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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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第15話 柴又の掃除屋

 新鎌ヶ谷駅ダンジョン三層の最深部に、二体のゴーレムが引き起こした連鎖大爆発の炎が、勝利を告げるように咲き誇る。


 だが、現場に立つ律の表情に、晴れやかなものは一切なかった。


 さわやかに戦場を包んでいた『RUSHING TO HORIZON』のデジタル・シンセサイザーの音が、徐々に小さく、静かにフェードアウトしていく。


 ガチョンッ……!


 冷酷なプラスチックの作動音を立てて、カセットテープが終端に達し、自動停止オートリバースした。


「ぷはぁーっ! 終わったぁ! マジできつかったぁ!」


 戦闘モードを解除した陽葵ひまりが、『ひまわり弐号』を床に置いて大きく伸びをした。彼女はそのまま腰のポーチを探ると、一本の禍々しいほど濃い青色をしたガラス瓶を取り出し、律の目の前に突きつける。


「はい、りっちゃん! 実家の倉庫から勝手に拝借してきた最高級の魔力回復薬マナ・ポーション! これ飲んで、二層の隼人はやとさんたちと合流する前に魔力を全回復させといて」

「……助かる」


 りつは苦笑しながら、そのお世辞にも美味いとは言えない泥臭い魔法薬を喉に流し込んだ。

 下町の職人たちが独自のバイパス製法で精製した魔力ポーション。それは大手ギルドが使う洗練された電子サプリとは異なり、肉体の奥底の魔力回路を強引にパルス駆動させるような、暴力的なまでの即効性を持っていた。

 律は、魔力減少時の倦怠感があっという間になくなるのを感じていた。


 ――だが、その安堵はわずか数秒しか許されなかった。


 ――ガタガタガタガタッ!!!


 三層の空間全体が、まるで巨大な地震に見舞われたかのように激しく震え始めた。

 先ほど粉砕したはずのゴーレムの残骸。その金属の破片から、およそこの世の物質とは思えない「漆黒の灰」が、火山の噴火のようにモウモウと吹き出したのだ。


「……っ、りっちゃん! これ、まだ終わってない!!」


 陽葵が咄嗟にハンマーを構え直すが、異変は止まらない。

 吹き荒れる黒い灰が、新鎌ヶ谷駅前の近代的なビル群やコンクリートの景観を、バリバリとガラスのように剥ぎ取っていく。近代都市のハリボテが剥がれたその向こう側に、新たな「異界」がその姿を現し始めていた。


 そこは、近代都市とは対極にある、禍々しい【石造りの神殿】。

 見上げれば、引き裂かれた天井の虚空に、妖しくひび割れた【紫色の月】が浮かんでいる。

 視界を埋め尽くすのは、命の気配が完全に途絶えた、滅びの文明の残骸。ダンジョンの先にある異世界――その「すでに滅びてしまった世界」の墓標が、今、新鎌ヶ谷を侵食しているのだ。


 ――『警告:未知のエラー。周辺の魔素濃度、測定不能――』


 避難していたC級プロたちのデバイスが、一斉に「生存不可能」を示す絶望のエラー警告を出力し、今度こそ完全に機能を停止した。

 オーバーロードによって地脈のさらに奥底――隠されていた「第四層:最深部」の領域が、三層を飲み込んで完全に世界を上書き《ハック》したのだ。


 神殿の中央。

 漆黒の灰が収束していくその場所に、それは静かに鎮座していた。

 滅びた世界の呪いを一身に受け、禍々しい漆黒のフルプレートアーマーを纏った異世界の王――『降灰の終焉王』。

 動くだけで空間の質量が歪むような、圧倒的な王の威圧感。これまでのボスとは次元が違う、文字通りの絶望がそこには立っていた。


「……なるほど。水元の水をせき止めたツケが、ここまで深い澱みを呼んだか」


 律は冷徹な手付きのまま、腰のホルダーからポータブルデッキの蓋をパカリと開けた。

 指先でつまみ上げたのは、先ほどA面を回しきった特製のテープ。それを一切の無駄のない動作でくるりと反転リバースさせる。


「次はB面だ、陽葵。――行くぞ」


 カチャ、とカセットの蓋が閉まる。

 絶望の神殿に、今、伝説の「夜」が始まろうとしていた。


 再生ボタンを力任せに押し込んだ、次の刹那だった。


 ズドゥン、ドゥドゥン、デ・デ・デ・デン――……!


