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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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第4話 柴又の夜、喜びは静かに更ける。

 空間の歪みを抜け、現実の河川敷に戻ってくると、鼻を突く鉄錆の匂いは消え、代わりに湿った川風と草の匂いが二人を包み込んだ。


「みんな、今日もありがとー! 三層ボス撃破、最高のライブになったね! あ、後で切り抜き動画も待っててね! 大泥棒なりっちゃんを何回も見返してねっ! それじゃあ、バイバーイ!」


 陽葵ひまりが自撮り棒のカメラに向けて、満面の笑みで配信を締めくくる。

 それを横目に、りつは少し離れた場所から街の風景を眺めていた。


 十五年前の「侵食」以来、空の端には異世界の城郭が蜃気楼のように浮かび、駅前には探索者向けの近代的な施設が建ち並んでいる。

 風景は確かに変わった。

 だが、傾きかけた陽光に焼かれる土手の緑や、遠くから聞こえる京成線の踏切の音は、律の記憶にある「あの頃」と変わらない色をしていた。


 そのとき、陽葵のスマホがピコン、と小気味よい通知音を鳴らした。画面に表示されていたのは、彼女の弟・りくだ。


『二人ともボス討伐おつかれさま。うちの店の冷蔵庫も、商店街の街灯のチラつきも、ピタッと収まったよ』


 画面の向こう、柴又の街で、物理的に自分たちの戦いが誰かの日常を救ったのだ。

 報酬には決して響かない。

 けれど、身内から届いたその日常の報告は、何よりも重い「ありがとう」として二人の胸に届いていた。

 自分たちの利益を優先してボスを放置した「プロ」たちが撒き散らした実害を、E級の二人がアナログの爆音で片付けてみせた。

 配信のコメント欄には、計算外の事態に困惑する外部の声を塗りつぶすように、地元住民や現代社会に疲れ切った人々からの、圧倒的な熱狂が吹き荒れていく。


『時給だの効率だの知るか! これこそが本物のヒーローだ!』

『ありがとうレトロバディ! 今日の切り抜き動画も全裸待機してるわ!』


「……へへ、だってさ、りっちゃん!」

「……当然だ。時計の針と街の灯りが狂っていたら落ち着かないからな」


 ◆


 探索者ギルドの出張所で陽葵が換金を済ませるのを待ち、二人は連れ立って商店街へと向かった。辿り着いたのは、古びた街灯が灯り始めた馴染みの通りだ。


「おっ、りっちゃんにひまちゃん。ダンジョン帰りかい?」


 八百屋の店主の威勢のいい声に足を止める。店先に並んだ真っ赤な果実が、夕闇の中で宝石のように輝いていた。それを見つめていた律が懐から財布を取り出す。


「……おじさん、これを四パックください」

「あいよ! これだけ大粒だと、重ねたら潰れちまうからな。袋二つに分けとくよ」


 店主は手際よく、二パックずつ小分けにした袋を律へと手渡した。


 律は丁寧に包んでもらった大粒のいちごを、精密時計でも扱うように大切に提げ、陽葵と連れ立って歩を進めた。

 戦いの余韻が残っているのか、陽葵はご機嫌な様子で小さくステップを踏んでいる。


「――ふふん、ふ~ん、ふふん♪」


 口ずさんでいるのは、さっき律がカセットで流した『大泥棒の美学』の華やかなブラスセクションのメロディだ。

 文句を言いながらもすっかり気に入っている幼馴染を横目に、律は静かに歩調を合わせた。


 商店街の奥、ダクトから焦がし醤油とニンニクの強烈な匂いを吐き出している定食屋と、その隣にひっそりと佇む我が家の灯りが見えてくる。容赦なく鼻腔を突くスタミナ焼きの香ばしい匂いは、いや応なしに「帰ってきた」という実感を五感に叩きつけてきた。

 それぞれの玄関へ分かれるその境界で、律は立ち止まり、二パックが入った袋を陽葵の手へと握らせた。


「朝のおにぎりのお礼。半分、みんなで食ってくれ」

「えっ、いいの? りっちゃん、ありがとう! 今日はいちごパーティーだ!」


 貰いっぱなしにせず、さりげなくその日のうちに相手の家族へ好物を返す。十八歳にしてはあまりにもスマートで義理堅いその手回しは、彼の中に眠る前世の人生経験ゆえだろう。


