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令和のダンジョンを、昭和の魂(メロディ)でブチ抜く 〜MusicMasterの英雄譚〜  作者: 渡部安恵


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第14話 RUSHING

 シンセサイザーの爆音が周囲の空間を切り裂き、アフターバーナーのごとき真青な魔力光が二人の防護服から激しく吹き上がる。

「時速300㎞オーバー」――「分速にして約5㎞」という、生身の人間が出す速度としてはおよそ狂気じみた超高速。二人の身体は質量を持たない光の残像と化し、二層の歪んだコンクリートの街並みを一瞬で駆け抜けていく。

 およそ三キロ先に位置する最深部へのゲートまで、時間にしてわずか二十数秒。一歩間違えれば自滅しかねない速度の暴力の中、律の流す爆音の衝撃波が二人の前方の空気を強引に押し開き、二人は風の壁をぶち抜いて突き進んだ。


 目的のゲートが視界に飛び込んできた瞬間、りつはボリュームノブをひねって下げると、再生ボタンを弾いてスイッチを切った。

 急激な減速の衝撃に、陽葵ひまりが『ひまわり弐号』とドローンを抱えたまま、目を丸くして周囲を見回す。


「う、嘘……っ、一瞬で着いちゃったんだけど!?」

「ゲートを潜る。ノイズの干渉を避けるために一瞬音を切るぞ」


 律の言葉に、陽葵は深く頷いた。


「うん。じゃあ、カメラ一瞬暗くなるよー!」


 陽葵は抱えていたドローンのレンズを、ノイズから守るように自分の防護服の胸元へと押し当てて隠す。画面が一瞬真っ暗になり、ネットの向こうの視聴者たちが「お、なんだ?」「何が起きてる?」とざわついた。


 二人は迷うことなく、三層へと続く次元の裂け目へと足を踏み入れようとする。


 だが、その寸前だった。

 陽葵の足がピタリと止まり、その整った眉が不自然に跳ね上がる。


「……待って。りっちゃん、この先ちょっとやばいかも」


 陽葵の首筋には、びっしりと鳥肌が立っていた。

 野生の勘、あるいは女の勘。論理的な説明はつかないが、彼女のこの「嫌な予感」は、これまでの修羅場で高確率で的中してきた。

 その警告を、律は一言も否定しなかった。彼は無言のまま、腰のホルダーからすべてのカセットテープを引っ張り出すと、プラスチックのケースから中身のテープをすべて剥き出しの状態にした。空になったケースを背嚢の奥へ放り込み、どの曲へも一秒でアクセスできるよう、ホルダーの仕切りに「裸のテープ」を直接並べていく。


「準備はいいな。……行くぞ」


 二人は最大限の警戒を払いながら、三層のゲートを潜った。


 ◆


 本来の三層であれば、二層と同じように反転した世界の、ネオンが淡く輝く東松戸駅のロータリーが広がっているはずだった。あるいは、現在の二層のように地脈の逆流によってもたらされた荒廃した暗闇か。


 だが、潜った瞬間に二人の視界をジャックしたのは――そのどちらでもなかった。


 ――ッ!!


 網膜を焼き切らんばかりの、狂気じみた青白い光の濁流。

 空間を埋め尽くす超高電圧のプラズマ光に照らされて、突入したばかりの二人の立ち姿が、完全な無防備さで闇の中に晒される。

 そして次の瞬間、陽葵の胸元に、不吉な一点の「赤」が吸い付くように灯った。


 カセットを入れ替える隙など、一秒たりとも与えない。視覚的にも、構造的にも、文字通りの逃げ場がない「極限の理不尽《Danger Zone》」。


 二人が高速移動をしているまさにその間、三層の暗闇の奥では、すでに最悪の怪異が完成しつつあったのだ。

 眼前にそびえ立つのは、駅のインフラエネルギーをすべて吸い上げ、周囲の建造物やザコモンスターの金属装甲すらもドロドロに溶かして一体化させた、巨大な金属の質量――『超電磁砲ゴーレム』。

 水元公園ダンジョンから逆流した魔素によって、悍ましく肥大化したボスは、律たちがゲートを潜るまでの十八秒間、地下の変電所から「ギギギギ……」と凄まじい音を立ててエネルギーを急速チャージしていた。


 すなわち、突入した瞬間。律たちが現れたのは、ゴーレムがちょうどチャージを終えた「猶予時間ゼロ」のタイミングだった。敵の砲身はすでに完璧に熱を帯び、ロックオンは完了している。いつでも撃てる。


(――カセットを選ぶ時間は、ない!)


