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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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第3話 頂上・刻を刻む円卓

 螺旋階段を駆け上がった先、そこは時計塔の最上階だった。

 中央には、塔全体の心臓部である巨大な脱進機が鎮座し、その前で四本の腕を持つ真鍮の巨像――『時の番人(クロノス・センチネル)』が静かに待ち構えていた。


「……りっちゃん、あれ。雰囲気がさっきまでと全然違うよ」


 陽葵ひまりがハンマーを構え、慎重に距離を詰める。

 ボスの周囲では、空間そのものが波打っていた。ある場所では水滴が空中で静止し、ある場所では埃が目にも留まらぬ速さで舞っている。周囲の時間の進行速度――いわば、空間のテンポを自在に操っているのだ。


「『時の番人』か。厄介だな」


 りつはそう呟きながらも、どこか楽しげに口角を上げた。今しがた巻き戻し終えたテープをケースごとホルダーの定位置に収めると、代わりのケースをホルダーから引き抜いた。


 カセットを入れ替えるということは、一時的に空間の「調律」が途切れるということだ。

 先ほどとは違い余裕のある陽葵は、浮遊していたドローンを胸元に引き寄せて抱きかかえた。律の祖父・宗治むねはるによって「魔素対策」が施され、頑丈に作られているとはいえ何度も落とすのはよろしくない。万が一を考えての防衛姿勢だ。


 ――バチンッ!


 律が停止ボタンを押し込み、古いテープをガコンと抜き取る。

 刹那、遮音壁が消し飛んだかのように、ボスの発する狂暴な魔素ノイズがチリチリと空気を爆ぜさせた。


 だが、律の指先に焦りはない。

 ケースから取り出した――スタイリッシュな文字で『大泥棒の美学・’80(特製フュージョン・MIX)』と書かれたテープを、目にも留まらぬ職人技でプレーヤーへと滑り込ませた。


「陽葵。あいつは『完璧なリズム』でこの塔を支配している。……なら、こっちはそれを上回る『デタラメなアドリブ』で上書きするぞ」


 あらかじめボリュームノブを『8』まで跳ね上げ――深く、再生ボタンを押し込んだ。


 ――ガコンッ!


 重厚な金属の作動音が響いた刹那、爆発的なドラムのフィルインから、うねるようなベースライン、そして鋭いブラスセクションが空間の静寂と魔素の嵐を鮮やかに切り裂いた。


 律の音響防壁が再展開されたことで、陽葵の胸元のドローンが息を吹き返し、何事もなかったかのようにふわりと浮上してレンズを回し始める。


【出力240%:即興演奏音界インプロヴィゼーション――『不敵なるジャズ・セッション』展開】


 爆速のジャズが最上階を支配すると同時に、世界の色彩がジャジーなセピア色へと塗り替えられる。

 律は押し込んだ手をごく自然な動作でポケットへと滑り込ませた。時計職人のストイックな固さがフッと消え失せ、背中を丸めて佇むその姿は、不敵な色気を孕んだ「大泥棒」そのものだ。


「ヒュゥ〜ッ! 行くぜ陽葵ちゃん、裏拍のそのまた裏で跳べ! お~待たせしちゃったかな、真鍮の旦那さんよぉ!」

「ちょっ、りっちゃん!? その喋り方、何なわけぇ!? っていうかその動き!」


『時の番人』が放つ「鈍足の魔域」が彼を捉えようとするが、律は骨が抜けたような軟体動物じみた動きでそれを回避。

 空中で足をジタバタと回転させ、まるで古典アニメのような物理法則が計算を放棄した滞空時間で、ボスの頭の上をひらりと飛び越える。着地もわざわざ「おっとっと」と尻を突き出してバランスを取る三枚目っぷりだ。


「りっちゃん、ふざけてないでテンポ上げてってば! 合わせにくい!」

「わかってるって〜の! 即興アドリブで裏をかくのがジャズの基本だろぅ? ほらよ陽葵ちゃん、とっておきの変則ビートだぜぇ、受け取りな!」


 律が指をパッチンと鳴らす。

 それは流れるジャズの小節を無理やり食い破るような、強烈な「裏打ち」の合図だった。


 ――ッパァン!