「じゃあね、りっちゃん! 今日はマジで最高だった! また明日、お店行くからねーっ! 大泥棒っ!」


 最後まで元気いっぱいに手を振り、玄関へと消えていく陽葵。


 嵐のような騒がしさが去った後、律は不思議と体の節々の疲れが軽くなっていることに気づいた。

 テープから流れる「伝説のスター」の歌声もいいが、今の彼を現世に繋ぎ止めるのは、隣で笑う少女の体温に近い賑やかさなのだ。


「……やっぱり、生身の人間の騒々しさが一番落ち着く」


 ぽつりと溢した独り言は、高架を渡る京成線のガタゴトという走行音にかき消された。

 律は一度だけ、遠くに浮かぶ異世界の蜃気楼を振り返り――それから、ゆっくりと歩みを進めた。


 ◆


 店舗を兼ねた実家の勝手口をくぐると、奥の居住スペースから煮物の甘辛い匂いが漂ってきた。


「ただいま。……母さん、これ。途中で買ってきた」

「律、おかえりなさい。あら、大きくて美味しそうないちごね。ありがとう」


 母・佳代かよが微笑んでそれを受け取る。律の視線が自然と奥の部屋へ向いたのを見て、佳代はすべてを察したように優しい笑みを浮かべた。


「ほら、どうせまた珍しい部品でも拾ってきたんでしょ? お父さんたちにそれを見せたら、荷物を自室に置いて着替えてきなさいね。ご飯の手伝い、お願いするんだから」

「……うん。すぐ戻る」


 律は苦笑いを返し、カバンの底にある硬質な重みを確かめながら、家の裏手にある作業場へと向かった。

 

「父さん、じいちゃん。戻った。……これ、今日の収穫だ」


 律が机に置いたのは、換金せずに持ち帰った『時の番人』の微細な歯車や、特殊な合金の破片だ。店を閉めたばかりの父・賢治けんじと、修理をひと段落させた祖父・宗治むねはるが、揃ってその「素材」を覗き込む。


「ほう……。この『変革の脱進機エスケープメント』、現行の機械式にはないピッチだな。面白い」

「……親父、この『真鍮ギヤ』を見てくれ。この絶妙な『遊び』。これなら――」


 賢治が、作業台の隅に置かれた古時計を一瞬見やった。商店街の端に住む老人が、もう直らないと諦めかけていた形見の品だ。


「――ああ。あの古時計の心臓部、完璧に修復できるぞ」


 職人親子の目が、少年のように輝き出す。

 机を挟んで早くも白熱し始めた二人を後に、律は母との約束通り、小さく息を吐いて作業場を抜けた。


 自室で部屋着に着替え、台所で晩御飯の配膳を手伝う間も、作業場のある廊下の奥からは二人の弾んだ声が途切れず聞こえてくる。あの『変革の脱進機』を巡る職人談義は、どうやら当分終わりそうにない。

 やがて、その熱量をそのまま引きずった父と祖父が食卓へとやってきた。


 食卓には、佳代の作った煮物と焼き魚、そしてデザートのいちごが並んだ。


「今日も三層まで行ったのか?」

「ああ」


 律は丁寧にいちごのヘタを取り、口に運んでから続けた。

 広がる瑞々しい甘酸っぱさが、ダンジョンで焦げ付いた鼻腔を優しく洗い流していく。


「……陽葵が凄かったよ」

「ははっ、相変わらずだな、あの子は」


「無事に帰ってきてよかった」のひと言も言わず、ただ淡々とダンジョンの報告を交わす。佳代は、三者三様に言葉足らずな男たちの顔を見比べ、あきれたように、けれどどこか嬉しそうに小さく苦笑した。「もっと素直に『おかえり』って言えばいいのに」――そんな無言のツッコミが、温かい湯気とともに食卓を包み込んでいる。

 そんな母の視線を知ってか知らずか、律は静かに、しかし確かな満足感を噛みしめるように、最後の一粒のいちごを口に運んだ。


 湯気の向こう、家族の声を聞きながら、律はそっと目を閉じる。


 昼間、世界をあれほど激しく狂わせた爆音の余韻は、もうどこにもない。


 ――カチリ。


 心の中の停止ボタン(ストップ・キー)を、愛おしむようにそっと押し込む。


 脳裏の奥でずっと微かに囁いていた「サァー」というヒスノイズが、完全に消え去った。


 激しく胸を焦がした熱狂の代わりに、心地よい、いつもの静寂がゆっくりと降りてくる。

 耳を澄ませば聞こえてくるのは、母の立てる食器の音と、父たちの楽しげな話し声。


 そして――暗闇のなかで柱時計が静かに刻む、規則正しい一秒の「遊び」の音だけだった。


 柴又の夜は、穏やかに、そして贅沢に更けていった。

だあああああああああ、矛盾発生で練り直しになりました!

当分は矛盾あるつもりで見ていてください::

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