 コンマ一秒の膠着すら許されない死線の中、律は思考を放棄し、野生の反射だけで動いた。

 デッキの一時停止パウズボタンを力任せに弾く、同時にボリュームを『MAX』までひねり上げた。ロックが外れて飛び出たプラスチックの乾いた音と同時に、空間の焦燥感を爆発させるようなエレキギターの咆哮が五感を震わせた。

 ケニー・ロンギヌスの『Crisis Zone』が、戦場に爆鳴りする。


 ドンッ!!


 爆音の指向性が空間のノイズを再び「音楽の秩序」へと塗り替えた刹那、陽葵は「いっけえぇぇ!」と抱えていたドローンを再びフワリと虚空へと放り出した。

 律の加護を取り戻したドローンが再びホバリングを開始し、レンズが捉えた世界が世界中へ中継される。


『うおっ、画面映った!』

『って、なんだこれ!? 眩しすぎて何も見えねえ!』


 画面が切り替わった瞬間にネットの向こうへ届いたのは、超高電圧のプラズマが巻き散らす狂気じみた青白い光の濁流。そして、その絶望的な逆光の中に浮かび上がる、二人のハンターのシルエットだった


「陽葵、ジグザグだ!」

「だりゃあぁぁぁっ!!」


 律の叫びと音楽の波動に背中を押され、陽葵は光の残像を残しながら直角に地を蹴った。

 迫り来る雷撃の軌道を間一髪で、すべて紙一重で置き去りにしながら、二人は激しい稲妻の網をすり抜けていく。ドラムの重低音に合わせて肉体のリミッターが完全に外れ、二人の影は激しいビートそのままに、ボスの懐へと一気に滑り込んだ。


「これならどうっ!!」


 飛び込みざま、陽葵が全力で『ひまわり弐号』を振り抜く。

 無反動ハンマーとしての剛性を極限まで高めた凶器が、凄まじい風切り音と共にゴーレムの剥き出しのコアへと叩き込まれた。


 ズドォォォォンッ!!!


 空間が物理的に震えるほどの衝撃波。それをもたらしたのは、陽葵のベーススキル『運動エネルギー変換キネティック・コンバート』――自身の動いたエネルギーを武器に溜めて一気に放出する近接物理スキルだった。

 時速三百キロオーバーの超高速移動、そして激しいジグザグの回避軌道。その狂気じみた運動エネルギーのすべてが、今、愛用のハンマーへと一瞬で蓄積チャージされていた。


 しかも今の陽葵には、自らステップを踏んでエネルギーを溜める時間など必要ない。律の流す爆音の「音圧」と「BPMテンポ」を、彼女の肉体は運動エネルギーとして強制的に吸収・同期している。音が鳴った瞬間、彼女の体内には瞬時に最大火力の闘気が吹き上がっていた。


 それを可能にするのが、固有パッシブスキル『絶対リズムアナログ・レゾナンス』。

 これがあるため、律の放ったボリューム『MAX』のバフは、減衰することなくそれ以上の効率で陽葵の肉体強化へと変換される。律がもたらすバフの出力が『300%』ならば、陽葵の元に届く恩恵は『四倍、五倍』と、システムの上限を置き去りにした未知の乗数ディストーションへと跳ね上がっていった。


 二人の魂が限界突破で共鳴した必殺の一撃は、確かにボスの外殻を激しく歪ませた。


 ――だが、そこには決定的な「誤算」があった。


 手応えが、浅い。

 肥大化した異界の超金属装甲はあまりにも分厚く、水元公園のボスを両断した陽葵の最大出力をもってしても、一撃ではそのコアを砕き切ることができなかった。


 鈍い金属音を引きずりながら、ゴーレムの巨体が不気味に変形を開始する。砕け散るどころか、過剰な魔素を吹き出しながら、その装甲を「分離変形」させ、さらなる理不尽な殺意の形態へと移行しようとしていた――。


 ◆


 ズゥゥゥン……! と、地響きを立ててゴーレムの巨躯が歪に脈動する。

 陽葵の『ひまわり弐号』がコアの装甲を激しくへこませたものの、超金属の厚壁は砕け切らない。それどころか、過剰な魔素を噴き出しながら、ゴーレムはギチギチと不気味な駆動音を立てて【二体】へと分離変形を開始した。