 音がハネた刹那、陽葵のハンマーから「重さ」が消滅する。

 拍動ビートが予想外のタイミングで跳ね上がるのに合わせ、彼女の重力もまた、物理法則を無視して上へと弾かれたのだ。


「おっとっと! 身体が軽い……っていうか、浮いちゃってるんですけど!?」


 ボスの精密な演算が、コンマ数秒の「空白」に戸惑う。その隙を突くように、陽葵は無重力のスイングで空を蹴った。

 一拍遅れて戻ってくる凄まじい遠心力。

 リズムの裏をかくデタラメな緩急に、時計塔の主はなす術もなく翻弄されていく。


「いいぞぉ、その調子だ陽葵ちゃん! 色男泣かせのじゃじゃ馬娘も真っ青な暴れっぷりだぜぇ!」

「もうっ、キャラが濃すぎて戦いにくいんだからぁ!!」


 律は左手に隠し持った極細の特殊鋼ワイヤーを、まるで変幻自在の魔術師のように操り、四本腕の手首をまとめて縛り上げる。


「おっと、そいつは本物のダイヤじゃないが……あんたの『時間テンポ』は、俺様が預かったぜぇ!」


 律は身体を「く」の字に折り曲げ、指鉄砲をボスに向ける。


「――パシュッ。……なんてね」


 鋭い摩擦音と共に、ワイヤーが真鍮の腕に深く食い込み、ボスの演算を物理的に封じ込める。

 長身が繰り出す無駄に洗練された「ふざけた挙動」に、配信画面のチャット欄は熱狂でオーバーフローしていく。


『さっきの熱血漢どこ行ったwww』

『情緒不安定かよwww』

『レトロニキ、完全に例の大泥棒じゃんw』

『動きがヌwルwヌwルw』

『あのデカさで怪盗の動きは威圧感すごすぎんだろw』


 楽曲がいよいよ大サビの、最も華やかなブラスセクションへと突入する。


「フィナーレだぜぇ、陽葵ちゃん!」

「もうっ、了解っ!!」


 律が指を鳴らす。楽曲が最高潮の即興アドリブへと雪崩れ込み、陽葵の持つ巨大なハンマーが物理法則を無視して「ふわり」と重力を失った。


 ボスの『時の番人』は、精密な演算で陽葵の振りかぶりの軌道を予測し、四本の腕を盾のように構える。

 だが、ジャズの即興アドリブに、機械の計算は通用しない。


 咽び泣くようなサックスのソロが艶やかに響いた瞬間、陽葵の理性を置き去りにして、楽曲のフレーズがその喉を強制的にハッキングした。


「――『大泥棒の接吻ラパン・ザ・キッス』……っ、ん!」


 楽曲の劇的なフレーズに引っ張られ、不本意ながらも最高に艶やかなレディの声を張り上げてしまった陽葵。

 顔を真っ赤に染めながら、重力を失って羽毛のように軽くなった巨大ハンマーを、指先でクルクルとステッキのようにスピンさせる。狙いを定める銃口のようにボスの顔面へトン、と軽く突き出せば、巨大な鉄塊は空間を滑るように、滑らかにその軌道を逸らした。


 彼女のスキル『運動エネルギー変換キネティック・コンバート』がジャズの変則ビートと完全に同期し、質量と慣性を完全に消失させると、ボスの鉄壁のガードを紙一重で「すり抜ける」あり得ない弾道を描いた。


 ――そこへ、雪崩のように畳みかける激しいドラムロール。


 だがそれも、一瞬の静寂を前にピタリと止まる。スネアの残響が消え――


 ――チーン。


 世界が息を呑んだ、刹那の空白。


 ――ジャンッ!!!!


 楽曲の完璧な終止符フィニッシュと同時に、空間に消えていた「重力」と「破壊力」が、ボスの顔面へ一気に巻き戻る!


 ――ドゴォォォォンッ!!


 真鍮の頭部が粉々に砕け散り、時計塔の最上階に、美しい歯車の破片が紙吹雪のように舞い上がった。


 最後の一撃を陽葵が決めた瞬間、律は帽子も被っていないのに「ハットの縁を直す」仕草で、キザに背中を向けた。


「……ふぅ。このお宝は、あんたには重すぎたようだぜ。――あばよ、時間ときの向こうでまた会おうぜ」


 ――ガチャン。


 演奏の終了と同時にカセットの再生ボタンが跳ね上がり、最上階に静寂が戻る。


 律はハッと我に返った。

 自分がわざわざ無駄にキザなポーズを取り、足をありえないガニ股に開いて静止していることに気づいた瞬間、顔面が急速に沸騰していく。


「……りっちゃん。それ、一生の黒歴史になるからね? 配信、数万人が見てたからね?」

「……あ。いや、これは……カセットの磁気情報に含まれる、前時代の情熱的なノイズが、脳に……」

「言い訳が苦しい! ていうか『ラパン・ザ・キッス』って何よ! バフのせいで勝手に口が動いて、私まで大恥かいたじゃない!」


 陽葵がぷんぷんと怒る中、背後で『時の番人』の巨体が、淡いエメラルドグリーンの魔素の光へと粒子化して消えていく。時計塔を異常過熱させていた魔素の奔流がすうっと引いていき、柴又の空へと電波の平穏が戻っていくのがわかった。


 ボスの消滅と共に、バラバラと床に落ちる翡翠色の魔石コア――そして、ひときわ異彩を放つ独自のドロップアイテムだった。


「……っ! 陽葵、見ろ!」


 さっきまでの赤面はどこへやら、律は弾かれたように床へ膝をついた。

 そこに転がっていたのは、ボスが使っていた四本腕の基部――驚くほど微細な歯を刻んだ『真鍮の最高級ギヤ』と、空間のテンポを制御していた心臓部『変革の脱進機エスケープメント』だった。


「現代のレーザー加工じゃ絶対に出せない、職人の手仕事による絶妙な『遊び』がこのドロップ品には施されている……! これだ、これがあれば、あの客から預かった古時計の機構を完璧に修復できる……!」


 コアがドロップしたことよりも、時計の修理パーツが手に入ったことに目を輝かせ、ハンカチで大事そうに包む律。


「はいはい、大泥棒さん。お目当ての『お宝』が手に入ったなら、さっさと帰るよ!」


 陽葵に背中をバシバシ叩かれ、立派な体躯を丸めて嬉しそうに戦利品を抱える律。

 怪盗になりきっていた時よりも、ずっと「柴又の時計屋」らしい、しまらない、けれど温かい幕切れだった。

だあああああああああ、矛盾発生で練り直しになりました!

当分は矛盾あるつもりで見ていてください::

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