 一九八七年、日本中の夜を焦がした、あの伝説のイントロ。重厚で、あまりにもドラマチックなシンセベースの重低音が、石造りの神殿全体を激しく揺るがして爆鳴りした。


【出力300%:大都会生存音界ゲット・ワイルドネス――『Get Wildness』展開】


「くっ……! な、何この重低音……身体の芯までビリビリ響いてくるじゃない……っ!」


 陽葵の瞳に、再び極彩色の魔力が再充填される。

 律はデッキのボリュームノブとピッチダイヤルに指をかけ、ボスの放つ黒い灰の波形を見据えながら、ミリ単位の微調整チューニングを施した。


「どんなにガチガチに着飾った王様だか知らねえが……この街の夜のビートは、ちっとばかしテンポが早くてな。お前の無敵、ここで時間切れだ」


 音楽の波動が、終焉王の纏う漆黒の鎧と完璧に共振ハウリングを起こす。耳を劈くようなガラスの破砕音が響き、ボスの絶対的な防御バフが、力ずくで「ゼロ」へと引き剥がされていく。


 グオオオオオォォォッ!!!


 だが、さすがは滅びてなお王たる風格か。無敵の鎧を剥がされた瞬間、終焉王は狂ったような咆哮とともに、その大剣へ神殿中の『漆黒の灰』を限界まで収束させた。

 それは触れたもののエネルギーを吸い尽くし、生身の肉体など一瞬で灰へと変えてしまう、空間ごとすべてを消滅させる絶望の一閃――。


 避けることすら許されない、死の嵐が眼前に迫る。


 だが、律はすでに、右足を一歩前に踏み出し、無造作に右腕を突き出していた。


 鳴り響く『Get Wildness』の最高潮のビートの中、律の脳裏に宿る「前世の記憶」――かつて擦り切れるほど読み込み、魂に刻みつけたあの不朽の名作漫画と、そこに描かれていた『都会の始末屋スイーパー』の格好良すぎる生き様が、膨大な熱量となって彼の魔力回路を暴走気味に駆動させていく。


 かつて憧れた、暗闇を撃ち抜くあの硝煙の記憶。現代のプロハンターの誰も知らない、前世のイマジネーションという名の濃厚なノイズが、空間の魔素を限界までシリンダーの形へと圧縮していく。


 ジジッ、と火花が散った瞬間。

 律の右手に結晶化したのは、先ほどのパイソンを遥かに凌駕する、長大で分厚い超重量の銃身。世界で最も有名な、巨砲のごときハンドガン――S&W M29 .44マグナム。


 カチリ、と狂おしいほど精緻な音を立てて、律の親指が極太の撃鉄ハンマーを起こした。


「――地獄への片道切符だ。その狂ったネジごと、ぶち抜いてやる」


 律が引き金を引いた瞬間、神殿の空間そのものが爆裂した。


 ――ドォォォォンッ!!!!!


 大砲と見紛うほどの、凄まじい実銃の破裂音。

 放たれた超高濃度の魔力弾は、ボスが放った「触れれば即死」の黒い大嵐を正面から真っ二つに両断・粉砕し、その巨大な『核』へと寸分の狂いなく突き刺さった。


 ギガァァァンッ!!! と火花が散り、その圧倒的な衝撃に、異世界の王の巨体が完璧にのけ反り、無防備な胸元が完全に晒される。


「今だ、陽葵!! サビに合わせて――跳べ!!!」

「言われなくたって――いっただきいいいぃぃぃッ!!」


 陽葵の防護服のブースターが最大出力で火花を散らし、神殿の虚空へと高く跳ね上がった。


 その瞬間、彼女の持つ『運動エネルギー変換キネティック・コンバート』が、かつてない異常駆動を起こす。

 今の彼女は、律の鳴らす『Get Wildness』のエグい重低音の「音圧」と「BPMテンポ」を、ダイレクトに純粋な運動エネルギーとして強制吸収・同期していた。

 さらに、固有パッシブ『絶対リズムアナログ・レゾナンス』が、律の放つ『出力300%』のバフを過剰変換していく。四倍、五倍――。伝説のビートと魂が共鳴した瞬間、陽葵の体内にはみずからステップを踏む必要すらなく、上限を無視した規格外の闘気が吹き上がっていた。


 手の中で、一体鍛造の『ひまわり弐号』が、その膨大なエネルギーを吸い上げて異常な変貌を遂げていく。


 ――♪ Get wildness, tough! 二人で解き明かす愛のパズルを抱いて……!