 一体は、その場に巨大な固定砲台として鎮座する【パワー型】。剥き出しの砲身が再び「ギギギギ……」と凄まじい音を立て、わずか十数秒後には放たれるであろう、二発目の超電磁砲の急速チャージに入った。


 そしてもう一体は、四肢を猛獣のように変形させた【機動力型】。それは光学迷彩以上の超速度で空間を跳び回り、律たちの退路を断つべく影のように肉薄してきた。


「ッ、来るよ!」


 機動力型が放つ、目視不可能なジャミングを伴う連続突撃。律と陽葵は、出力270%の『Crisis Zone』のビートに合わせてどうにかこれを迎撃するが、文字通り紙一重だ。一瞬でもリズムを外せば、即座に肉体を両断されかねない死闘。

 さらに最悪なことに、固定砲台《パワー型》のチャージが完了する。


 ――閃光。


「伏せろぉッ!!」


 律の叫びと同時に、陽葵は背中のブースターを暴発気味に点火させ、弾道を強引に曲げた。

 ドガァン!!! と大気を爆裂させて通り過ぎる二発目の超電磁砲。直撃こそ避けたものの、至近距離をかすめた超高電磁の余波が、物理的な衝撃波となって二人を吹き飛ばす。


「がはっ……!」

「うああっ!」


 防護服の裾がボロボロに焦げ、二人はコンクリートの床を激しく転がった。

 その衝撃で、律の腰のカセットプレイヤーに異変が生じる。過酷な磁場ノイズと衝撃により、ヘッドホンから流れる音楽が、ビチビチと嫌な音を立てて一度大きくヨレた。

 ――限界が、来た。


 カセットから解き放たれていた烈風が急速に萎んでいく。『Crisis Zone』のテープが、ここで終わりを告げたのだ。

 ただ避けるだけで決定打がないまま、律の魔力も底を突きかけていく。この異常高濃度ノイズの嵐の中で、曲無しで高いシンクロ率を維持することなど不可能だ。三発目の超電磁砲が来れば、今度こそ二人まとめて光条の中に蒸発する。


 じり貧の死線の中、律は達観した瞳に命の炎を灯し、決断した。


「陽葵! テープを入れ替える! 十秒――いや、十五秒だけ曲無しで耐えろ!」

「っ……りっちゃんを信じて、ガチで行くよッ!!」


 ――ガチョンッ!


 冷酷な金属音を立ててプレイヤーの再生ボタンが自動で跳ね上がり、新鎌ヶ谷の三層からすべての「音楽」が消え去った。

 同時に、律の加護を完全に失ったドローンが火花を散らして墜落した。ゴロゴロと不格好に転がり、レンズが斜めに傾いた状態でその場に沈黙する。もはやそれを構っている余裕など、一秒たりともない。


 突如として陽葵の全身を襲ったのは、地球の重力が数倍になったかのような、世界の圧倒的な「重さ」だ。バフという全能の鎧を剥ぎ取られた、これが生身の人間が直面する、ダンジョンの冷徹な現実。


 そこへ、待ってましたと言わんばかりに機動力型ゴーレムが牙を剥いて飛びかかってくる。


 しかし、陽葵は折れなかった。

 音楽が消えても、下町で培った野生の勘と、泥臭い純粋な筋力は消えない。


「舐めるなぁぁぁッ!!」


 陽葵は『ひまわり弐号』の肉厚な柄を両手で掲げ、正面から迫る機動力型の猛攻をガチィィィンッ! と受け止めた。


 一体鍛造モノコックの頑強な鋼の塊でなければ、一撃で拉げていたであろう衝撃。凄まじい火花が散り、足元のコンクリートが蜘蛛の巣状に砕け散る。ミシミシと骨が軋む音が響く中、陽葵は歯を食いしばり、文字通り肉体一つで敵の巨体を押し留めてみせた。


 その十秒間。

 律は血の滲む指先で、タクティカルベルトの仕切りから、あらかじめ仕込んでおいた一本の特製テープを引っ張り出していた。

 手書きのインクで掠れた文字が躍る。

【A面:RUSHING TO HORIZON・B面:Get Wildness】


 ――ガシャコンッ!!!


