行ってあげなさい。動画、楽しみにしてるわよ」


 お母さんに甘えて、再び二階へ。

 陸の部屋をノックして入ると、ちょうど作業が終わったところだった。


「姉ちゃんお疲れ様。ちょうど終わった所だよ。面白場面をピックアップして字幕付けて……あ、あとこれ見てよ」

「ん? なになに?」

「律兄ちゃんの音楽、スキルの出力のせいで配信ドローンのマイクだと音割れして潰れがちだったでしょ? だからさ、僕が当時の原曲レコードの音源を探し出して、BPM(テンポ)を合わせて綺麗に補正しておいたんだ」

「流石、デキる弟! 愛してる!」


 二人でモニターを覗き込む。

 そこには、百八十八センチの巨体でコミカルに跳ね回る律と、私の真紅に輝く全力スイングが、ジャズのビートに合わせて完璧なテンポで切り抜かれていた。


「バッチリ! ……あ、待って陸。三層の入り口の、あの『熱血モード』の方も編集した?」

「もちろん! っていうか、あっちの方が格好良くて僕は好きだな!」


 陸が朗らかに笑いながら別のフォルダを開く。画面に映し出されたのは、真紅のオーラを背負って「おい陽葵! そんなもんか! もっと激しく、もっと熱くだ! 正義の鉄拳こぶしに、慈悲など不要ッ!!」と、ボリュームが上がったせいで完全に『熱血ヒーロー』の人格に引っ張られて吠える律の姿だ。


 背後の爆発と、字幕の『※塔内の温度が40℃上昇しています(推定)』という陸の執念のテロップが絶妙にマッチしている。



「あははは! 最高! こっちの動画のタイトルは『【閲覧注意】柴又に熱血ヒーローが降臨して塔内の温度がバグった結果ww』で決まりだね!」

「僕は格好いいと思うけど、大丈夫かな?」

「いいのいいの、あれも魅力なんだから! この『熱量差』でセット売りしちゃお!」


 『#レトロニキ』『#真紅の特攻』のタグを添えて、切り抜き動画をネットの海へ放流! 本編アーカイブへのリンクもしっかり固定コメントに貼り付ける。


「よし、あとは勝手に伸びてねー!」


 ひとまずスマホを机に置き、私はお風呂へと直行した。

 戦いの泥とお店の手伝いの汗をさっぱりと洗い流し、パジャマに着替えて一階の冷蔵庫へ。お父さんたちが「これ、めちゃくちゃ甘いな!」と大騒ぎしながら食べた残りのいちごを数粒お皿に分けてもらい、自室へと戻る。


 ドアを開けた瞬間、机の上のスマホが画面を狂ったように点滅させているのが見えた。


「うわ、もう!? 早すぎない!?」


 ベッドに飛び込み、大粒のいちごを一つ口に放り込む。

 店の厨房を埋めていたスタミナ炒めの匂いを一瞬で上書きするような、瑞々しくジューシーな甘さ。それはまるで、律のあの不器用な優しさそのもののようで、お風呂上がりの頬がさらに緩んでいく。


 手元のスマホの画面をスクロールすれば、そこには狂ったように流れるコメントの嵐。


(明日お店に行ったら、またあの大きな体をこれでもかってくらい小さく丸めて、恥ずかしそうに言い訳するんだろうな……)


『レトロニキが熱すぎて画面が溶ける』

『昭和の改造人間と大怪盗が交互に降臨する男ww 情緒どうなってんの』

『カセット止めた瞬間ドローンボトォッて落ちて草。どんな連動だよww』

『大泥棒ニキの指鉄砲に惚れたのに、その後のガニ股静止で耐えられんかったwww』

『ひまわりちゃんのクリムゾンスイング、ジャズの音と合いすぎてて鳥肌たった!』

『ラストの配信切断、演出かと思ったらマジの電波障害で草。あの骨董品やっぱバリアだったんか』


「よしよし、狙い通り!」


 画面に向かって、いちごを持った手で小さくガッツポーズ。

 技名が出ちゃうバフは正直めちゃくちゃ恥ずかしいけれど……。

 こうして映像で見ると、なんだか自分が本当に特撮映画のヒロインになったみたいで、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ誇らしかった。

 スマホを胸に抱いたまま、ふーっ、とベッドに深く沈み込むと、心地よい疲労感がじんわりと全身を巡っていく。


 脳裏に蘇るのは、あの錆びついた時計塔。

 律が奏でる泥臭くて熱い音楽に乗って、空を舞った瞬間の、あの圧倒的な無敵感――。


「あー……楽しかったなぁ」


 次はどこに行こう。あそこまで深く潜るなら、もっといい装備が必要かもしれない。

 それとも、次はもっとノリのいい曲を律にリクエストしてみようか。


 閉じた瞼の裏で、あの軽快なサックスの残響が、ゆっくりと優しくフェードアウトしていく。


 律が次に持ってくるカセットテープには、一体どんな熱い曲が詰まっているんだろう。

 新しい冒険のステージを夢想しながら、陽葵は心地よい眠りの海へと深く深く沈み込んでいく。


 窓の外、静かな柴又の夜風がカーテンを揺らし、その向こうで遠い京成線の踏切が、トントン、と規則正しいリズムを刻んでいた。

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