 曲がサビの最高潮へと達した瞬間、光の闘気が立方体のアナログな塊となり、質量を無限大へと膨らませた。

 それはまさに、旧時代のコミックから飛び出してきたかのような、理不尽なまでの超巨大質量兵器。

 りくのハック通信で生きている配信画面では、急激な質量変化に耐えかねたシステムがバグを起こし、画面の真ん中へ、バグめいたデジタルフォントで【100t】という出鱈目な文字を強制的にポップアップさせていた。画面の向こうの視聴者全員が、その出鱈目な数字に目を疑う。


「この、分からず屋がぁぁぁーーーーーッ!!!!!」


 ――ズドォォォォォォォォンッ!!!!!


 神殿の床が、文字通りクレーター状に大爆発を起こした。

『100t』の光の質量と、陽葵の全運動エネルギーを乗せた一撃は、異世界の王を神殿の床ごと跡形もなく叩き潰し、その漆黒の鎧を塵一つ残さず、完全なる灰へと変え去った。


 ◆


 主を討ち果たした瞬間、ひび割れた紫の月と石造りの神殿の廃墟が、ガラス細工のようにパリンと音を立てて剥がれ落ちていく。

 視界が圧倒的な純白の光に包まれ、二人が次に目を開けたとき――そこは、元の「新鎌ヶ谷駅の駅前ロータリー」のコンクリートの上だった。


 夜の帳が下り、インフラが完全に死んで静まり返った、暗黒の近代都市。

 そこには、一層から命からがら避難してきたC級プロたちや、救助された人々が、呆然と立ち尽くしていた。

「終わった、のか……?」という掠れた声が、静寂の中に響く。


 だが、その静寂の真ん中で。

 律のカセットプレイヤーからは、未だに途切れることなく、重厚な『Get Wildness』のシンセベースと歌声が流れ続けていた。首にかけたヘッドホンから漏れ出す爆音のメロディ。


 そして、曲が本当のエンディング――最後のサビへと向かう、その瞬間だった。


 パチ、パチパチパチパチパチッ……!


 あの突き抜けるようなさびのメロディに完全同期するように、死んでいた駅ビル、イオンモール、タワーマンションの窓、そしてストリートの街頭ネオンが一斉に光を取り戻し、新鎌ヶ谷の街全体がドラマチックにライトアップされていく。


「あ……電気が、ついた……!」

「街が……戻ったんだ……!」


 奇跡のような光景に、人々の間から地鳴りのような歓声が上がる。


 床に転がったままのドローンのレンズは、一斉に輝き出した街のネオンを「逆光」に浴びて佇む二人を、斜め下からの劇的なアングルで辛うじて捉えていた。


 だが、律は歓声を上げるプロたちに一瞥すらくれず、静かに踵を返した。


「陽葵、帰るぞ」

「あ、ちょっと待ってよ、りっちゃん! 格好つけちゃってさ!」


 煌びやかな都会の灯りを背に受けながら、二人は無言のまま、夜の街の中へと歩き去っていく。


 その背中を追うように、床で沈黙していたドローンが、インフラの復旧とともに息を吹き返したように静かに、ふわりと虚空へ浮上した。


 完全自動のカメラワークは、光の海となった新鎌ヶ谷を歩く二人から、じわじわと距離を引きながらレンズに収めていく。夜の帳に溶けていく二人のシルエットと、きらめく大都会の夜景。それはまるで、遠ざかる二人の後ろ姿だけを残して、すべての時間が美しい「一枚の絵」として静止してしまったかのような、完璧な幕引き(エンディング)の映像だった。


 あとに残されたのは、インフラの戻った新鎌ヶ谷の輝きと、世界の常識を根底からひっくり返されたプロたちの静寂だけだった。


 二人の背中が完全に光の中へと溶け去った、その刹那。


 ガチョンッ……。


 曲の終了と同時に、律のカセットプレーヤーのテープがちょうど終端に達し、夜の街に静かな余韻を残して跳ね上がった。

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