 筐体へ容赦なく叩き込まれるプラスチックの質量。

 世界が静止したかのような無音の戦場に、再生ボタンの重厚な作動音が響き渡った。


【出力300%:地平奔流音界ラッシング・トゥ・ホライゾン――『RUSHING TO HORIZON』展開】


 直後、軽快でいてどこか焦燥感を煽るデジタル・シンセサイザーのイントロが、新鎌ヶ谷の深層を支配するように爆鳴りした。


 ――♪ Rushing to horizon, 輝く明日を見つめて……!


「待たせたな、陽葵。――お前のステージだ、行って来い」

「よくも曲がない間、好き勝手やってくれたわねぇぇッ!!」


 ドクン、と心臓が跳ねる。体に熱い魔力が爆速で再充填され、陽葵の瞳に極彩色のハンターの光が戻る。

 完全同期したTMのハック領域が、世界の重力を再び消し去った。

 地平線ホライゾンの彼方まで駆け抜けるような、圧倒的な解放感。

 軽快なデジタル・ビートに乗った陽葵の身体が、一瞬で空中へと爆跳する。

 あまりの速度に、逃げようとした機動力型ゴーレムのセンサーは完全に狂った。陽葵は逃がさない。その頭上から、地面に巨大なクレーターを作るほどの超重量の一撃を、脳天へとダイレクトに叩きつけた。


「食らえええええッ!!」


 ズドォォォンッ!!! と、今度こそ確かな手応えが響き渡る。機動力型は断末魔の駆動音を上げる隙すらなく、一撃で鉄屑へと圧殺・粉砕された。


 だが、まだ終わらない。

 残されたパワー型ゴーレムの砲身が、すでに三発目の超電磁砲を放つべく、限界以上のプラズマ光を収束させていた。


 最悪の光条が放たれる、まさにその刹那――。


 律はすでに、右手を無造作に前方へと突き出していた。その手には本来、いかなる武器も握られていない。生身の拳、ただそれだけのはずだった。


 だが、鳴り響く『RUSHING TO HORIZON』のビートと、網膜を焦がす逆光の境界線で。

 律の膨大な魔力が、前世の魂に刻まれた「最高の一挺」の記憶を触媒にして、空間のノイズを強引に結晶化させていく。


 ジジッ、ジジジ……と磁気ヘッドが擦り切れるような熱を上げ、前世の硝煙の記憶を無理やり読み込んでいく。


 律の右手にまとわりついた黒い粒子が、一瞬にして、チャキン、と冷徹な金属音を立てて「長大な銃身を持つ、漆黒のコルト・パイソン.357」の重厚な実体へと姿を変えた。


 超電磁砲のプラズマ光に照らされ、律の唇が不敵に孤を描く。


「……そこだ。俺のステージで、これ以上好き勝手させるかよ」


 放たれた超電磁砲の閃光。

 それに対し、律が引き金を引いた瞬間、戦場に轟いたのは魔導武器の電子音ではなかった。


 ――ドンッ!!!


 火薬と鉛が空気を切り裂く、重厚な「実銃の破裂音」。

 放たれた蒼い魔力弾は、光の濁流を正面から迎え撃ち、そのエネルギー軸の『歪み』を正確に撃ち抜いて、超電磁砲の弾道を強引に上方へとそらし去った。


 激しい閃光が周囲を逆光で白く染め上げる。その光の渦中、律の鼻腔を突いたのは、現代の魔導武器からは決して香るはずのない、焦げ付いた「硝煙の匂い」だった。

 その瞬間、りくのハック通信で生きている配信画面には、煙を吹く漆黒のパイソンを片手で構える律の、完璧な「始末屋スイーパー」のシルエットが映し出されていた。


『律の右手に一瞬だけめちゃくちゃリアルな拳銃が見えたぞ!?』

『電子銃じゃない、リボルバーだぞ!? 構えがプロすぎて鳥肌立った』

『世界唯一の生配信で、映画の主人公が覚醒したんだが!!!』


 驚愕に揺れるチャット欄を置き去りに、律は撃鉄ハンマーを親指で起こし、流れるような動作で二発目の引き金を引く。

 一切の遮蔽を失ったパワー型のコアへと、幻影の弾丸が完璧に突き刺さる。


 ――ドガァァァァァンッ!!!!


 二体のゴーレムが同時に連鎖大爆発を起こし、新鎌ヶ谷の最深部に、完全なる勝利の爆炎が咲き誇った。

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